銀の乙女
剣なんて、見たことも数度しかない。
ましてや、持ったことなんてない。
刃物だって、ペーパーナイフや刺繍用のハサミくらいしか掴んだことがない。純粋な「切る」道具であるメスも、ここで初めて掴んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私は、右手に剣を、左手にメスを持って暴れた。
もう、思考がグチャグチャだった。
死んでもいい気持ちが、胸いっぱいあふれていた。
「なんだこいつ!?」
「ゆ、油断するな!!」
私に向かって兵士が向かってくる。
振り下ろされる剣が、とてもゆっくりに見えた。
不思議だった。どうしてこの人たち、こんなゆっくり動いているんだろう?
「もう、イヤァァァァァァァァァァ!!」
「がわっ!?」「っぎゃ!?」
私は、兵士の剣を紙一重で躱し、持っていた剣で兵士の腕を斬り、メスで肩を突き刺す。
肉の感触……ああ、メスで皮膚を斬るのと変わらない。
何人斬ったのかわからない。すると、私に向かって弓矢を構えている兵士がいた。
「───……っ」
「放て!!」
あぁ、矢が放たれた───……え? 矢って、こんなにゆっくり飛ぶの?
「ッ!!」
「なっ!? た、叩き落としやがった!!」
そんなに驚くことなのかな?
ゆっくり飛んでくる矢を、剣で叩き落としただけなのに。
はっきり言って、当たる気がしない。
剣はゆっくりだし、矢は遅いし……でも、あれ?
「はぁ、はぁ、はぁ……」
体力が、切れそうだった。
腕がとても重い。座りこみたい。
ああ、もういいかな……お腹に溜まったイライラも、少しは消えてくれた。
「全員、下がって」
「ら、ライラップス隊長!!」
「……衛生兵相手に何やってるの?」
ライラップスと呼ばれたのは、私と同じくらいの少年だった。
サラサラの青髪に、どこか気だるげな表情をしている。
腰には細い剣が差してあり───一瞬で抜いた。
「えっ!?」
「おっ?」
一瞬。ほんの一瞬で私に向かって来た。
私は、兵士とは段違いの速さに、辛うじて剣を受けることができた。
「嘘だろ?……ボクの剣を、衛生兵が?」
「う、うぅ……」
「……きみ、何者?」
「…………」
青髪の少年が離れると、再び矢が放たれた。
私は矢を躱す。
すると矢は、私の頭上にあった櫓……貯水用の樽に刺さる。
そして、さらに別の人物が現れた。
「何の騒ぎだ」
「あ、カドゥケウス」
「ライラップス……あの女は、何だ?」
「さぁ? 衛生兵が暴れて、何人か斬られた。見てられなかったからボクが出たけど……こいつ、ボクの剣を受け止めたんだ」
「なに……?」
私を見るのは、真紅の目。
真っ黒な髪、上等な鎧、見ただけで高貴な印象を受けた……この人、もしかして貴族?
もう、抵抗しても無駄ね……。
「……もう、いいです」
私は、剣を捨てた───次の瞬間。
「───わぶっ!?」
頭上にあった貯水樽から矢が抜け、水が勢いよく流れ落ちてきた。
被っていた帽子が落ち、髪を染めていた塗料が落ちる。
「───ッ!!」
「え、これって……」
黒髪の男性と、青髪の少年が驚愕していた……ああ、髪。
私は、腰近くまで伸びた銀髪を……この場にいる全員に晒す。
私が暴れ始めたことで拘束されていた衛生兵が、ポツリと呟いた。
「ぎ、銀……嘘だろ、あいつ、銀だったのか!?」
「まさか、ここが突破されたのも、あいつが……」
「ちくしょう!! あいつのせいで……!!」
ああ───聞きたくなかった。
決して仲がいいわけじゃなかったけど……命を救う同士だと思っていたのに。
髪が銀色、それだけで……私は、もう味方じゃなくなっていた。
すると、私の背後にいた兵士が、私の両腕を掴んで地面に押し倒した。
「あぐぅっ!?」
「殿下、捕らえました!!」
「…………」
殿下?
