20世紀ノスタルジア
天宮伊佐
Good-bye Tokyo-tower
令和56年5月14日。6年間に渡る建設工事を終え、東京都心にとうとう超高層テレビ塔「スカイネット」が
全長1250mを誇る、世界一の自立式電波塔。
前任者「東京スカイツリー」の634mを上回り、遥か頂きから都を見下ろす
『素晴らしいフォルム。日本の新たなるシンボルの誕生』
『いや、そこまで高くする必要はなかった。単なる見栄の張りすぎである』
『小賢しい技術誇示。日本は現代にバベルの塔を蘇らせたつもりか。
『いやいや、スカイツリーを超える観光名所として経済効果が』
各国からの評価はさまざまだったが、とにもかくにも、世界最大のテレビ塔「スカイネット」は正常に機能し、日本中に新たな電波を発信し始めた。
今まで日本の電波塔の象徴であった東京スカイツリーは、その「予備電波塔」として機能するようになった。もしスカイネットに何らかの不具合が起きてその役割を果たせなくなった時、代わりに電波を発信して首都の社会インフラを維持するのだ。
スカイネットと東京スカイツリーを主副の柱として、日本の電波は盤石となった。
そして、スカイネットの前々任者――今まで東京スカイツリーの予備電波塔として屹立していた「東京タワー」は、その全電源を切られた。
すべての電気供給を停止してからもしばらくは観光名所として機能していた東京タワーだったが、一切の光を発しない只の333mの鉄塔を観光目的で訪れる人も次第に少なくなり、やがて観光資源としての価値も消え失せた。
令和60年5月14日。全ての役目を終えた東京タワーは、取り壊されることになった。
その日。私は部屋で
『とうとう、この時がやってきました』
床に設置された4㎡のホロ・デバイスから浮かび上がった女性アナウンサーが、緊張した面持ちで喋っている。
『1958年に建設され、昭和・平成・令和と三つの時代に渡って日本に君臨した大電波塔。旧東京のシンボルに、今から大量の解体ドローンが送り込まれるのです』
アナウンサーの姿が掻き消え、変わって赤白の古びた鉄塔のホロ映像が現れる。
鉄塔の周りでは、大量の黒いドローンが鴉の群れのように空を舞っている。
そう。ついに今日から、東京タワーの取り壊しが始まるのだ。
「ひぃばあちゃん。こんなの観てもつまんないよ。アニメに変えてよ」
曾孫が抗議するが、普段なら何でも言うことを聞いてやる私も、今日だけはチャンネルを変えない。
この子には何の面白みもない鉄塔に見えるのだろうが、現代で「社会のお荷物」とほぼイコールの意味を持つ「昭和生まれ」である私にとって、同じ時代に生まれたこの電波塔はとてもノスタルジックな存在なのだ。
『さて、首相のGOサインが出ました。いよいよ解体工事の開始です』
アナウンサーのナレーションと共に、その周りを舞っていた無数の解体ドローンたちが隊列を組み直し、ゆっくりと東京タワーへと近づいてゆく。
近年の機械技術の向上はすさまじい。解体業者の発表によると、あの鴉のようなドローンたちは、今から三日後にはこの東京タワーを跡形もなく消し去ってしまうのだという。
『皆さまご存知の通り、タワー跡地には、大型アミューズメントパークの建設が予定されています。楽しみですねえ。これから新しい観光名所として……あっ!?』
突然、アナウンサーが素っ頓狂な声を上げた。
『なんということでしょう! 人が! 東京タワーの前に人が立っています!!』
その言葉に驚いた私は、ホロ・デバイスに向けて身を乗り出した。
『ほらカメラさん、見て! あそこ! タワーの入り口の真ん前に!』
アナウンサーの声に応じて、カメラが徐々にタワーをズームしてゆく。
そこには確かに、人間の姿があった。
『解体の際はかなりの落下物が予想されるため、タワーの半径300mは絶対立ち入り禁止になっているのに! テレビに映りたがりの不届き者でしょうか? い、いや、あれは……子ども!?』
その声が裏返る。
それは確かに子ども……それも、隣にいる私の曾孫くらいの、小さな女の子だった。
『信じられません! 女の子がたった一人、解体ドローンの迫る東京タワーの前に取り残されています! 両親に見物に連れられてきて、そのままはぐれてしまったのでしょうか!』
驚きながらもプロ根性から説明的な実況をする声と共に、カメラはさらに女の子の顔をズームアップしてゆく。
不思議なことに、女の子の視線はずっとカメラの真正面に向けられている。
まるで、自分の姿が全国に流れているのを知っているかのように。
このままでは、彼女はタワーの解体に巻き込まれてしまう。しかし、そんな心配とはまったく別の部分で、私の心は困惑していた。
徐々に輪郭のはっきりしてゆく、小さな女の子の顔。
その顔に、なんだか強烈な既視感があったのだ。
昔、どこかであったような。いや、昔から今まで、ずっと知っているような――。
いやいや、勘違いだろう。身近にこんな女の子の知り合いはいない。
忘れるほど昔に会ったことがあるなら、その子が今でもこんなに小さいわけがない。
他人の
しかしどうしても、その黒髪の女の子の顔は私に不思議な懐かしさを与えてくる。
「ひぃばあちゃん……?」
曾孫が
女の子は、東京タワーに群がってくるドローンの大群をゆっくりと見上げた。
その落ち着いた表情に、混乱や恐怖の色は全くない。
『大変です。自動解体ドローンは止まりません! このままではあの子が……!』
アナウンサーの悲鳴と共に、ホログラムの女の子の顔が等身大まで大きくなった時。
私は、やっと気がついた。
――ああ。
そうか。
だって、あの子は。
ホログラムの女の子は、カメラに視線を移して真正面から私を見た。
いや、私たち全員を見た。
「ひぃばあちゃん。あの子、とても古くさい服を着てるね」
女の子を指さして、曾孫は言った。
「そうだねぇ。昔はひぃばあも、あんな服を着たことがあったよ」
「ひぃばあちゃん。あの子、誰なの?」
「あの子はね。東京タワーそのものなんだよ」
だから既視感があったのだ。見覚えがあって当然だ。
そりゃあそうだ。
そこに居て、当然だ。
どこにでも居るんだから。
東京タワーにだって、もちろん居るだろう。
おかっぱ頭の女の子は、かわいい赤白の着物を振りながら、その場でくるりと回る。
それが女の子の、全ての人間に向けての最後の挨拶だった。
解体ドローンがタワーに群がり始めると同時に、彼女の姿はふわりと消えた。
後から聞いたところによると、そのニュース映像を観ていた日本中の私の同年代たち――昭和生まれの老人たちは、その時、みんな同じことを思ったという。
さようなら、東京タワーの
20世紀ノスタルジア 天宮伊佐 @isa_amamiya
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