5. 苦悩するシロム

(シロム視点)



 その後のことは良く覚えていない。気が付くと学校の近くまで駆け戻っていた。体中が汗まみれだ....どうやらカンナを残して逃げ出してしまったらしい。御使いみつかい様が僕達に酷いことをするはずがないのに逃げ出すなんて...。とんだヘタレだと自分でも思う。カンナも呆れただろうな...。


 その後は恐る恐る引き返した。御使いみつかい様に会うのは怖いがカンナが無事なことを確認したい。でも家に近づくにつれ神気を感じる。空を飛ばれていた時に比べれば弱いが、御使いみつかい様がまだこの辺りに居られるのは確かだ。僕は曲がり角から首だけ出して家の方向を覗き見た。僕の家が営む食堂とその横のカンナの宿屋が見えるが、御使いみつかい様はいらっしゃらない様だ。ホッと息をついた途端、誰かに背中をポンと叩かれ、


「うぎゃ!」


と叫んで飛び上がった。


「何をやっているのかしら?」


 非難を含んだとても聞き覚えのある声に振り向くと、カンナが立っていた。


「アーシャちゃんのことでしょう? やはり気付いたのね。」


「アーシャって? もしかしてさっきの女の子か!?」


 カンナもあの子の正体に気付いたのか!? だとしたらカンナも神気を感じる才能があるのかもしれない。


「決まっているじゃない。あのね、あの子はあのことを秘密にして欲しいんだって、まさかもう誰かに話した?」


 僕は反射的に首を振った。その後でカンナの言葉の意味を理解する。何とカンナはあの女の子が御使いみつかい様だと気付いただけでなく話までしたのか....。逃げ出した僕とは違いすごい度胸だ! カンナに尊敬の念が湧くと同時に己のヘタレ具合に改めて落ち込む。


 それにしても御使いみつかい様のことをアーシャちゃんなんて気安く呼んで良いのだろうか。いや、きっと目立たない様にそうお呼びするように言われたのだろう。


「それでアーシャ様は今どこに?」


「さあ、シロムの家がやってる食堂を探しているって言っていたから案内したんだけど、もう食べ終わっているでしょうね。」


「そ、そ、そうなんだ...。」


 御使いみつかい様が僕の家を探していたと聞いて恐怖に身がすくむ。間違いなく先ほどの僕の失礼な態度を断罪するために僕の家を訪れられたのだろう。


 家の前でカンナと別れ裏口から我家に入る。表は食堂だから出入りには裏口を使っているのだ。幸いなことに御使いみつかい様の神気を感じないから既に我家から立ち去られた様だ。心の底から安堵した。僕が中々帰って来ないのであきらめて下さったのだろうか? どうかそうであって欲しい....。


「おお、シロム帰ったか。疲れている様だな。やっぱり神官候補生のクラスは大変か?。」


 念の為にと食堂の方に出向いた僕に父さんが言う。


「だ、大丈夫だよ。疲れてなんかいないよ。」


 空元気を振り絞る。父さんにまで心配を掛けたくない。疲れているというなら、父さんこそ一日中働いて疲れているはずなのだ。


「あれ? 母さんは?」


 店に御使いみつかい様がいらっしゃらないのでホッとしたが、いつも食堂で給仕をしている母さんまで見当たらない。父さんが調理と給仕を掛け持ちしている。


「ああ、ちょっと用事が出来て出かけたんだ。すぐに帰って来るはずだ。」


「僕も手伝おうか?」


「神官様に手伝わせるなんて恐れ多いさ。自分の部屋でゆっくり休むといい。夕飯ができたら声を掛けるから。」


 と、父さんが言う。これが僕が神官候補生のクラスを辞められない理由だ。この国では神官のステータスは高い。一介の食堂の息子が神官になると言う事は、他の国では庶民の息子が貴族になる様な感覚だろうか。とんでもない出世なのだ。家族が大騒ぎするのも理解できる。その期待を裏切りたくない。


 僕は自分の部屋に入ると何をする気にもなれずベッドに寝転んだ。神官候補生になった途端、宿題の量が大幅に増えた。毎日学校から帰ったら夜遅くまで宿題に取り組まないとこなせない。父さんが心配するように大変なのは確かだ。だけど幸いなことに今日はキルクール先生が不在だったため宿題は出ていない。


 あれだけの神気を纏っていたのだ、あの少女....アーシャ様は御使いみつかい様で間違いないだろう。問題はガニマール帝国に行かれたと思っていた御使いみつかい様がなぜこの町におられるのかだ。もし御使いみつかい様の目的地がガニマール帝国ではなく、この町だとしたら....。


 良くないことを想像して身体がビクッと震えた。3年前のコロール平原の奇跡以降、他の国々が我が国を見る目が大きく変わった。それまでは邪教を信仰する狂信者の集団とみられることが多く、良くてせいぜい変わった神を信仰する小国という認識だった。それが多くの国々が強国ガニマール帝国に征服されていく中、唯一ガニマール帝国の軍隊を打ち負かした国となった。


 ガニマール帝国の侵略に怯えていた国々は直ぐに行動を起こした。我が国と軍事同盟を結んでガニマール帝国の侵略に備えようとしたのだ。多くの国から使節がやって来たが、我が国はすべての申し出を拒否した。他の神を信仰している国と協力し合うことは出来ないとの理由だ。


 だが我が国は国家間レベルの関係は拒絶したが、他の国の国民が我が国の神を信仰することは容認した。その結果、神の加護を求めて神殿に続々と巡礼者が訪れる様になった。


 さらに巡礼者の中で次々と奇跡が起こり、ある者は不治の病が快癒し、ある者は目が見える様になり、あるものは歩ける様になった。これらの噂が噂を呼び、巡礼者はますます増えた。我が国への移民希望者も増加しつつある。


 だが、良い事ばかりではない。さすがに多数の移民が町になだれ込むと町の機能が維持できなくなってスラムが発生するとの理由で、移民は町周辺の原野を開拓して農地とする開拓民に限って受け入れているが、移民の中にはこっそりと町で仕事を得たり、町での滞在期限が過ぎてもそのまま不法に滞在する者がいる。元からこの国に住んでいる人の中には不法と知りながら移民を安い賃金で働かせる者がいるらしく問題となっているらしい。犯罪組織が町に入り込んでいるという噂もある。


 更に、我が国に昔から住んでいる国民の中に自分達は神に選ばれた民だと言う選民思想が広まりつつある。他の国の人々を見下し、彼らは自分達に仕えるべき存在であるとか、自分達が世界を征服することで世界に平和がもたらされるとかいった考えだ。他国からの移民を安い賃金でこき使う輩が居るのも選民思想の影響かもしれない。


 もちろん神官様達はこのような考えは間違っているとして否定しておられるが、長年に渡り他国から狂信者国家として蔑まれてきたことへの反動もあるのか、この思想を抑え込むことに苦労されているらしい。


 もし、神がこのような状況を憂えておられるのだとしたら、次に神罰が下されるのが我が国であってもおかしくはない。アーシャ様がこの町に来られたのが、この国を断罪するためであるとすれば、今日の僕の失礼極まりない行動は神様に最後の決断をさせるものでは無かったか....。


 あ~~~、どうしよう。アーシャ様に謝罪しなければ...。でもどうやって....。あれだけの神気を発しておられる御使いみつかい様に面と向かって言葉を発する勇気なんてない。僕には絶対に無理だ....。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る