閑話 クレッセント男爵家のお話①
初めての出会いだった。
「あの……大丈夫ですか?」
「え、ああ……大丈夫」
どこか、陰気な少女。
それが、グレンドールが出会ったラプンツェルという少女だった。
◇◇◇◇◇◇
オブリビエイト侯爵家の長男、グレンドール。
彼は、爵位を引き継ぐ前、最後の我儘として、旅行に来ていた。
向かった先は、クレッセント男爵領。お忍びで、貴族同士の繋がりのない田舎の領地ということで選んだ場所だ。
王国とは違い、自然に包まれた温かい場所だった。
一番大きな町でも、オブリビエイト侯爵領にある中規模の町と同じくらい。宿も立派ではないし、田舎臭さがどうしても抜けない。
でも、グレンドールはそれでよかった。
こういう自然の中でやりたいことが、彼にはあった。
「ボートに乗って釣りがしたい。それと、牧場にも行ってみたいな。農作業の手伝いなんてのもやってみたい」
護衛騎士にそういうと、騎士は苦笑した。
きっと、「なぜ、そんなことを?」と思っているのだろう。
グレンドールは、ラスタリア本国に住むオブリビエイト侯爵の長男。次期侯爵である。そんな彼が農作業をやりたがるなど、普通はあり得ない。
だからこそ、グレンドールはやってみたかった。
有言実行。
クレッセント男爵領の町に到着し、宿に荷物を置く。
グレンドールは、さっそく川遊びができる近くの川へ向かう。
「おお~!」
まさに、川。
桟橋がかけられた、横幅がある大きな川だ。
渡し舟があり、釣り具などが露店で販売されている。
グレンドールは、王都では味わえない田舎の遊びに、子供の用に夢中になった。
まだ十九歳。成人しているとはいえ、十代の若者だ。
釣り具の店を眺めていると……ふと、気になった。
「ん? あれは……」
川べりに、帽子を被った少女がいた。
表情しか見えなかったが、どこか儚げな雰囲気を感じる。
グレンドールはしばしその少女を見つめ……ふと、少女がこちらを見た。
「ッ!? わ、わわっ」
「あっ」
驚き、たたらを踏んでしまい、尻餅をついてしまった。
クスクス笑う釣具屋の主人。グレンドールはカッコ悪さから顔を赤らめてしまう。護衛の騎士が慌てて手を差し伸べ、ようやく立ち上がった。
少女は、自分のせいと勘違いしたのか、グレンドールに近づいて行く。
「あの……大丈夫ですか?」
「え、ああ……大丈夫」
これが、グレンドールと儚げな少女……ラプンツェルとの出会いだった。
◇◇◇◇◇◇
なんとなく、会話をしていた。
「いやぁ、釣り具に夢中になっててね。ふと、川べりで一人佇むキミが気になって」
「…………」
ここまで言い、グレンドールは気付く。
まるで、ナンパしているようではないか。気付くがもう遅い。
だが、ラプンツェルはクスっと笑う。
「ふふ、そうでしたか」
「あ、ああ……あはは」
「では、よき休日を」
ラプンツェルはスカートを持ち上げ、その場を去ろうとした───が、両手でスカートを持ち上げたため、ふと吹いた突風に帽子を押さえることができなかった。
「あっ」
「あ……」
帽子が飛ぶ。
はらりと、長い『銀』が揺れた。
ラプンツェルを見たグレンドールの護衛が、渋い顔をする。
ラスタリア王国では、銀は不吉の象徴。
だが……グレンドールには、そう思えなかった。
「───……綺麗だ」
太陽の光でキラキラ輝くラプンツェルの髪、どこか儚げな表情、そのすべてが、グレンドールを魅了した。不吉の象徴? そんなこと、微塵も思わなかった。
ラプンツェルは、暗い表情になり、飛んだ帽子を拾う。
「も、申し訳ございません……見苦しいものをお見せしました」
「…………」
「し、失礼します……」
「待ってくれ!!」
グレンドールは、思わずラプンツェルの手を掴んだ。
摑んだはいいが、何を言えばいいのか?
咄嗟に出た言葉は。
「あ、あの……ま、町を案内、してくれないか?」
◇◇◇◇◇◇
なんだかんだで、ラプンツェルは町を案内してくれた。
最初こそ曇った表情だったが……次第に、表情が明るくなった。
笑顔が、とても素敵だった。
ラプンツェルを見ると、胸が熱くなった。
ああ、これが恋───グレンドールは、ラプンツェルに夢中だった。
町を案内し終わり、二人は出会った桟橋へ。
「ラプンツェル。きみは、貴族だね? 歩き方や立ち振る舞いが貴族教育を受けた者だとわかる。クレッセント男爵の娘かい?」
「はい。その通りです……クレッセント男爵の長女、ラプンツェルと申します」
「やはりそうか」
グレンドールは納得。
平民だったら難しいが、貴族ならなんとかなる。
「あー……その、つかぬ事を聞くが、婚約者などいるかい?」
「い、いません! その、こんな『銀』ですし、貰い手なんて……」
「なら、私がもらっても?」
「……え?」
グレンドールは、ラプンツェルに跪き、手を取る。
「運命とは、この出会いのことを言うのだろう……ラプンツェル、きみを私の婚約者として迎えたい」
「……ど、どういうことでしょう? ぐ、グレンドール様は、貴族なのですか?」
「ああ。ラスタリア王国、オブリビエイト侯爵家の次期当主、グレンドールだ。爵位を継ぐ前の最後の我儘でね……お忍びで旅行していたんだ。まさか、運命の出会いまであるなんて、想いもしなかったよ」
「…………っ」
ラプンツェルの顔が、リンゴのように赤くなった。
「帰ったら、正式に書状を送る。ラプンツェル……私でいいかい?」
「は……はい」
「ありがとう……!!」
こうして、グレンドールはラプンツェルを婚約者とした。
旅行は中止。すぐにラスタリア王国へ戻り、クレッセント男爵家へ手紙を送った。
返事はもちろん了承。正式に、婚約者となった。
だが……。
「初めまして。リリアンヌと申します」
「…………は?」
クレッセント男爵家が寄越したのは……ラプンツェルではなく、妹のリリアンヌだった。
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