79. 宮殿にて
(シロム視点)
「ジャニス皇女様、無事なお帰り心よりお喜び申し上げます。聖なる山の神に連れ去られたと聞いて案じておりました。」
「ガルム、出迎えありがとう。ええ無事に帰って来たわ。それどころか父上のご命令を達成したの。聖なる山の神様から私の味方になるとの確約を取り付けたのよ。父上は宮殿に居られる? 早速ご報告に伺いたいのだけど。」
「は、本日皇帝陛下は宮殿に居られます。」
「そう、それなら今からジャニスが報告に伺うと伝令を立てて頂戴。それからこちらに居られるのはロム様。聖なる山の神の御子様で私の夫に成られるお方よ、失礼の無いように気を付けてね。」
「ロムだ。ジャニスよ、伝令など必要なかろう。このまま皇帝のいる部屋に向かえば良いではないか? 」
「お待ちくださいロム様。さすがに皇帝である父の元に前触れもなく乗り込むのは失礼にあたります。ご苛立ちはごもっともでございますが、ここは私に免じてしばしお待ちいただけませんでしょうか。」
そう口にしながら優雅に腰を屈めて頭を下げるジャニス皇女。芝居とは言え大国の皇女に頭を下げさせるなどこちらは恐縮しまくりだが、身体の方は僕の気持ちなど無視して動く。
「構わぬ、神の子である私が会ってやろうと言うのだ。失礼になどなるはずがない。」
「行くぞ」
僕がそう口にして歩き出すと、僕達の前で困惑の表情を浮かべていたガルムさんがフワリと浮き上がり、そのまま横に投げ出された。「御免なさい」と心のなかで呟く。
行く先に沢山の兵士が立ち塞がろうとするが、全員ガルムさん同様僕の前から投げ出される。
「ロム様、どうかお待ちください。このままでは父と戦いになってしまいます。それはロム様の望まれることではないとご推察いたします。」
先に歩を進める僕に縋り付くようにしながら、ジャニス皇女が必死の表情で訴える。ここで初めて僕は歩みを止める。
「まったく仕方がないな。愛するジャニスの言う事だ、今回だけは大目に見よう。」
「ロム様、寛大なお心に感謝いたします。ガルム、急いで伝令を!」
ジャニス皇女が必死の表情でガルムさんを急がせる。すべては僕を神の御子だと信用させるための芝居だが、僕はハラハラし通しだ。ちなみに芝居をしているのは僕ではない、僕の身体のコントロール権を得たマジョルカさんだ。それにガルムさん達を浮かしたのはウィンディーネ様だ。
マジョルカさん曰く、貴族にとって体面を取り繕うために芝居をするのは日常茶飯事だそうで、この様な大役にもまったく動じていない。生きている時はとんでもない人だったのではと思う。
実はマジョルカさんが今回の作戦に入れ込んでいる理由がある。
<< 話を聞いていて思ったんだけど、私もその人工的に作られたレイスの1人じゃないかと思うのよ。目が覚めたら入院していた病院の中だったの、私が病院の外に逃げ出すことが出来たのは運が良かったのだと思う。あのまま病院の中にいたらどうなっていたか分からないわ。>>
と言うのが精霊王様の話を聞いていたマジョルカさんの談だ。要するに自分も犠牲者だから貴族の矜持として仕返ししないでは名が廃ると言う事らしい。それにこの話には良い面もある。もしマジョルカさんが人工的に作り出されたレイスであれば、もう一度輪廻の流れに戻ることが出来る可能性があるらしい。聖なる山の神様がその方法を探してくださることになっている。
ガルムさんの案内で豪華な部屋に通された。部屋の中央にあるソファに腰を降ろすと、直ぐにお茶とお菓子が出て来る。この部屋で皇帝への面会の許可が下りるまで待って欲しいらしい。
顔面蒼白のガルムさんが頭を下げて出て行った途端、
<< あー、疲れた....>>
との念話を発してマジョルカさんが身体のコントロール権を返してくれた。他人の身体を使うと言うのは疲れるらしい。
<< ここまではうまく行ったわね。でも気を抜いちゃダメよ。>>
その通りだ。皇帝に僕が組みしやすい相手だとの印象を与えたら終わりだ。下手をすれば「神が味方してくれるのだからすぐに他の国に攻め込む」と言い出しかねない。それを防ぐためには僕を "役には立つが接し方を間違えれば危険な存在" と思わせることだ。そしてそんななこと僕には逆立ちしても無理だ、マジョルカさん頼みの作戦なのだ。
「ダメよ! この宮殿で出された物を迂闊に口にしては危険だわ。」
目の前に置かれたお茶に手を延ばしかけた途端ジャニス皇女が警告する。
「ど、毒が入っているかもしれないってこと?」
「そうよ、言ったでしょう、ここでは兄妹が足の引っ張り合いをしているの。皇帝との面談を失敗させるためにお茶に下剤を入れておくなんて良くあることよ。」
げ、下剤!? とんでもない所だな。
<< ご主人様大丈夫です。たとえ猛毒が入っていたとしても私が付いていれば何の効果も出させません。>>
<< ちなみに、そのお茶には変なものは入ってないわよ。>>
ウィンディーネ様とチーアルだ。確かにこの2人がいれば少々のことは大丈夫だ。最悪の場合でも空を飛んで逃げ出せるだろう。
「このお茶は大丈夫らしいです。チーアルがそう言っています。」
「そう、それなら私も頂くわ。」
ジャニス皇女がそう言ってお茶を手に取る。僕もお茶を口にした。緊張しているからか喉がカラカラだ。
その時、前触れもなく部屋の扉が大きく開いた。飛び込んできたのはチーアルと同じくらいの背丈の女の子だ。歳は4つか5つだろうか。
「ジャニスねえさま! おかえりなさい!」
その子は満面の笑みでそう言ってジャニス皇女の胸に飛び込んだ。ピンク色の髪をした可愛い子だ。
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