82. 祖母ちゃんの正体
(シロム視点)
「それでこれからどうします?」
とりあえず話題を変えたくてジャニス皇女に質問した。皇帝が行方不明になった以上、ジャニス皇女に下された命令を達成したと報告することは出来なくなった。
「もちろん父上を探すのよ。でも手掛かりなしでは難しいわね....。」
「ボルト様が攫ったとしたら、ボルト様を尾行すれば居場所が分かるのではないでしょうか。」
ジーナさんが意見を述べる。
「もっともな意見だけど多分駄目ね。ボルト兄さんも自分が疑われることは自覚していると思う。そう簡単に尻尾は掴ませないわ。少なくとも私への命令の期限が切れるまでは動かない。」
「あの、ウィンディーネさんが自分なら皇帝陛下の容姿が分かれば探し出せるかもしれないと仰っています。」
「流石は大精霊様ね。でも問題はどうやって父上の容姿をウィンディーネ様にお教えするかね....。肖像画を見て頂くのでも良いかしら。」
「精度は落ちるかもしれないけれどやってみる価値はあるとのことです。」
「精度が落ちると言うのは?」
「ええっと....皇帝陛下によく似た容姿の人が複数人見つかるかもしれないとのことです。」
「なるほどね。でもウィンディーネ様の仰る様にやってみる価値はあるわ。さっそくこの館にある肖像画を見て頂きましょう。」
そう言ってジャニス皇女は僕を案内して部屋から出る。しばらく歩いて通された部屋に入ると大きな部屋の壁一面に肖像画が飾られている。
「歴代皇帝の肖像画よ、父上は一番右端。もっとも10年くらい前の姿だけどね。」
そう言われて一番端の肖像画を見ると、見事な髭を蓄えたがっちりした体格の中年の男性が描かれていた。だが僕はそれより2つ隣の肖像画に見入ってしまった。そこには初老の女性が描かれていた。驚いたのはその顔が僕の祖母ちゃんとそっくりだったからだ。髪の毛の色も同じだ。祖母ちゃんはチーカ王国では珍しい金髪なのだ。
「ジャニス皇女、あの人はどなたですか?」
「あれは2代前の皇帝ヴィンターシャ様よ、私の曾祖母に当たるわ。それがどうかした?」
「いえ、何でもありません。僕の祖母ちゃんにそっくりなので驚いただけです。すみません、余計な事を言いました。」
「そうなの....。おばあ様もチーカ王国のご出身なの? それなら案外私とシロムさんは遠い親戚だったりしてね。ヴィンターシャ様が皇帝のころ政略結婚でチーカ王国の王族に嫁いだ皇女がいたはずだから。」
祖母ちゃんはチーカ王国の貴族だったとは聞いていたけれど、まさか王族の血筋だった? それなのに庶民の祖父ちゃんと駆け落ちしてカルロ教国に逃げてきたわけだ。本当ならすごい話だよ。祖父ちゃんも祖母ちゃんも何というかかっこいい。
<< ご主人様、皇帝を探索するためにはご主人様の精神世界から外に出て実体化必要があります。よろしいでしょうか? >>
ウィンディーネ様から念話が入る。そうだ祖母ちゃんのことよりもまずは皇帝陛下を探さなければ。ここでならウィンディーネ様が外に出ても人に見られる心配はないだろうけど問題は部屋の大きさだ。ジャニス皇女の館はどの部屋も天井が高いが、それでもウィンディーネ様の頭が閊えてしまうだろう。
<< 大丈夫です。立ち上がらずに座りますから、それにすぐに小さくなります。>>
僕の心配を察したのだろうか、ウィンディーネ様が追加で補足してくれる。僕が了承するとウィンディーネ様が部屋の真ん中に座った体制で現れた。
「ご主人様、右端の肖像画の人物を探せばよろしいのですね。お任せください。」
窮屈そうな体制のウィンディーネ様はそう口にして一気に無数の妖精に分解した。妖精が分解した後には僕と同じくらいの大きさになったウィンディーネ様が残っている。これは以前鉱山の町で闇の精霊アルガ様が鉱山から湧いた巨大な虫を退治して下さったときと同じだと理解した。無数ともいえる妖精達に皇帝陛下を探させるわけだ。小さくなったウィンディーネ様は妖精達に指示を出す司令塔役だ。
「妖精達に皇帝の居場所を探らせます。この町程度の広さならば明日の朝までには探索が完了できるでしょう。」
「そ、そうですか...」
そう答えた僕の心は大いに揺れていた。目の前には人間と同じ大きさのウィンディーネ様がいる。一本の乱れも無く腰まで伸びた青い髪、女性的魅力に溢れたその身体。慈愛を感じさせるその眼差し。やはり巨大なウィンディーネ様とは明らかに印象が違う。この世界にこれほど美しい人はいないと思う。「好きです」と伝えたらどう返して下さるだろう。拒絶されることはないだろうけど....。いやいや、ヘタレの僕にそんな事言えるわけが無い。
「ウィンディーネ様にもお部屋を用意する様に申し伝えますね。」
「いえその必要はありません。ご主人様をお守りするためにもご主人様と同じ部屋が良いです。」
ウィンディーネ様がジャニス皇女に答えられた。と言う事はウィンディーネ様は実体化したまま僕と同じ部屋で一晩過ごすわけだ。なんとなく緊張して唾を飲み込んだ。チーアルとなら何でもないことも相手がウィンディーネ様となると緊張する。
そんな不埒な事を考えていると部屋の扉がノックされた。ジャニス皇女が返事すると扉を開けて入って来たのはメイド長のジーナさんだった。
「失礼いたしました。ご夕食の準備が整ったとお知らせに来たのですが、直ちにひとり分追加させますのでしばらくお待ちください。」
恐らくウィンディーネ様を見て、ジャニス皇女の客が増えたと考えたのだろう。
「その必要はありません。精霊は物を食べませんから。」
「せ、精霊様でございますか?」
「水の精霊ウィンディーネです。ご主人様共々お世話になります。」
「只の精霊じゃないわ、大精霊様よ。その気になればこの宮殿くらい簡単に破壊してしまえる存在よ。」
「この宮殿ですか? ご主人様のご命令であれば出来なくはありませんが....」
そう言って尋ねる様に僕に目線を送るウィンディーネ様。
「しません! そんな命令しませんから。」
慌てて否定した。ジャニス皇女は冗談で言ったのだろうがやめて欲しい。ウィンディーネ様は少々天然な所があるのだ。本気で宮殿を破壊したら洒落にならない。案の定ジーナさんの顔が引き攣っている。
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