この人……ラグナ帝国の、皇太子?
確か名前は、カドゥケウス。
「まさか、ラスタリア王国に『銀』がいたとはな」
「…………」
「それにしても、よく暴れたものだ」
「…………」
「イカリオス、被害は?」
「はい。兵士約二十名が負傷。重傷者四名。戦線復帰は無理でしょうね」
「そうか。で……オルトロス。後で話を聞かせてもらうからな」
「は、はい……すんません」
イカリオスと呼ばれた男性は冷静に言い、オルトロスと呼ばれた獅子のような男性は申し訳なさそうに頭を掻いていた。
そして、カドゥケウスは私を見る。
「…………最後に、言い残すことは?」
「───……」
ああ、私……死ぬんだ。
カドゥケウスは剣を抜き、中腰に立たされた私の首に剣を突きつける。
言い残すこと?
エドガー先生を死なせた、許さない。
死んでも恨む?
違う。
私が言いたいのは……一つだけ。
「お願い……ラスタリア王国を、滅ぼして」
「……なに?」
「こんな無駄な抵抗をするから、私は戦争に駆り出された。余計な命が失われた。最初から帝国に勝てるわけなかったのに、無駄なことばかり……」
「無駄だと? ふはは、国のために命を投げ捨てて戦った兵士の死が、無駄だと?」
「無駄よ……あなたたちみたいに、信念がある人たちじゃない。王国の貴族たちが、見栄のために抵抗しているだけ……そこで使われてる命にすぎない」
「ほう」
「私、私……戦争になんて、行きたくなかった!! 衛生兵になんてなりたくなかった!! 家族に捨てられても、生きていたかった!! でも……私には、逃げることも許されなかった!! 婚約者を妹に奪われて、こんな戦場に連れてこられて……ようやく、私を受け入れてくれる人がいても、死んでしまった……もう、わけわかんない」
「…………」
「お願い……もう、嫌。もう……」
「…………絶望、か」
カドゥケウスは、剣を引く。
「お前、名前は?」
「……ラプンツェル」
「ふ、ふふふ。ははははは!! 気に入った。おい、離してやれ」
「え、しかし……」
「二度は言わんぞ」
「は、はいっ!!」
拘束されていた両腕が離された。
カドゥケウスが近づき、私の顎をくいッと持ち上げ……ち、近い。
「ラプンツェル。これよりお前は、ラグナ帝国軍の一員だ」
「……え?」
「で、殿下!? な、何言ってるんですか!?」
「イカリオス。こいつに合う着替えを用意しろ。ライラップスは飯を俺の天幕へ。オルトロス、お前は怪我人の手当てをしろ。ああ、こんなバカげたことを始めた責任がお前にあるが、言いだした奴は飯抜きだ」
「ま、待った! おいカドゥケウス、何考えてる。敵国の衛生兵を自軍に引き入れるだと?」
「イカリオス、口調」
「こほん。で……どういうつもりです?」
「こいつが気に入った。それに、見ただろう? こいつの反応速度、動体視力は天性のものだ。それに、剣の才能もずば抜けている。鍛えれば、俺並みに強くなる」
「…………えぇ~」
私は、何を言われているのかわからなかった。
「悪いが、お前はもうラグナ帝国の一員だ。拒否すれば捕虜がどうなるかわかるな?」
「…………」
「ああ……せめてもの情けだ。あの医師の死体は、きちんと埋葬しよう」
「…………」
「安心しろ。ラスタリア王国は、ちゃんと滅ぼしてやる。お前の全てを奪った国、家族……俺がきっちり、落とし前を付けてやろう」
「きゃっ!?」
カドゥケウスは、私を軽々と抱き上げる。
「お前にも見せてやろう。俺がこの世界を統一する光景を」
「…………」
カドゥケウスの笑顔は、子供のように眩しく輝いて見えた。
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