80. 皇帝陛下は安否不明
(シロム視点)
「シャナ、こんな所へひとりで来たらダメじゃない。お付きの人達はどうしたの。」
「しらない。あのね、せっかくおねえさまがもどったのに、いってはだめというから、みつからないようにこっそりきたの。だってあいたかったんだもの。」
「ありがとう。でもお付きの人達が心配しているわよ。すぐに戻った方が良いわ。シャナはおりこうさんでしょう。」
「やだ! シャナはジャニスおねえさまとあそぶの。」
「ごめんね、お姉さまは今忙しくて遊べないの。また今度ね。」
「え~~~~~。やだ、やだ、やだ!」
ジャニス皇女は困った様子で、シャナと名乗った女の子の前で屈みこんだ。天才ジャニス皇女にも苦手なものはある様だ。
「仕方ないわね、ちょっとだけよ。」
「あそんでくれるの?」
シャナが嬉しそうに言う。
「今はお父様との面談を待っているの。それまでの間だけよ。それで何をして遊ぶ?」
「うんとね、うんとね、シャナわかんない。」
シャナが無責任なことを言う。子供ってこんな物かもしれないが、確かにここには遊びに仕える様な道具は何もない。せめて童話でもあれば読んであげられるのだろうけど....。
<< この様な物はどうでしょうか? >>
ウィンディーネ様からの念話が届いた途端、目の前の低いテーブルに白い子猫が現われた。
<< 水で作った猫でございます。>>
「にゃ~」
ウィンディーネ様は水で作ったと仰るが、鳴き声まで本物そっくりだ。シャナは目を丸くしてテーブルの上の猫を見つめていたが、好奇心に負けてそっと手を延ばした。猫は逃げることなくシャナの手に顔を擦りつける。
「かわいい!」
シャナはそう言って子猫を抱き上げた。すると今度はテーブルの上にミニチュアの鹿が現われる。鹿はテーブルの上をトコトコとシャナの前まで歩き、まるで抱いてくれと言う様にシャナを見つめた。シャナの目が輝き、片手に子猫を抱いたままテーブルの上の鹿を撫でる。
「あなたがだしたの?」
シャナが僕に話しかけて来る。あれ? 僕は少し離れたところに座っているからジャニス皇女が出したと思うと思ったのに。
「シャナ、こちらはロム様です。とっても偉いお方なのよ。」
「ろむさまは、まほうつかいなの?」
「そ、そうだよ。」
本当は神様の設定なのだが、こんな小さな女の子に細かなことを言う必要は無いだろう。ジャニス皇女がこちらを見たが何も言わなかった。
その後もウサギに小鳥、最後にはヌイグルミの熊まで現れて、シャナを背中に乗せて部屋の中を歩き回る。シャナは大喜びだ。
「ねえ、ろむさまはどうしてひかっているの?」
突然シャナが僕に言う。光っている?
「シャナちゃんは僕が光って見えるの?」
「うん、きんいろ。ね、ジャニスおねえさま。」
それを聞いて確信した。シャナはカルロ教国の神官の様に神気を感じることが出来るのだ。僕の身体が光って見えるのは水の動物を操るウィンディーネ様の気を感じたからだろう。
「ロム様は魔法使いじゃないの、神様なのよ。」
「かみさま?」
ジャニス皇女がわざわざ修正する。こんな小さな子供に細かいことを言わなくてもと思ったが、ジャニス皇女が小声で言ったことに驚いた。
「シャナはボルト兄様の娘なの。」
人工のレイスを作っていると言うジャニスの兄ボルトの娘......確かにこれは要注意だ。僕は自分の迂闊さを恥じた。シャナの話した内容から僕に疑いがかかったら困ったことになる。
その時扉がノックされ、僕は慌ててマジョルカさんと交代する。入って来たのはこの部屋に案内してくれたガルムという兵士だった。
「ロム様、ジャニス様、皇帝陛下からご面会の許可が下りました。只今よりご案内させていただきます。」
ガルムさんは部屋の中の動物とシャナを見て一瞬驚いた様だが、すぐに意を決した様にそう言った。
「まったく待ちくたびれたぞ、早く案内するが良い。」
僕の身体を操るマジョルカさんが偉そうにガルムさんに命令する。こんな神様、僕なら絶対に嫌だ。
「畏まりました。こちらでございます。」
ガルムさんが慌てたように僕達の前に立って歩き出す。廊下には10人ほどの兵士が整列して待っていた。
「ガルム、待ってちょうだい。誰かにシャナを部屋まで送って欲しいのだけど。」
ジャニス皇女がガルムさんにお願いする。シャナはウィンディーネさんが作った動物達が消えてしまったものだからご機嫌斜めだ。
「畏まりました。」
そう返したガルムさんが兵士に指示をして、2人がシャナを送って行ってくれることになった。嫌がるシャナをジャニス皇女が宥め、何とか自分の部屋に帰ることを承諾させる。
シャナに手を振って送り出し、さあ皇帝の元に向かおうとなった時、突然ドーンという爆音が響き渡った。何事かと辺りを見回している内に、1人の兵士がガルムさんの元に走り寄る。
「ガルム様一大事です。皇帝陛下がおられる部屋で爆発が起きました。中に居た者達は全員が重症、一部の者は即死、皇帝陛下の安否は不明です。」
それを聞いた僕とジャニス皇女は顔を見合わせた。
「こっちよ!」
ジャニス皇女が叫び、ガルムさんの制止を振り切って走り出す。当然僕も後に続いた。何が起きたのか分からないが、怪我人がいるならどれだけ重症だろうと預言者の杖を使えば助けることが出来る。それに皇帝陛下の安否も心配だ。
だがジャニス皇女に続いて飛び込んだ部屋は想像以上に悲惨な状況だった。広い部屋のあちこちに人間の身体の一部が飛び散り、壁や床が血で染まっている。辛うじて生きている人達も全身に火傷を負っていた。
顔に酷い火傷を負った女性が、「助けて...」と呻いた。顔の皮膚が爛れて垂れ下がり筋肉と骨がむき出しになっている。それを見たジャニス皇女が突然崩れ落ちた。無理もない、10歳の少女にこの光景は残酷過ぎる。
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