事実上の追放

「え───? ど、どういうこと、ですか?」


 お父様に呼び出された私は、耳を疑った。

 お父様は、「聞こえなかったのか?」とやや不機嫌に告げる。


「ラスタリア王家からの命令でな。国軍の前線に送る衛生兵が足りない。ラプンツェル、お前は男爵家の代表として、衛生兵として出征するのだ」


 わけがわからなかった。

 衛生兵が足りない?

 なぜ、貴族の私が?

 こういう出征は、領地から募集をかけるのが普通だ。それでも集まらなかったら、領主権限において領民を選抜し送りだす。選抜された家の家族には、十分な補償金を支払うのが普通のはず。

 名ばかりとはえい、クレッセント男爵家の長女である私が、真っ先に衛生兵として送り出されるなんて、想像すらしていなかった。


「ど、どうして、私が……私はクレッセント男爵家の長女です。貴族である私が最前線の衛生兵になるなんて……それに、私は衛生兵の心得や知識などありません」

「最もだ。だが、考えてもみろ。クレッセント男爵家の長女が、わが身を顧みず最前線へ。負傷兵たちを癒す「聖女」になれば、我が家の評判も上がる。私も、お前のことを誇りに思うだろう。リリアンヌも、いい土産をもって嫁いでいける」

「…………」


 つまり、死ねということか。

 リリアンヌはきっと、グレンドール様に言うだろう。「姉は優しく勇敢で、最前線で負傷兵たちの看護をしています。私にとって、誇るべき姉です」とでも。

 それに、最前線。


「敵は……ラグナ帝国ですか?」

「そうだ。大陸統一を目指す馬鹿な軍事国家め……ふん、そんなことできるわけがない。今はラスタリア王国とは小競り合い程度だが、リステル王国が落ちれば本格的にラスタリア王国征服に乗り込んでくるだろう。まぁ、いくら大陸最強の軍事国家だろうと、世界中を相手に戦を続ければ疲弊する。自滅が落ちだ」

「…………」


 そうだろうか。

 以前、聞いたことがある。

 ラグナ帝国の『魔犬部隊』を束ねる若き皇子の名前を。

 王位継承者にして、大陸統一を掲げた馬鹿な皇子と言われていた。でも……皇子は周辺国を次々と征服し、今や大陸統一は時間の問題だ。

 でも、周辺国は未だに「あの若造に大陸統一など不可能」と思われている。


「ラプンツェル。出発は七日後だ。それまで、衛生兵としての知識を身につけておけ」

「…………は、い」


 どのみち……私に拒否権なんて、ない。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 お父様の執務室から出ると、金色の髪を揺らしながらリリアンヌが現れた。

 リリアンヌは、何が嬉しいのかニコニコしている。


「お姉様! どうしたんですか? 顔色が悪いですけど」

「……リリアンヌ」

「ふふ。まるで、どこか遠くに・・・・・・行っちゃいそう・・・・・・・な表情ですね」

「……あなた、まさか」

「ふふ。お姉様ってば可哀想……衛生兵なんて、私には縁がない世界ですわ」

「リリアンヌ、あなたがお父様に言ったのね?」

「ええ。ま、いいじゃありませんか。どうせ、この家にいても籠の鳥ですし? もしかしたら、戦場で素敵な出会いがあるかもしれませんよ?」

「……ッ」


 私は、強く拳を握る。

 リリアンヌは、私をここから追い出すために、お父様に衛生兵に志願させるように仕向けたのだ。

 グレンドール様だけじゃなく、家での居場所まで……。


「お姉様、どうか生き残ってくださいね? 最前線の救護施設にも、銃弾は飛んできますから」


 そう馬鹿にして、リリアンヌはお父様の部屋へ入っていった。

 残された私は、みじめな気持ちで屋敷の廊下を歩く。

 途中、すれ違ったメイドたちが、こんな話をしていた。


「ラプンツェルお嬢様、衛生兵……」「戦場へ……」

「可哀想……」「生きて帰れないでしょうね……」


 たった今、お父様から聞いた話を、なぜメイドたちが。

 決まっている。リリアンヌの仕業だ。

 なんで、私をここまで追い詰めるのか。

 私は、俯きながら自室へ戻る。

 すると、机の上に数冊の本が置いてあった。


「───っは」


 思わず、乾いた笑いが出た。

 リリアンヌの仕業か、メイドの仕業か。

 本のタイトルは『応急手当全集』と、『看護の心得』だった。

 

「…………」

 

 私は無言でその本を手に取り……叩きつけたい欲求を堪え、静かにページをめくった。

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