4. 御使い様との遭遇

(シロム視点)



 あの日、3年生全員が講堂に集められ一斉に試験が行われた。前述したように、前日に食事を神に捧げるのに使われた皿が5つの箱のどれかに入れられて演台の上に並べられた。箱には1~5までの番号が振られており、生徒は手持ちのカードに皿が入っていると思う箱の番号と自分の名前を書いて、他の生徒に見られない様にカードを折ってから提出する。全員がカードを提出した後、試験官により正解者の名前が発表される。名前を呼ばれた正解者はその場に留まり、不正解だったものは講堂の壁際に移動する。


 この様にして、最初の試験だけで300人いた生徒が60人くらいに減ってしまった。僕は正解だった。皿の入った箱が光って見えたのだ。


 2回目の試験にも正解して元の場所に残った生徒は13人、3回目で僕を含めて6人まで減った。この時点で僕には皿の入った箱を見分けるのは容易だと気付いた。その箱は必ず光って見える。 


4回目では1人脱落して5人になった。この時点で僕はそろそろ良いかなと考えた。来ている服が上質なことから、僕以外の正解者は神官様の家の子の気がする。すくなくとも下町の子供じゃない。これ以上僕が残ると悪目立ちしそうだ。次回は不正解の番号を書こう。


 そう考えたのだが、その判断は一歩遅かった。5回目の試験が始まるまでに使いの人がやって来て試験官の人達に何か伝えると、試験官の人達は慌てたように試験を一旦中断する旨を伝えた。


「先ほど今日の試験について聖なる山の神のご神託があったとの連絡がありました。この試験で不正が行われているとの内容です。この試験を担当されている神官様が現在ここに向かわれていますので、到着されるまで一旦試験を中断します。本日の試験を継続するかどうかは神官様が到着されてから決定します。」


 それを聞いて講堂は大騒ぎになった。神官は聖なる山の神様に仕える重要な役職だ、その神官を選ぶ試験で不正が行われたとなれば大問題になる。しかも現在残っている正解者は5名。この中に不正を行った者がいると言う事になる。


「シロム、お前だろう!」


 突然講堂に大声が響いた。その声につられて皆の視線が僕に集中する。声を発したのはガイルだ。僕の家の近くに住んでいる虐めっ子で、小さい時には散々虐められた。学校に上がってからも何かというと僕にちょっかいを出して来る。


 周りの視線を浴びて僕は震え上がった。ここに残っている5人の中で明らかに僕だけが異質だ。服装から下町の出だということが分かってしまう。下町の者は神気を感じられない。これはこの町の常識だ。


「シロム君、ちょっとこっちに来てもらえるかな。話を聞かせて欲しいんだ。」


 試験官の1人が僕を呼び出した。僕は言われるままに試験官の前に行く。


「それでは私はシロム君と話をして来る。神官様が来られて試験の継続と決まったら、私の帰りを待たずに初めてくれたら良い。」


 試験官がそう言って僕を連れて行こうとした時、マークが大きな声で意見を述べた。


「試験官様、まるで不正を働いたのがシロムだと決めつけている様に見えますが、シロムが不正を働いたと言う証拠があるのですか? 証拠がないなら僕達5人全員に話を聞くべきです。そうでなければ僕は残りの試験をボイコットします。」


 マークの声を聞いて僕は心底感動した。これだけの人に見られる中で意見を言うだけでも勇気がいるのに、試験をボイコットするとまで言ってくれたマーク......同じクラスといっても特に仲が良かったわけでもないのに......。


「そうです。その子だけ疑うなんておかしいです。」

「私もそう思います。」


 正解者として残っていた5人の中の黒に近い青色の髪の女の子とピンクの髪の女の子も試験官に対して意見してくれる。


「その通りだね。私も君たちの意見に賛成だ。君、その子を元の場所に戻したまえ。」


 その時試験会場に入ってきた男性が試験官に命じた。神官様が着る黒色のローブを身に着けている。恐らくこの人が到着を待っていた神官様だろう。


 神官様が試験官に命じて下さったお陰で、僕は元の場所に戻ることが出来た。僕が席に戻ると神官様が話を続ける。


「皆さん初めまして、私は神官のトーマスです。神官候補生選抜試験の責任者でもあります。すでにお聞きだと思いますが、今日の試験で不正が行われているとも取れる信託がありました。もしそうであれば由々しき事態ですが、ご神託の意味を正しく解釈することは難しい場合もあるのです。今日のご神託の意味については神官の間でまだ熟考されている最中です。ですので、私がここに来たのは不正を行った犯人を捕まえるためではありません、今日の試験を正しく行うためです。そのために、この後の試験は私が行います。幸い私は転移の奇跡の技が使えます。といっても転移させることの出来る距離が限られているので自慢できるものではありませんが、この試験を行うには十分です。」


