おてんば姫の冒険
天宮伊佐
ぶち破りフェスティバル!!!
「大臣、大変です! また姫さまがお部屋の壁をぶち
よく晴れた朝のこと。
王宮に、今日も従者たちの悲鳴が響き渡りました。
「やれやれ、またか……」
大臣は溜め息を吐きつつ、お城の階段をとぼとぼと上ります。
「こりゃあ酷い」
豪奢な扉を開けて姫さまの部屋に入ると、従者たちの言葉どおり、お城の外側に向かっている面の壁が盛大にぶち破られていました。
「まったく。毎回毎回、あのおてんば姫ときたら……」
大臣は、部屋にぽっかりと空いた穴から地上を見下ろします。
「あっ、じいだ。やっほー。今日も元気?」
そこでは穴を空けた当の本人が、にこにこと笑いながら大臣に手を振っていました。
天真爛漫な笑顔を浮かべる元気な少女こそ、この国のお姫様に他なりません。
「さっきまでは元気でしたが、姫さまのせいで元気ではなくなりましたぞ」
大臣は二度目の溜め息を吐きます。
「この壁を修理するのに幾らかかるか分かってらっしゃるのですか、おてんば姫」
好奇心旺盛でとにかく何でもかんでもぶち破ってしまう彼女は、世間でおてんば姫と呼ばれているのです。
「じい、今日も城下町に遊びに行ってくるね!」
大臣の言葉など馬耳東風といった様子で、姫はくるりと踵を返しました。
「駄目ですぞ姫さま! あなたはこの国の次期女王なのです! もっと自身のご身分を弁えて……」
しかし、大臣の言葉は虚しく空に吸い込まれてゆきました。
すでにおてんば姫の姿は、豆粒に見えるほど遠ざかっていたのです。
「ほんにもう。まったく、あのじゃじゃ馬ときたら……」
ああなってしまうと、姫さまは夕方まで帰ってきません。
大臣は、三度目の溜め息を吐きました。
「うぇーん。うぇーん」
「あら、どうしたのかしら」
城下町に降り立った姫は、道の途中で、泣いている子どもを見かけました。
「ねえボク、どうして泣いているの? いじめっこにでもぶち破られたの?」
「あっ、おてんば姫だ!」
姫の姿を見た子どもは、すぐに泣き止みました。
「あのね。ペスが、魔物にさらわれちゃったんだ!」
話を聞いてみると、男の子が犬の散歩をしていたところ、突如として現れたモンスターの群れが、飼い犬のペスを連れ去ってしまったとのことです。
「なるほど、魔物ね。人の飼い犬をぶち破るだなんて、とっても迷惑な奴らだわ」
事情を聞いた姫は憤慨します。おてんばですが、優しい女の子なのです。
「ペスはぼくの家族なのに……おてんば姫、なんとかして!!」
男の子は涙ながらに訴えます。
産まれた時に受ける精霊の祝福の手順を間違えられてしまい、魔法がまったく使えない代わりに全てをぶち破る力を手に入れた姫は、城下町の人気者なのです。
「任せなさい。ペスをぶち破ったモンスターたちはどこに行ったのか分かる?」
「東の方に逃げていったから、たぶん『風読みの洞窟』だと思う」
「OK、ぶち破りの洞窟ね。じゃあ、ペスは必ずわたしが助けるから待ってて!」
姫はすぐさま東に向かいました。
姫は『風読みの洞窟』に着きました。
「あっ、閉まってる。見張り番の兵士は休憩中みたいね」
洞窟の入り口には、重厚な鉄の扉が立ち塞がっていました。たちの悪い魔物が巣食っている風読みの洞窟は、見張りのいない間はこうやって封鎖されているのです。
でも、おてんば姫の前ではそんな扉など何の意味もありません。
鉄扉をぶち破り、姫は洞窟の中へと入りました。
「ペスをぶち破ったモンスターはどこかな」
片手に持った松明の光を頼りに、姫は洞窟を探索します。
しかし風読みの洞窟は国でも有数の難解なダンジョン。その穴は幾筋にも分岐しており、迷い込んで餓死する冒険者も後を絶たない複雑迷宮なのでした。
「うーん、完全に迷っちゃった」
おてんば姫は大方の予想通り、頭はそれほど良くありません。小一時間もすると、自分が通ってきた道の戻り方すら分からなくなってしまいました。
「そっか。行き止まりでいちいち引き返すから迷うのね。全部ぶち破ればいいんだ」
姫は常識をぶち破りました。
姫が土壁をぶち破りながら最短距離で最奥に辿り着くと、そこには大勢のモンスターがいました。
「ゲゲッ、人間がきたぞ!!」
「ペスをぶち破ったのはアンタたちね。ペスを返してもらうわよ」
「グヘヘ、もう遅い。あの犬は精霊の魔力を秘めた貴重な犬。とっくに魔王様に献上してしまったわ」
「何ですって。魔王に」
「グヘヘ。よく見れば、お前も人間としてはかなりの上玉だな。お前も魔王様に献上してやる!」
モンスターたちは一斉に襲いかかってきました。しかし姫は難なくぶち破りました。
「面倒なことになってきたわね」
洞窟の奥の壁をぶち破って脱出した姫は、海沿いの港町に向かいました。
「魔王は、ぶち破られし大陸の居城に棲んでいるはず。どうやって向かおうかしら」
呪われし大陸は、遠い海の向こうです。船がなければ辿り着けません。
姫は辺りの漁師たちに船を出してくれるよう頼んで回りましたが、どの漁師も魔王を恐れ、呪われし大陸に連れていってくれるという者はいませんでした。
「肝っ玉のぶち破れた男ばかりね。困ったわ」
王宮に戻って大臣たちに相談するという選択肢もありますが、ペスの安否を考えると、そんなことをしている時間も惜しいのです。
「そっか。別に船なんかに拘らなくても、海をぶち破っていけばいいんだ」
