偵察任務
私とライ君は、カディ様の天幕に呼び出された。
天幕の中には、ガルム隊長、イカリオス隊長、オルトロス隊長がいる。
カディ様は、私を見てにっこり笑った……でも、すごく疲れているように見えた。目の下にクマがあるし、少し痩せたようにも……大丈夫なのかしら。
「来たか」
それだけ言い、私とライ君はカディ様の前へ。
カディ様は椅子に座り、私たちは全員跪いていた。
私は、ラグナ帝国軍に入って初めての呼び出しに緊張していた。用件は一つしかないよね。
「もう知っているだろうが、俺はこれから一年以内に、ラスタリア王国、オリビア王国、ユルゲンス王国を落とし、大陸統一を成す」
私の喉がゴクリと鳴る……まるで、御伽話。夢物語。
いくらラグナ帝国軍が最強でも、たった一年で全てを陥落させるなんて、無理だ。
でも、カディ様はやる気だ。
「三つの国にそれぞれ偵察を送っているが、俺が最も信頼するお前たちにも、その眼で見てもらいたい。そして、お前たちの主観で、それぞれの国の情勢を探ってほしい。その報告次第で、どの国から落とすかを決めようと思う」
「えっ」
思わず、声が出た。
顔を上げてしまう。すると、カディ様と目が合った。
「どうした、ラプンツェル」
「え、えっと……その、わ、私たちの報告で、決めるのですか?」
「ああ。お前たちの眼は、俺の眼だ。お前たちが見た物は信用できる」
「……っ」
すると、隣で「フン」と鼻を鳴らす───イカリオス隊長。
「祖国のことが気になるのか? だが安心しろ。お前が虚偽の報告をしたところで、ライラップスがいる。もし、我が軍に不利益になるような情報を伝えたら、どうなるか……」
「わ、私はそんなこと」
「しないと言い切れるのか? 家族がいるんだろう? 恋人は? 友人は?」
「確かに、家族はいます。でも……なんの情もありません」
「それをどう証明する?」
「行動で証明します。私はもう、ラグナ帝国軍ですから」
「信用できんな」
「なら、どうしろと?」
と、私も熱くなっていた。
イカリオス隊長が、私を疑っているのは知っている。
確かに、元敵国の衛生兵だ。
でも……私は、カディ様の力になるって決めた。そこを疑われるのは面白くない。
「双方、そこまで」
「「……」」
「イカリオス。お前がラプンツェルを疑うのはわかる。だが、彼女は俺が認めた兵士だ。ライラップス……お前から見て、ラプンツェルはどうだ?」
「…………」
ライ君は、私をチラッと見てカディ様に言う。
「とりあえず、怪しい行動はありません。剣の上達速度が異状とは思いますね。たぶん、五人以下なら負けることはない。七人以上だと少し危ないくらいかな?」
「ほう……なかなかだな」
「まだまだですけどね。でも、一年後はどうなってるかわからない」
「はっはっは! ライラップスにここまで言わせるとはな。どうだ、イカリオス。少しは認めてやっても」
「……まぁ、ライラップスが嘘を言うとは思えない。強さは認めてもいい。だが、こいつが祖国と繋がっていないという証拠はない」
「イカリオス……」
「カドゥケウス。ようやく見えてきた大陸統一だ。オレは……不安材料を残したくないんだよ」
イカリオス隊長は、私を睨みながらカディ様に言う。
ああ、信用されていない。
ガルム隊長はため息を吐いて頭を掻き、オルトロス隊長は無言で目を閉じていた。
そして、意外なことに……ライ君はイライラしているように見えた。
「じゃあ、イカリオス。あんたが確かめてみたら?」
「なに?」
「ラスタリア王国の偵察。あんたがこいつと行けばいい」
「…………ほう」
ライ君は、カディ様に言う。
「殿下。急な話で申し訳ございませんが……」
「いいだろう。ライラップス、イカリオスを交代。ライラップスがユルゲンス王国へ、イカリオスとラプンツェルがラスタリア王国の偵察だ」
「はっ!!」
「か、カドゥケウス!! お前」
「イカリオス。お前が言い出したことだ。ラプンツェルをその眼で見ろ」
「……ッチ」
イカリオス隊長は、露骨な舌打ちをした。
いくら私でも……ここまで言われて、頭にこないわけがない。
「イカリオス隊長、よろしくお願いします」
「ふん。妙な真似をしてみろ、その首を斬り落としてやる」
「できるならどうぞ。私も、ただではやられませんので」
「は、言うようになったじゃないか。怯え、泣いていた衛生兵ごときが」
険悪な雰囲気だが、私は引かない。
すると、カディ様が笑った。
「はっはっは!! さて、話は終わりだ。ラプンツェルは残れ」
私を残し、全員が退出した。
カディ様は立ち上がり、近くにあった椅子を引き寄せる。
「さ、座れ」
「で、殿下自ら椅子を引くなんて」
「いいから座れ。それと……殿下はやめろと言ったはずだが?」
「う……し、失礼します」
言われた通り座ると、向かいにカディ様が座る。
「悪かったな」
「え?」
「イカリオスだ。あいつ、昔から真面目な堅物でな……お前をラグナ帝国軍に引き入れたこと、今だにグチグチ文句を言う」
「……当然だと思います」
「やれやれ。征服した国から兵士を引っ張ってきてるんだが、そのことに関しては何も言わんのになぁ」
「…………」
それは事情が違う。
征服した国から兵士を引っ張ってくるのと、大暴れしたあげく、皇太子自らが引き入れるのでは大きく違う。ラスタリア王国はまだ、征服していないのだ。
「安心しろ。お前は、ラグナ帝国軍の一員だ。お前が俺のために何かをしたいという気持ちを疑うことはない」
「カディ様……」
「ラプンツェル。イカリオスと、仲良くやってくれ」
「…………は、はい」
「ふはははは!! 正直なやつだ。あいつのために言うが、ああ見えて純情な奴だ。道中、気を付けろよ」
「?」
よくわからず、私は首を傾げた。
「さて、少し飲んでいくか?」
「いえ。それよりもカディ様……少しはお休みになってください。ずっと寝ていないのでしょう? 痩せたように見えますし、目の下にクマも……」
「む、そうか? はは、かれこれ三日以上徹夜だからな」
「だ、ダメです! なおさら休まないと!」
「わかったわかった……っむ」
カディ様は立ち上がろうとするが、少しふら付いてしまう。
私はすぐに立ち上がり、カディ様を支えた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ。ふぅ……ラプンツェル、お前はいい匂いがするな」
「え……あっ」
抱き合うような形になってしまう。
カディ様の胸板に手を添えてしまい、その逞しさ、心臓の鼓動が伝わってきた。
「あ、あ……その、す、すみません。べ、ベッドまで、辛抱していただけますか?」
「ああ。すまんな」
私はカディ様を支え、ベッドまで運ぶ。
カディ様は軍服を脱ぎ、胸元をゆるめ……わぁ、すごい。
綺麗な肌。胸元が見えた。
そのままベッドに倒れ込むと、すぐに目を閉じてしまう。
「…………少し、寝る。イカリオスに、伝え……」
「は、はい!! お、おやすみなさいませ!!」
私は、火照った顔を見られないよう、慌てて天幕から逃げ出した。
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