婚約者を奪われた少女は、敵国の王を守る剣となる。

さとう

婚約破棄からの

 私の名前はラプンツェル。ラスタリア王国に属するクレッセント領地を管理する、クレッセント男爵家の長女。

 貴族といっても、田舎の領地を治める田舎貴族。

 そんな田舎貴族の長女である私に、一つの縁談が舞い込んで来た。

 相手は、ラスタリア本国に屋敷を構える大貴族、オリビエイト侯爵家の長男。

 私にとって、これは喜ぶべき話だ。

 でも、家族にとってはそうじゃない。

 嫁ぐのが『私』というのが、問題なのだ。


「いいことを考えたわ。お父様、お姉様の婚約者を、私にくださいな」


 何を言っているのか、理解できなかった。

 お姉様の婚約者を、私にくださいな。

 お姉様とは私、クレッセント男爵家の長女ラプンツェルのこと。私をお姉様と呼ぶのは、妹のリリアンヌだ。

 リリアンヌは、私の婚約者であるオリビエイト侯爵家の長男グレンドールを、欲しがっていた。

 

「リリアンヌ……あなた、何を」

「……確かに、その方が都合がよい」

「お父様!?」


 私は、お父様の正気を疑った。

 そして、お母様も。


「確かにねぇ。先方は『クレッセント男爵家の長女と、オリビエイト侯爵家長男グレンドールを婚約させる』……面識もないし、ラプンツェルじゃなくてリリアンヌでも問題ないわ。格上の侯爵家に嫁がせるなら、長女のラプンツェルが相応しいと思ったけど……やっぱり、ねぇ」


 お母様は、私を見て苦笑した。

 お母様が見ているのは、私の髪。長くきらめくような銀髪だ。

 このラスタリア王国では、『銀』は不吉の象徴と言われている。お父様は黒髪、お母様は金髪なのに、生まれた私は銀髪……私は、両親からあまり快く思われていなかった。

 リリアンヌは、手をポンと叩いて言う。


「大丈夫! 私なら、侯爵夫人としてうまくできるわ。お姉様は安心して」

「……」

「それに、お姉様には従弟のマリックがいるじゃない」

「マリックはまだ十二歳よ……?」

「ふふ、お姉様いってたじゃない。マリックの家庭教師になるって。私が伯爵家に嫁いだら、マリックを男爵家の跡取りに据えるため引き取る。そしてお姉様はマリックが成人するまで面倒を見ればいい」

「それは、私に結婚するなと言っているのかしら」

「あら、お姉様言ってたじゃない。私みたいな『銀』をもらってくれる殿方なんていないって」

「それは……」


 確かに、そう言ったかもしれない。

 でも、今は違う。オリビエイト伯爵家の長男が、クレッセント男爵家の娘を婚約者にと言ってきたのだ。

 私は、オリビエイト男爵家の長男グレンドールと、面識があったのだ。

 きっと、私を婚約者にするために動いてくれたのだと、そう思った。

 私は、お父様に言う。


「聞いてください、お父様。実は私……グレンドール様と、面識があるのです」

「なに?」

「グレンドール様は、お忍び休暇でこのクレッセント領地を訪れたのです。その時、たまたま買い物に出ていた私と出会いました。私はグレンドール様に町を案内して」


 と、ここまで言うとお父様が手で制した。


「わかったわかった。作り話はいい。お前にとって残念なことだが、やはり伯爵家に嫁ぐならリリアンヌがいいだろう。ラプンツェル、お前は部屋に戻りなさい」

「お父様……!! お願いします、話を」


 お父様は、もう聴いていなかった。

 それだけじゃない。お母様とリリアンヌは、結婚式のドレスの話や、結婚式の費用は侯爵家持ちだとか、すでに皮算用を始めている。もう私のことなどどうでもいいようだ。

 

「…………」


 私は肩を落とし、自室へ戻った。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 自室に戻った私は、ドアを背にずるずるとへたり込んだ。


「どうして……うっ、うぅ」


 涙があふれてきた。

 グレンドール様を思い出すと、涙が止まらない。

 お忍びで、田舎のクレッセント領地まで来た。のんびり自然を満喫したいと、川で釣りやボートにのって遊んでいた。

 たまたま町に来ていた私と出会い、私に町を案内させた。

 楽しかった。

 そして、案内の最後に彼は言った……自分は、王国貴族。オリビエイト侯爵の長男だと。

 私に、一目惚れした───結婚したいと。

 嬉しかった。

 そして、グレンドール様は王国に帰った。

 しばらくして、クレッセント男爵家に届いたのは───『レッセント男爵家の長女と、オリビエイト侯爵家長男グレンドールを婚約させたい』という手紙だった。

 でも、その話は、妹の我儘で無となった。

 私ではなく、妹のリリアンヌがグレンドール様と結ばれる。

 お父様は、私の話なんて信じなかった。

 

「う、うぅ……」


 私は、自分が結婚できるなんて考えもしてなかった。

 長く煌めく銀髪。このラスタリア王国では『銀色』は不吉の象徴。常に帽子をかぶり町に出ていたけど……グレンドール様は、『綺麗な髪』って言ってくれた。

 妹の言う通り、私は従弟のマリックの家庭教師として、この家に囚われるだろう。結婚もできず、死ぬまでここで……そう考えると、地獄のように感じた。


「私、永遠に籠の鳥なのね……」


 私は、とても悲しい気持ちのまま、しばらく泣き続けた。

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