ラグナ帝国軍の皇太子

 私は、皇太子カドゥケウスの天幕に連れて行かれた。

 途中で、イカリオスという皇太子の副官が着替えを持ってきた。

 それを受け取り、天幕の中へ。


「安心しろ。着替えるまで外にいる。終わったら呼べ」

「…………」

「なんだ? さっさと着替えをしないか」

「……はい」


 拒否権はなかった。

 逆らえば、私は死ぬ。それに、捕虜も全員死ぬ。

 不思議だった……あんなに「死んでもいい」って持ってたのに、今は死ぬのが怖い。

 天幕の中で、衛生兵の服を脱ぎ、渡された着替えを身に着ける。

 長い髪は、衛生兵の服の一部を切って、適当に縛った。


「あの、終わりました」

「ああ。ほぅ、よく似合ってるじゃないか」

「…………」

「だがイカリオス。軍服というのはどうなんだ?」

「申し訳ございません。男所帯の軍なもので、女性の着るドレスなんて持ち合わせてないのですよ」

「まぁ確かに。だが、よく似合ってる」


 ありがとうございます。というべきなのかな。

 ラグナ帝国軍の象徴である、黒を基調とした赤い制服。

 すこしサイズが小さいのか、胸がキツイ。でも……文句は言えない。

 

「あの……」

「まぁ待て。いろいろ聞きたいことがあるだろうが……こっちが先だ」

「?……あ」


 すると、天幕に騎士が入ってきた。

 一人は、私に剣を向けたライラップス。もう一人は獅子のような風貌の男性、最後の一人はどこか飄々とした感じの、長い緑色の髪をした青年だった。

 皇太子は、椅子に深く腰掛ける。


「オルトロス隊長。今回の事だが」

「すべてはワシの……自分の責任です。長い遠征で部下も溜まってるモンがあったんでしょう。捕虜相手だし、少しくらいならと……許可を出しました」

「長い遠征。つまり、俺にこう言いたいのか? さっさと大陸統一をしろ、と」

「め、滅相もございません!!」

「あえて言おう。オルトロス隊長、お前のせいで、余計な犠牲を出した。俺は事前に言ったはずだぞ? 捕虜には手を出すな、と。しかも未婚の女性……さらに、貴重な医師一名が死亡した」


 意外だった。 

 皇太子は、本気で怒っていた。

 エドガー先生の死は、皇太子にとって許容できないみたい。

 皇太子の顔をジーっと見ていると、私をチラッと見た。


「だが、いい拾い物ができたのも事実。ラプンツェルが怒りに任せ仕返しをしたのも仕方がないこと。よって、今回の件はこれにて終了とする」

「はっ!!」

「え……」


 皇太子は立ち上がり、私の前へ。

 そして、頭を下げた。


「申し訳なかった。彼の家族に謝罪、そして十分な補償を約束する」

「…………っ」

「で、殿下!! 頭を下げるなど」

「黙れイカリオス。下げるべきときに下げぬ頭なぞ、ただの重りだ」


 獅子顔の人は、皇太子に頭を下げさせたことで、いかに自分が馬鹿なことを許可したのかと悔しがっていた。

 再び席に座ると、私を手招きする。

 私は、皇太子の傍へ向かう。


「紹介しよう。彼女はラプンツェル……ラグナ帝国軍に入隊した新兵だ」

「えっ……」

「殿下!! まだそんなことを」

「悪いがもう決めた。それに……ラプンツェル、お前に行く場所などないだろう?」

「……はい」


 私が皇太子に連れ去られた瞬間は、全員が見ていた。

 ここで解放された場合、ラスタリア王国軍に捕まって尋問、そしてそのまま処刑もありえる。それに、私は『銀』……国境が破られたのも、私にせいにされるかも。

 きっと、皇太子は全てお見通しだ。


「ラプンツェルは、ガルムの部隊に配属。専属の師として、ライラップスを付ける。ラプンツェル、ライラップスから剣を習え」

「わ、私が、剣?」

「ああ。お前にはスバ抜けた才能がある。自分で気付いていないか?」

「……そういえば、剣や弓矢が、とてもゆっくりに見えました」

「そうだ。お前は目がいい。いい剣士になるだろう」

「剣士……私が」


 私が、剣を持つ。

 考えたこともなかった。


「あ、あの」

「なんだ?」

「私、女です……女が剣を持つなんて」

「ははは! お前の国ではどうだったか知らんが、ラグナ帝国では子供ですら剣を持つ。それに、お前の髪は美しい……銀の女神に愛された証だ」

「……女神?」

「知らないのか? ラグナ帝国に伝わる神話だ。『銀の女神に愛されし者、神の加護を持つ』とな」

「私が、ですか?」

「ああ」


 女神に愛されるなんて……私には恐れ多いわね。

 ずっと、不吉だって言われてた。

 いきなり女神なんて言われても、信じられない。


「さて、言いたいことや考えることもあるだろう。ラプンツェル、まずはメシにしようか」

「……はい。あっ」


 ごはんと聞いて、私のお腹が鳴った。

 すると、皇太子は楽し気に笑い出した。


「ははははは!! 腹の虫は正直だな」

「うぅ……も、申し訳ございません、皇太子様」

「カドゥケウスでいい。いや、長いし言いにくいからカディでいい」

「で、でも」

「ふふふ。カディと呼ばんと、命令無視の罪で、捕虜を全員メシ抜きにするぞ?」

「え、ええっ!?」

「ははは。冗談だ」


 皇太子……カディは、子供のようにケラケラ笑った。

 温かで、笑顔が優しい、大きな人。

 これが私がカディに抱いた印象だった。

 

 ラグナ帝国の皇太子にして次期皇帝のカドゥケウスと、婚約者を奪われ、呪われた令嬢と呼ばれた私、ラプンツェルは、こうして出会った。

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