ラグナ帝国軍とラプンツェル

 話が終わり、私だけ皇太子の天幕に残された。

 他の人たちは全員出て行った。

 イカリオスという人だけ、私をずっと警戒していた。「二人きりなんて何を考えている!」って怒鳴って、皇太子に睨まれていたけど……結局、皇太子には逆らえなかったみたい。

 皇太子は、私に椅子を勧めた。


「酒は飲めるか?」

「いえ……まだ十六なので」

「ほう、若いな。ああ、ライラップスは十五だ。年の近い者同士、仲良くしてやってくれ」

「…………」


 皇太子は、椅子に座りワインを開け、グラスに注ぐ。

 一つを私に、もう一つを自分に。

 そして、私が最も気になっていることを話した。


「どうして、こんなことをするのか。それが気になっているんだろう?」

「!」

「図星か。まぁ、普通に考えたらそうだろうな。捕虜、しかも自軍の兵士を傷付けた衛生兵に対しての扱いではない。普通なら即刻処刑だ」

「その通りです。なぜ、私に……しかも、ラグナ帝国軍に入れだなんて」

「簡単だ。一つ目の理由は、お前が欲しくなったからだ」

「えっ」


 まっすぐな眼が、私を見た。

 改めて、皇太子カドゥケウスを見る。

 鍛え抜かれた身体。ゆったりした服を着ているせいで、厚い胸板がよく見える。さらに、長い黒髪は烏のように見え、顔立ちは私が見た中で一番の美男子だった。

 まだ、二十代前半と聞くが……雰囲気などが、歴戦の戦士のように感じさせる。

 私は、思わず目を反らした。


「お前、気付いているか? 俺やイカリオスが直接鍛えた精鋭の戦士たち二十人を、剣を持ったこともないような衛生兵……しかも若い女が、たった一人で打ち負かしたんだ」

「それは、偶然……」

「馬鹿を言うな。はっきり言っておこう。お前は戦士の才能がある。その銀髪……女神に愛された証だ」

「女神……これは、そんなものじゃありません。私は呪われた子として、家族からも疎まれていました」

「はっはっは!! 呪われているだと?」

「ええ。銀は、不吉の象徴……」

「そうか。くくっ、不吉ねぇ……」


 皇太子は笑いが止まらないようだった。

 少し、イラっとした……何がおかしいの?

 

「どれ、少し面白いモノを見せてやろう」

「……?」


 皇太子は立ち上がり、飲み水用の水瓶へ近づく。 

 そして───いきなり、頭を突っ込んだ。


「え!? ちょ、何を」

「っぷは!! はっはっは、気持ちいいな!!」

「何を───えっ」


 私は、驚きを隠せなかった。

 なぜなら───皇太子の頭の塗料が落ち、『銀髪』があらわになったから。

 

「これで信用するか?」

「わ、私と……同じ」

「ああ。お前と同じ、女神に愛された銀髪だ。俺がここまで生きてこられたのも、この銀の女神に愛された祝福があるから……と、思っている」


 皇太子は、タオルで頭を拭く。

 烏のような黒は、輝くような銀色へ変化した。

 

「俺は、ラグナ帝国軍最強のソードマスターだ。お前を見ると、俺に匹敵する才能がある。不吉の象徴? そんなくだらない迷信など気にするな。お前は間違いなく、銀の女神に愛された子だ。この俺が保証しよう」

「……私が、愛された?」

「ああ。間違いなく」


 皇太子の言葉に、私の胸が満たされていくのを感じた。

 ずっと、不吉だと言われて嫌われてきた。

 でも……この人は違う。私を、ちゃんとまっすぐ見てくれている。


「ラプンツェル」

「は、はい」

「エドガー医師の件……本当にすまなかった」

「あ……」

「彼の正義感、俺は一生忘れない。大陸統一を成しえたら、彼の家族に直接謝罪し、十分な補償をするとお前に誓う」

「……っ」


 涙があふれた。

 エドガー先生の名前を呼び、一人の人間として敬意を表している。

 やったのは彼ではない。彼の部下だ。

 それを、自分がやったことのように受け止め、私に謝罪している。

 皇太子は跪き、私の手を取る。


「ラプンツェル。お前がラスタリア王国で不遇な扱いを受けていたのはわかった。改めて聞く……お前はどうしたい? ラスタリア王国は、この俺が間違いなく征服する。その後、お前の家族や知人など、どうしたい?」

「…………」

「復讐を望むなら処刑しよう。そうでなければ、お前に任せる」

「私は……」


 今は、わからない。

 でも、これだけは言える。


「今は、答えを出せません。でも……あなたに、あなたのために何かできるなら、私はあなたに付いて行きたいです」

「本当に、いいのか?」

「はい。私は、私を必要としてくれる人の元で、何かをしたい」

「……ありがとう」

 

 皇太子は私の手に、そっとキスをした。

 こうして、私はラスタリア王国から、ラグナ帝国へと移った。

 知り合いもいないし、親しかった人ももういない……なら、私を必要としてくれる人の元で、何かできることをしたい。

 きっと、これは裏切りだ。

 私を知る衛生兵たちは、こぞって悪口を言うに違いない。

 でも、もう怖くない。

 私は、私にしかできないことを、ラグナ帝国でする。


「皇太子殿下、改めて……よろしくお願いいたします」

「ああ。じゃあまず最初の命令だ。その皇太子殿下とかいう長いのをやめろ」

「え、ええ?」

「カディでいいと言っただろう?」

「で、でも」

「全く。ラプンツェル、お前は頭が固いな。イカリオスを見習え、あいつはたまに俺相手でも暴言を吐くぞ?」

「そ、それはさすがに」

「はっはっは! さ、まずは名前を呼べ。全てはそこからだ」

「で、では……か、カディ様」

「むぅ……まぁ、いいだろう」


 カディ様との会話は、私の心を温かく満たしてくれた。

 エドガー先生……私、カディ様の元で頑張ります。

 あなたのこと、優しくしてくれたこと……ずっと忘れません。

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