さらなる追い打ち
いつの間にか、ドアにもたれるように寝ていたようだ。
私は、空腹で目が覚めた。
どうやら、夕食にも呼ばれなかったようだ……この屋敷で私の味方はいない。メイドも使用人もみんな、妹のリリアンヌを可愛がっていた。
私は、自分の長い銀髪を手で梳く。
「こんな、銀……」
長い髪は、切ることを許されなかった。
私の髪は腰まで伸びている。斬ってはいけない理由は、「銀を断つと不吉が恐れるから」という迷信じみた理由からだ。
以前、一度だけ髪を切ったことがある。八歳のころ、膝下まで伸びた髪があまりにもうっとおしく、肩にかかる程度までバッサリ切ったのだ。
髪の重さがなくなり、スッキリした……だが、その日の夜。リリアンヌが階段から落ち、足を折る重傷を負った。
私は、父に何度もぶたれた。
そして、一週間、自室に監禁された。
それから八年。十六歳の私は、腰近くまで伸びた銀髪を切ることを許されていない。
「…………」
私はノロノロ立ち上がり、部屋にあった洗面器の水をすくって顔を洗う。
水面に映った顔は、酷かった。
「わ……目が腫れてる。ふふ、こんな顔で出て行くわけにいかないわね」
髪を整え、ドレスを着替える。そして、部屋の外にたまたまいたメイドに、簡単な朝食を持ってくるようにお願いした。
メイドは「忙しいのに」と言わんばかりの不機嫌さでため息を吐き、返事もせずにキッチンへ。
運ばれてきたパンとスープの食事を終え、私は部屋でぼーっとしていた。
「……どうしよう」
もう、お父様に何を言っても無駄だろう。
もしかしたら、グレンドール様も私なんかよりリリアンヌを気に入るかもしれない。
田舎の男爵家令嬢と、次期侯爵の婚約……こんなチャンス、もうない。
リリアンヌの言った通り、私はクレッセント男爵家の次期当主、マリックの教育係として生きていくしかないのだろう。
結婚もせず、男爵家のためだけに生きる存在として。
「…………」
そんなの、嫌だ。
でも……私には、どうしようもなかった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
リリアンヌ・クレッセント。
彼女は、両親からたくさんの愛を受けて育った。
母親譲りの輝く金髪、大きなくりっとした眼はどこか小動物のように愛らしく、小柄で愛らしい雰囲気は庇護欲をそそられる。まさに、愛されるために生まれてきたような少女だ。
リリアンヌは、何を言ってもみんな言うことを聞いてくれる。そう思っていた。
小さい頃から、何を言ってもみんな笑ってくれる。自分が欲しいと言えば何でも手に入る。
つまり……とても我儘な少女に育ったのだ。
リリアンヌは、幸せだった。
でも、いくつか不満がある。
そのうちの一つが、姉のラプンツェルだ。どこか陰気で、ラスタリア王国では不吉の象徴とされる『銀』を持って生まれた女。
一歳違いの姉は、とても美しかった。
不吉の象徴と呼ばれているが、リリアンヌは姉の髪を美しいと思っていた。さらに、陰気な性格のくせに整った顔立ちはどこか女神を思わせ、成人していないくせに、その身体はとても『女』を感じさせるような曲線を描いている。
美しいくせに陰気。それが姉ラプンツェルに対する、リリアンヌの評価だ。
そんな姉に舞い込んできた縁談……それは、ラスタリア本国に住む侯爵嫡男、グレンドールからだった。
クレッセント男爵家と、オブリビエイト侯爵家。月とジャガイモのような釣り合わなさだ。だが、現にオブリビエイト侯爵家から手紙が来ている。
クレッセント男爵家の長女と、婚約したいと。
あり得ない。
リリアンヌは、許せなかった。
陰気な姉が、王国に住む大貴族に嫁ぐなんて。
グレンドールと会って町を案内した、とか言っていたが、リリアンヌはどうでもよかった。
グレンドールに会えば、ラプンツェルなんかより自分を好きになるはず。
父と母は、侯爵家の手紙に歓喜していたが、嫁ぐのがラプンツェルと言う『不吉の象徴』ということに、少しだけ悩んでいた。
だから、言った。
「いいことを考えたわ。お父様、お姉様の婚約者を、私にくださいな」
自分が、姉の代わりに。
案の定、両親は乗り気だった。
不吉の銀より、美しく愛らしい金を差し出す。両親は喜んで選択してくれた。
残った姉は、この家で引き取る予定の次期男爵、マリックの教育係にでもすればいい。
最初はそう考えていたが……リリアンヌは、しばし考える。
不安の種は、いらない。
マリックの教育係は、いずれ嫁ぐ侯爵家から、優秀な人材をあてがえばいい。
ラプンツェルをどうするか。
老い先短い老貴族の世話係でもさせようか?……そう考えていると。
「お嬢様、お手紙が」
「ああ、ありがとう」
メイドの一人が、リリアンヌ宛の手紙を運んできた。
茶会の誘いや、宝石店から新作が入ったとのお知らせの手紙だ。
手紙を開封して、気付いた。
「あ、これ……お父様宛じゃない」
封を開けて気付いた。
父宛の手紙が紛れ込んでいたのだ。
申し訳ないと思いつつ、手紙を戻す……どうせ、謝れば許してくれる。
「───これは」
リリアンヌは、手紙の内容を見て……ニヤリと笑みを浮かべた。
そこには、こう書かれていた。
『ラグナ帝国の進行が深刻化。衛生兵が足りず。各領地より衛生兵を派遣せよ』
ラグナ帝国。
大陸統一を目指す、最強の軍事国家だ。
今も、隣の国と戦争をしている。ラスタリア王国も無関係ではない。
「衛生兵が足りず、ね……ふふ、いいこと考えた」
リリアンヌは、手紙を持って父の書斎へ向かった。
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