変わる日々

 皇太子カドゥケウスのちからになると決め、すでに十日が経過した。

 私は、まだ国境にいる。援軍と物資が届くまでここにいるみたい。


 私の生活は一変した。

 まず、私は正式に、ラグナ帝国軍皇太子カドゥケウスの部下となった。

 所属は部隊長ガルムさんの副官……一応、女ということで、下級兵士扱いだとよからぬことをする兵士が出てくるかも……ということだ。

 でも、元敵兵の、しかも十六の女が部隊長の副官……反発は必至だ。

 でも、皇太子は言った。


「はっはっは! まぁ、野営テントの裏に連れ込まれたくはあるまい? 上官なら、不敬罪で即刻死刑にできる。まぁ、俺の部隊にそんな度胸のある奴はいないがな」


 連れ込まれることはないけど、陰口は増えた。

 それに、小さいけど野営テントは一人で使っている。これも不満が出た。

 どう見ても特別扱い。私は、それが苦しかった。

 何かをしたいとラグナ帝国軍に入った。でも……やっぱり、拒絶されたりするのは辛い。

 私は、自分の天幕でため息を吐く。すると、一人の少年が入ってきた。


「ねぇ」

「え、は、はい!」

「訓練、するよ」

「は、はい」


 彼は、ライラップス。

 私の一つ下で十五歳。十五歳という若さで、ラグナ帝国軍最強の一人として有名だ。大陸統一を成した後は、爵位を賜るのは違いないって、兵士さんたちが言ってたっけ。

 私は、皇太子殿下からいただいた剣を手に、ライラップス隊長の後へ続く。

 やってきたのは、天幕の裏。


「今日もやるよ」

「は、はい」


 彼は、私の剣の師匠だ。

 どこかぶっきらぼうな少年。私に何の興味もないような声色で言う。


「軽く攻めるから受けて。反撃してもいいよ。ま、当たらないけど」

「……はい」


 ライラップス隊長は音もなく剣を抜き、一瞬で私の元へ。

 私は、慌てて剣を抜く。


「遅いって。よーいドンで始まる戦争なんてないよ?」

「は、はい!」


 速い。

 何もかもが、段違いだった。

 もちろん本気じゃない。本気だったら、私はとっくに両断されている。


「はっ!!」

「大振りすぎ、もっと細かく。あんた、体力ないんだからすぐバテるよ」

「は、はい!」


 細かく、細かく。

 私は、言われた通り細かく速く剣を振るう。


「───……」

「はっ!! やっ!! えいっ!!」

「いちいち叫ばないで。声出すのも疲れるでしょ?」

「は、はい!!」


 訓練は、午前中いっぱい続いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 お昼になり、私は立つこともできないくらい疲弊していた。

