81. ジャニス皇女の館にて

(シロム視点)



 僕も今にも気が遠くなりそうだが、辛うじて僕を支えているのはこの人達を助けられるのは僕だけだという思いだ。ジャニス皇女を僕達の後を追ってきたガルムさんに託し部屋の中央に走り出る。まだ部屋の中のあちこちで炎が上がっており煙が充満し見通しが効かない。だが何とかしないと....このままでは沢山の人が死ぬ。


<< ウィンディーネ様、お願いします。>>


<< お任せください。>>


 ウィンディーネ様がそう返してくれた途端、部屋の中を突然の豪雨が襲った。雨は未だ燃えている部屋を瞬く間に消火してゆく。僕も亜空間から預言者の杖を取り出して、怪我をしている人達を治療してくれる様に強く願った。途端に杖が金色の光を発する。


「 「 「 「 「きゃぁぁぁぁ~~~~。」 」 」 」 」


 突然部屋の中に女性の悲鳴が響き渡った。悲鳴の上がった方に目線を落とした僕は慌てて目をそらした。そこには全裸に近い女性達が....。この部屋には女性も沢山いた様だ。被害者達は全身に火傷を負っただけでなく衣装も燃えてボロボロになっていた。その状態で身体だけ回復すればどうなるか明白だ。


「ご、御免なさい。すぐに服を元に戻します。」


 そう叫んで再び杖に願う。もう痴漢男呼ばわりされるのは懲り懲りだ。完全にトラウマになっている。再び杖が金色に光り、火傷を負っていた人達の衣装が時間を巻き戻すように復元されてゆく。


「大変だ! 皇帝陛下がおられない! 」


 フードを被った男性が叫ぶ。火傷を負っていた被害者の1人だ。それを聞いて部屋中が大騒ぎになった。





 それからしばらくして、僕はジャニス皇女の館でベッドに横たわる彼女の傍に座っていた。ジャニス皇女は気を失っているだけで身体には異常はないから預言者の杖では治せない。目を覚ますのを待つしかないが、この宮殿では誰が味方で誰が敵なのか僕には見当が付かない。ジャニス皇女の安全のためには僕が傍に付いているしか無いわけだ。


 ジャニス皇女の館と言っても独立した建物ではない。宮殿の一角がジャニス皇女に与えられてジャニス皇女の館と呼ばれているらしいが、それでも十分過ぎる程に広い。正妻の子供だから優遇されているのだろうか。


 兵士の案内でここにジャニス皇女を運び込んだ時には館中が大騒ぎになった。ジャニス皇女が帰還されたとの連絡を受けて喜んでいたら、意識不明で運び込まれたのだから無理もない。


 ちなみに皇帝陛下が行方不明になった件は箝口令が敷かれ、あの部屋に居た人間と少数の重臣達しか知らない。皇帝が行方不明となれば国中が大騒ぎになるらしい。僕も宰相となのる人物からくれぐれも口外しない様に丁重に依頼された。ジャニス皇女には僕から伝えることになっている。


 扉がノックされ中年のメイド服姿の女性が入室してきた。


「ロム様、私はメイド頭のジーナと申します。ジャニス様の寝間着をお持ちしました。外出着のままで寝かせているのはお可哀そうでございます。お着替えさせていただいてよろしいでしょうか?」


 ジーナと名乗った女性がそう口にする。言っていることはもっともだが、この人を信頼してジャニスに近付けて良いのか分からない。それに着替えとなれば男の僕は席を外した方がよいだろうし.....。


<< 大丈夫、私がジャニスの傍に付いているから安心して。>>


 そう言って僕の精神世界からチーアルが飛び出す。実体化はしていないからジーナさんは気付いていない。チーアルはそのまま宙に浮かびジャニス皇女の傍に座った。


 だけど僕が椅子から腰を上げた時ジャニス皇女の声がした。


「ジーナ、その必要はないわ。ゆっくり寝てなんかいられないもの。」


 良かった気が付いた様だ。ジーナさんの顔が安堵に緩むのが見えた。


「シロムさん、それよりあの後どうなったか教えて頂戴。」


 ジャニス皇女が僕に言うが、皇帝が行方不明になったことは箝口令が敷かれている。ジャニス皇女にならともかく、ジーナさんの居る場所で話して良いのかどうか分からない。僕が迷っているとジャニス皇女が再び口を開いた。


「大丈夫、ジーナは私が世界で一番信頼している人よ。絶対に秘密は守ってくれる。」


「姫様もったいないお言葉ありがとうございます。ええ、このジーナ、姫様のご命令とあればたとえ殺されても秘密は洩らしません。」


 ジーナさんがそう言い切る。それならばと僕はあの後の出来事をジャニスに話した。


「そう言う事か....。犯人はたぶんボルト兄さんね。私が父上に会って命令を達成したと認められたら困るから、そうなる前に父上を攫ったわけね。命令の期限が過ぎるまであと3日、それまで時間を稼ぐつもりだわ。」


「でもボルト様は国境の反乱を鎮圧する様皇帝陛下の命令を受けて出兵されております。いきなり宮殿に来ることは不可能かと...。」


 ジーナさんが口を挟む。


「ボルト兄さんは人間を越えた力を手に入れたのかもしれないの。そうであれば遠方から短時間に戻って来ても不思議ではないわ。」


「確かにそんな噂もございますが....。それにしても皇帝陛下はご無事なのでしょうか。」


「大丈夫よ。ボルト兄さんも今皇帝に死なれては困るもの。そうでなければわざわざ連れ去りはしない、その場で殺しているわ。」


「だけど、ボルトさんは皇帝の地位を狙っているんだよね。それなら皇帝が死んでくれた方が都合が良くないのか?」


「やっぱりシロムさんは政治の事は素人ね。ボルト兄さんはクーデターを起こして皇帝の地位を簒奪しようとしているけど、皇帝を殺すのはクーデターの最終段階よ。それまでに軍隊の幹部や国の重役たち、国の有力貴族達を味方に付けて置かなければクーデターは失敗して皇帝の地位を巡って内乱が起きるだけになる。ボルト兄さんはまだそこまでの準備が出来てないの、だからまだ父上に死なれては困るのよ。まあ見てなさい、10日もすればボルト兄さんが皇帝陛下を誘拐犯から助け出してくれるわよ。」


「それって自作自演ってこと?」


「そう言う事。要は後3日父上を私に合わせなければ良いのよ。それに誘拐犯から助け出す芝居をすれば父上のボルト兄さんへの信頼がますます高まるしね。」


 ボルトさんはジャニスの腹違いのお兄さんのはずだ。そのボルトさんが芝居とはいえ実の父である皇帝を誘拐したわけか....。やはりここはとんでもない所だな。


「それにしてもシロム様は何者でございますか? 先ほど爆発に巻き込まれて火傷を負った者達を回復されたと仰いましたが、まさか話に聞いたとおり神様なのでございますか?」


「あら信じてなかったの? もちろん本物よ。」

「ち、違います。僕は只の一般人です。」


「あら大精霊と契約して、神の御子と結婚した人を一般人とは呼ばないわよ。おまけに神族の一員になったのだから神と名乗ってもおかしくないわ。」


「シロム様、知らぬこととは言え大変失礼いたしました。」


 どうやら何を言っても無駄な様だ。ジーナさんはジャニス皇女の言う事しか信じない。

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