姫は常識をぶち破りました。
要は目の前の海水をぶち破り、その水流が戻ってこないうちに次の海水をぶち破ればいいだけの話だったのです。徒歩で海を渡り、姫は呪われし大陸に辿り着きました。
「これが噂に聞く、永遠にぶち破られし門ね」
魔王城の入り口は、永遠に凍りつきし門によって閉ざされていました。
世界最強の魔法使いが造り出した、36層の魔導結界によって包まれている無敵の防御門です。これはもはや物質的な強度がどうとかいう問題ではなく、魔王の力の源である邪神の加護を得ない限りは決して開きません。
「さすがは魔王ね。これはなかなか骨がぶち破れそうだわ」
無敵の魔導結界をなんとか36回ぶち破り、姫は魔王城に足を踏み入れました。
最深部の玉座には、魔王が座っていました。鋭い牙で、まさにペスを喰らってしまおうという寸前でした。
「待ちなさい魔王。その犬を返してもらうわ」
「なんだ、人間の小娘。どうやってここにきた」
ペスの身体を投げ捨て、魔王は玉座から立ち上がりました。
悲鳴をあげながら転がったペスは、慌てて姫のもとに駆け寄ってきます。
「よしよし、危うくぶち破られるところだったわね」
ペスの無事を確認した姫は、ドレスをはためかせて魔王に向き直ります。
「ついでだから、悪いことばかりしてるあんたをぶち破るわ。覚悟しなさい!」
「身の程知らずが。魔王に歯向かった罰を与えてやろう。……むっ……」
姫の姿を見つめていた魔王は、その鋭い目を用心深そうに細めました。
「貴様、さては全てをぶち破る精霊の加護を得ているな」
「えっ!」
姫は驚きました。姫は今まで多くのモンスターをぶち破ってきましたが、彼らを難なく撃破してこれたのは、彼らが姫のかわいらしい外見に油断していたからなのです。
「わたしの正体をぶち破るなんて、さすが魔王……」
能力を見破られ、姫は動揺します。
「魔王の智慧を甘く見るなよ、小娘。そうと分かれば……こうだ!!」
なんと魔王はその肩に大きな翼を生やし、ふわりと空に浮き上がりました。
「あらゆるものをぶち破るその拳も、対象に届かねば全くの無力よ!!」
自在に空を飛び回りながら、魔王は姫に向けて火炎球や雷撃を放ちます。
「くぅっ!」
姫は襲い来る攻撃をぶち破って応戦しますが、肝心の魔王本体をぶち破る隙がまったくありません。何しろ相手は飛んでいるのです。どうやっても拳が届きません。
火炎球や雷撃をぶち破り、ときどき誤ってペスをぶち破りそうになりながら、防戦一方の姫は必死に考えました。
「そっか。別に追いかけなくても、あいつとの間の空間をぶち破ればいいんだ」
姫は常識をぶち破りました。
要は、姫と魔王の直線距離間に存在する空間をひたすらぶち破り続ければ、
「まっ、まさか……!」
作戦に気づいた魔王は距離を取って逃げようとしましたが、姫が空間をぶち破る速度の方が遥かに上でした。
「ぐあああ……!!!」
姫は魔王をぶち破りました。
「ふん……やられたよ。我の負けだ。人間のくせに、恐ろしい小娘よ」
しかし、倒れた魔王の身体から、ふわふわとした光のようなものが浮き上がります。
「だが、次は負けんぞ。肉体などはもともと
姫はふわふわとした光のようなものをぶち破りました。
「ぐあああ……!!!」
光のようなものは空に霧散しました。
『本当に恐ろしい小娘だ。我の身体が、物質界から消失してしまったわ』
しかし、辺りにはなお、魔王の声が響き渡ります。
どこからともなく聞こえてくる声に、ペスが困惑して辺りを見渡します。
『こうなると再生に何十年もかかる。しかし次こそ、我は絶対の魔王として……』
姫はどこからともなく聞こえてくる声をぶち破りました。
『音』をぶち破るのは初めてでしたが、やってみると案外簡単でした。
『ぐあああ……!!!』
魔王の声は聞こえなくなりました。
“本当に本当に恐ろしい小娘だ。だが、いいことを考えたぞ”
なんと、姫の意識に魔王が語りかけてきました。
ペスは、何も分かっていないように尻尾を振っています。
どうやら魔王は姫の脳内に直接割り込んできているようです。
“我の魂は不滅。我は完全暗黒物質であり、この世の昏き概念そのもの。さすがのお前も、自らの脳に寄生されてしまっては手出しできまい。今からお前の精神を乗っ取ってやる。その力を手に入れた我は神をも超えた存在に……”
姫は脳内で昏き概念をぶち破りました。
やってみると案外簡単でした。要はイメージの仕方の問題だったのです。
“ぐあああ……!!!”
魔王は完全に消滅しました。
「さすがに全部ぶち破りきったみたいね」
ペスを抱き上げながら、姫は呟きました。
「犬を一匹助けるだけのつもりが、とんだ大冒険になっちゃった。たった半日だけで、ぶち破り能力が急激に成長しちゃったし……」
貧困格差も人種差別も宗教論争もぶち破った姫が世界に平和をもたらし、偉大なぶち破り女王として君臨するのは、もう数十年ほど先の話です。
「さて。そろそろお城に帰らないと、じいにまた怒られちゃうわ。……でも……」
そこで、少しだけ言葉を溜めた姫は。
「もちろん、わたしは門限だってぶち破っちゃうんだけどね……なんちゃって♪」
おてんば姫の冒険 天宮伊佐 @isa_amamiya
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