 そう言ってトーマス神官は手に持っていた皿を少し離れた机の上に転移させて見せた。奇跡の技というのは神官様の何人かが使える人の力を超えた能力だ。他の国では魔法と呼ばれているらしい。トーマス神官は手に持った物を別の場所に一瞬で移動させることができる様だ。


「この技を使って皿を箱に入れれば、どの箱に入っているか分かるのは私だけです。これなら不正のしようがありません。正解を知っているのは私だけなのですから。」


 そして、トーマス神官により試験が再開された。僕は必死だ。只でさえ疑われているのに失敗すれば僕が不正を働いた犯人だと断定されるだろう。そんなことになれば僕の家が営む食堂の評判がガタ落ちになる。それだけは避けなければ。


 5回目の試験は5人全員が正解。だが6回目で脱落者がでた。金髪の女の子だ。泣きそうな顔をしている。あの子が犯人なのかもしれないが、僕だって失敗すれば疑われるだろう。結局、10回目の試験まで僕は正解を続けるしかなかった。7回目以降脱落者は出ず、僕と、マーク、それに先ほど僕を擁護する意見を言ってくれた女の子2人、カーナとカリーナの計4人が合格となった。


 試験に合格したとしても神官候補生になるのを断ることも出来た。だが家に帰ると両親は僕が神官候補生の試験に合格したことを既に知っていた。下町出身の僕が神官候補生の試験に合格したという噂はあっと言う間に広まり、その日の内に両親にまで届いていたのだ。


 こうなると僕にはどうしようもなかった。僕が神官に成れるかもしれないと知って大喜びする両親や、「でかした、よくやった」と大きな声で僕を褒めながら涙を流している祖父と祖母、「友達全員に自慢してきた」と話す妹に囲まれては断るという選択肢はなかった。


 ちなみに不正を働いたのはやはり最後に脱落した金髪の女の子だった。試験官の1人を買収して正解の番号を指のサインで教えてもらっていたらしい。当然しかるべき処罰がなされたはずだ。


「ねえ! 私の話を聞いてる?」


とカンナがいきなり耳元で大きな声を出す。しまった、考え事に集中してカンナの話が聞こえてなかった様だ。


「『今度のお休みにどこかへ行かない?』と言ったのよ! もう! そんなに悩むんだったら神官候補生なんてやめてしまいなさいよ! どうせシロムに神官様なんて勤まるはずがないわ。長い付き合いの私が保証してあげる。」


 貶しているのか慰めてくれているのか理解に苦しむ言い方だが、カンナはいつもこんな調子だ。幼馴染と言う事もあるのだろうが、僕に対しては遠慮するということがない。


「そうなんだけどね......」


「まったく煮え切らないんだから。神官様は国民を導いていかなければならないのよ。ヘタレのシロムには無理だって。それより料理人の方が絶対合っているわ、料理人になって家を継ぐのが一番よ。今からでも遅くないから料理人クラスに変更した方が良いって。」


 酷い言われ方だが僕も同意見だから言い返せない。カンナも僕と同じチーカ王国からの移民の子孫で、チーカ民族の特徴の茶髪に茶色の目は僕と同じだ。女性としては背が高く気の強いカンナは小さい時から僕のボス的存在だった。何をして遊ぶか、何処に行くか決めるのはいつもカンナで、僕はカンナに付いて行くだけだった。と言っても別に虐められていたわけでは無い。むしろ僕がガイルに虐められている時にいつも助けてくれる頼りになる存在だった。


「カンナも家を継ぐつもりなのか?」


「何言ってるの、宿屋は兄さんが継ぐわよ。私は愛する人と結婚して家を出るつもりよ。」


「そうなのか? てっきりカンナが商人クラスを選んだのは宿屋を継ぐからだと思っていた。」


「バカね、商人クラスで習うことは色々な商売に生かせるのよ。例えば食堂の経営なんかにもね。あんたの家の食堂なんて美味しさばかり追求して原価率なんて考えないでしょうからね、私が居ればきっと役に立つわよ。だからね、料理人になりなさいよ。」


どういう意味だ? あれ? カンナの顔が赤い....。もしかして僕は求婚されているのだろうか!?


 僕はカンナに何と言ったら良いのか分からず黙ったまま歩を進める。カンナも口を開かない。


 突然カンナに求婚されパニクっていたからだろう、僕は四辻で左の道から飛び出して来た人とぶつかってしまった。そして相手を認識したとたん驚愕の余り、


「うわぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!!」


と叫んで尻もちを突いていた。


 それは少なくとも人の形...少女の形...をしていた。だが全身が神気に覆われ金色に眩しく輝いている。





 み、御使いみつかい様だ......。

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