66. ご神器

(シロム視点)



「一緒に出ましょう。痛いかもしれませんが我慢してください。」


 そう断ってから、少女のわきの下に片腕を入れ、抱かかえる様にして岩の下から這いだそうとする。幸い僕達の居る空間は前方には開けている。匍匐前進で進めば脱出できそうだ。だが少女は抵抗する。


「ま、待ってください。ご神器を置いてはいけません。」


 ご神器? あの謎の道具のことだろうか、あの道具がどうなったかは分からない。見える範囲には無い様だ。


「貴方を安全な所に運んでから取ってきます。一度には無理です。」


「....分かりました。」


 少女が了承してくれたのでホッとする。拒否されたら強制的に運び出すしかないと考えていた。


 左手を少女のわきの下から背中に回し。彼女を半ば引き摺る様にして出口に向かう。少しずつしか進めないから、出口までの距離がとても長く感じる。


 少女の顔は苦痛に歪んでいる。怪我をしている上に硬い地面を引き摺られているのだ無理もない。


 だが、出口まであと少しの所まで来た時、突然岩が持ち上がり高く浮かび上がった。そして開けた視界にこちらを覗き込むアーシャ様のお姿が見えた。カンナ達も一緒だ。


「危ない所だったわね。無事でよかった。」


「大丈夫なの? 相変わらず可愛い娘が絡むと無茶をするんだから!」


 チーアルも駆けつけてくれた。泣きそうな顔をしている。


「シロム、これはどういう事? 今すぐ説明しなさい。」

「シロム様、こんな女に手を出すなんて酷いです! 女が欲しいならどうして私に言って下さらないのですか? いつでもシロム様のお部屋に伺いましたのに。」


 これはカンナとアルムさんだ。考えてみれば僕は全裸の少女を組み敷いているわけで....。


「いや、これは、あの、その....」


 返答に詰まる。相変わらずいざとなると言葉が出て来ない。


「私は千里眼で見ていました。シロムさんは敵に反撃しただけですよ。たぶん相手が女性だとは思わなかったのでしょう。」


「相手を裸にするのは武装解除と戦意喪失の手段として効果的だわ。」


 アーシャ様とジャニス皇女が援護してくれて安心した。アーシャ様にまで変な風に思われたら死にたくなるところだった。


 少女が僕を押しのけ慌てて立ち上がろうとするが、苦痛に顔を歪めて再び横になった。


「今から怪我を治療します。痛い思いをさせて済みませんでした。」


 そう言いながら杖を少女に向ける。空中から落ちた時に出来たのだろう、右半身に沢山の傷がある。


 少女の怪我が治ることを願いながら杖で触れると少女の身体が輝き、輝きが収まった時には傷は全快していた。


「ご神器はどこです?」


 少女の呟きにあの道具を見ると、岩に圧し潰されて一部が軽く凹んでいるがダメージは軽そうだ。


 少女はそれを見て安心した様だが、次の瞬間には自分が裸であることを思い出したのだろう。「キャッ」と悲鳴を上げ、身体を隠す様に膝を抱えて座り込んだ。


 僕は急いで少女のローブを取りに走った。ローブ以外の服も復元しているが、それは自分で取りに行ってもらおうと思う。アウターだけなら良いけれど、下着まで僕が運ぶと非難されそうな気がする。


 少女は僕が手渡したローブを急いで着込むと道具に走り寄り、守る様に両手を広げて前に立った。


「アーシャ様、この奇妙な道具は何でしょうか。ウィンディーネ様と知り合いのレイスがこの中に囚われてしまいました。」


 僕がそう言うと、流石のアーシャ様も驚いたように地面の上に置かれた道具を見つめる。


「千里眼が効かない....これは一筋縄では行きそうにないわね。大精霊のウィンディーネさんにまで効果があるとなると精霊にとって....恐らく神にとっても脅威だわ。神域に持って帰ってとうさまに見てもらった方が良さそうね。」


 それを聞くと道具にしがみついている少女が言い返す。


「許しません。このご神器はカリトラス大神の下されたもの。巫女以外の者が触ることは許されておりません。」


「カリトラス大神ね...。その神が貴方にレイスを狩る様に命じたわけね。」


「そうです。私達の邪魔をすれば神罰が下りますよ。覚悟しなさい。」


「心配しないで私も神だから。それに私の神気を感じられないということは、あなたは巫女といっても神と話が出来るわけでは無いはず。どうやって神のご意思を知ったのかしら。」


「か、神? 貴方が?」


「そうよ。これで信じてくれる?」


 アーシャ様はそう言うと、ウィンディーネさんが持って来た岩に飛び乗った。途端に岩がアーシャ様ごと空中に浮かぶ。


「おっ、流石はオリハルコンを含んでいるだけある、神力の通りが滑らかね。」


 アーシャ様はそう言って、周りを一回りされてから岩を地面に降ろした。


「どう? 信じてもらえたかな?」


 と少女に呼びかけるアーシャ様。


「か、神とは知らず失礼いたしました。ですが....このご神器は我ら一族の宝、お渡しするわけには参りません。」


「だったら、中に閉じ込められている精霊とレイスを開放して頂戴。巫女なら出来るでしょう。そうすれば神器は貴方にお返しするわ。」


「....無理です。私はレイスを捕まえるのが役目で、捕まえたレイスの取り出し方は知りません。」


「それは困ったわね...。とにかく私達の仲間が捕らえられている以上、放って置くわけにいかないの。この道具は持って帰らせていただきます。それに貴方にも来ていただきます。場合によってはカリトラス大神と交渉することになるかもしれないからね。その時にはカリトラス大神への使者となってもらいましょう。」


 アーシャ様の言葉を聞いて少女は絶句したが、交渉の余地は無いと悟ったのだろう何も言わなかった。

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