 ライラップス隊長は汗もかかず、息も切らさず剣を納める。


「あんた、体力ないし長期戦には向かないね。今から体力付けようと努力しても、きっと数年かかる」

「……は、い」

「だから、体力を消費しない戦いを考えた方がいいよ」

「……え?」

「戦ってわかったけど、あんたは目がいい。自分から攻めるより、相手が向かってくるのを受け流し、最低限の力を出して、カウンターで迎え撃つとか」

「……カウンター?」

「……はぁ」


 ライラップス隊長はめんどくさそうにため息を吐き、剣を抜く。


「これが最後。剣抜いて、ゆっくり振り下ろして」

「は、はい」

「あと、ハイはちゃんと言って。どもるのムカつくから」

「……はい!」


 私は立ち上がり、剣を抜き、ゆっくり振り下ろす。

 ライラップス隊長は、私の剣を受け、剣を滑らせ───私の体制が崩れたところで、膝をお腹に当てた。


「体制が崩れた瞬間に、向かってくる力を利用した攻撃。これがカウンター」

「…………」

「相手の力を利用するから、体力のないあんたにはピッタリだよ」

「なるほど……」


 カウンター……これ、いいかも。

 ライラップス隊長は、私を見て少し驚いていた。


「へぇ」

「え?」

「あんた、楽しそうだね」

「……そう見えますか?」

「うん。笑ってた」


 私は自分の顔を押さえる。

 笑ってた?……うう、楽しいって思ったのは違いないけど、笑ってたのかな。

 ライラップス隊長は剣を納め、そのまま歩きだした。


「あ、ありがとうございました!」

「勘違いしないでよ。ボクがあんたに教えてるのは、殿下に命じられたから」

「ライラップス隊長……」

「それと、その呼び方好きじゃない。ライでいいよ」

「え、ええと……」

「あと、そうやっていちいちドモるの、ムカつく」

「……あう」


 そこまで言い、ライラップス隊長はいなくなった。

 私はため息を吐き、汗ばんだ顔を拭う。


「汗、かいちゃった……」


 ◇◇◇◇◇◇


 ライラップスは、食事を取るために自分の天幕へ戻ろうとした。

 すると、槍を持った青年が、ライラップスの肩を叩く。


「お疲れさん」

「ガルム……なんか用?」

「つれないね。オレの副官、ずいぶんといじめてるみたいじゃねーか」

「いじめてない。鍛えてるだけ」

「殿下の命令で、だろ?」


 ライラップスは、ガルムの手を振り払う。

 ガルム。イカリオスに次いで、カドゥケウス殿下と付き合いが古い。イカリオスはよくカドゥケウスを嗜めるが、ガルムはその逆……カドゥケウスに乗っかり、楽しむことが多かった。

 カドゥケウスの、一番の飲み友達でもある。


「確かに、あいつは元敵兵。ま、敵兵っつっても衛生兵だ。女神に愛された銀の乙女様、オレは気に入ってるがね」

「…………」


 ガルムは、副官としてラプンツェルと何度も会話している。

 ラプンツェルは、元敵だということを理解してる。それでも、このラグナ帝国軍に馴染もうと、必死で勉強しているようだ。

 ラグナ帝国に妹がいるガルムは、ラプンツェルに妹を重ねていた。


「とりあえず、オレはあいつを助けてやろうと思ってる。それに、この統一戦争で功績でも上げれば文句言う奴もいねーだろ」

「無理。あいつ、才能はあるけどそれだけだよ」

「へへ、戦いってのは、何が起きるかわかんねーぜ? ああそうだ」


 ガルムは、ポケットから二枚の丸めた羊皮紙を取り出す。


「これ、殿下がおめーに。こっちはラプンツェルにだ」

「……」

「自分のだけ取るなよ。もう一枚はラプンツェルに渡せ」

「めんどくさい」

「殿下は、おめーとラプンツェルに、って渡したんだ。多分だけど……」

「……偵察?」

「ああ。ラスタリア王国への偵察任務とオレは踏んでるね」

「……はぁ」


 ライラップスは、ガルムの手から乱暴に羊皮紙を奪い、ラプンツェルの天幕へ向かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 先ほどと同じく、特に声もかけずに天幕へ入った。


「───……ッ!?」


 ライラップスの眼に飛び込んできたのは───真っ白な背中だった。


「え?───……っ、きゃぁっ!?」


 ラプンツェルが、上半身裸で汗を拭いていたのだ。

 異性の肌なんて見たことのないライラップスは声も出せず、パクパクと口を開けて後ずさり、そして尻餅をついてしまう。


「あ、ああ、いやその、あの」

「もも、申し訳ございません!! その、汗を拭いてて」

「べべ、べつにいい。えっと、これ!!」


 ライラップスは羊皮紙を投げ、その場から逃げ出した。

 逃げ出し、駐屯地から出て、近くの木に駆け上り……真っ赤に染まった顔を拭う。


「……こ、これだから、女は」


 生々しい真っ白な背中が、ライラップスの脳に焼き付いていた。

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