第9話 農業アイドルの逆襲!

「で、その渉くんって子どんな男の子だったの?」


 「未玖ねぇ」が興味半分、心配半分にマイクロバスの後ろの席からあたしのスマートフォンの画面を覗き込む。うーん、あんまりわからない。あたしは答える。


「あのね、マロメロのインスタフォローしてくれたみたいだけど、写真はほとんど上がってないみたい。顔は見てないけどでも、かなりの好青年って感じだよ、つーの話を聞くに」


「いいねえ。青春だねえ」


 明里とりりりぃはそう言った未玖のさらに後ろであたしたちの会話を聞いていた。いつも思うのだけど、この二人は座席の向こうからちょこんと顔を覗かせている姿がとても可愛い。以前、その写真をSNSにあげたときにはその週の最多いいねをもらったこともあった。


「あたしたちも青春してるよね。ね、りりりぃ?」


「うん! お菓子、楽しみ!」


「あなたの青春は食べ物なのね」


 明里が目線だけ莉理花に送って、呆れた。



「……だからね、あたしたちはあたしたちにしかできないことをやればいいと思うの!」

 リーダーであるあたしの突然の宣言に、プロデューサーやまとさんをはじめ、メンバーたちは一瞬驚きを隠せていなかったけれど、あたしはもう決めていた。それはバーチャルなアイドルに勝つ方法というだけではなくあたしたちをもっと好きになってもらうための努力。


「ねぇお父さん、メロンちょうだい!」


 と、言うわけで妹と久しぶりに抱きしめたその翌日の朝、久々の朝のグロウライブの配信をするために早起きをしていたあたしはもっともっと早起きの父に言った。

 相手は一見するとあたしなど逆立ちしたって勝てないほどスタイル抜群で美人の女の子だ。だが、彼女たちの世界には決して存在しないものだってある。例えばその素晴らしい見た目や甘くて優しい声はあれど、そこにはどんな匂いもない。味もないし、気持ちの上での暖かみはあるかもしれないけれど、実際には熱も触感もない。現実リアルで触れ合えるのは、〝めろん〟にはない強みだ。


 そしてそれを最大限に堪能してもらうのにあたしたちには絵ではない本物のメロンがあった。次のイベントでは物販ブースの他にこれを配れば話題になるし、ファンのみんなも喜んでくれるだろう。


「……いや、今何月だと思ってんだ?」



 だが、現実はそう簡単にはいかない。あたしとしたことがすっかり忘れていた。この辺りのメロンの出荷はどんなに早くても四月頃だ。


「在庫とか、ないよね?」


「んなもんあるわけねーべ」


「えーでもファンのみんなに食べさせたいんだもん」


「しゃーあんめよ。なら干し芋配ったらどうだ」


「えー、やだよ。なんか格好つかない……」



 いや、同級生にもお芋農家の子がいるので弁解すると、干し芋も、ものすごく美味しい。だけど、わたしたちは「マシュマロポテト」ではないのだ。それに〝めろん〟には大切なあたしたちのメロンで勝ちたいという思いもあった。


「じゃあ、藤堂さんところは?」


 そう言ったのは明里だ。彼女はアイドルになる前からその大人びた美貌で町のみんなからアイドル扱いをされていたからか、いろいろなお店の人と仲がいい。


「さっすがあかりん」


 未玖が言う。


「お母さんが同級生なだけだよ」


 明里はそう謙遜したが、そんな彼女に任せていたらすぐに話をまとめてきてくれた。第一次産業系アイドル。うん、悪くない。



 藤堂さんというのはこの市内で最も大きな「藤堂農園」のことで、メロンはもちろん、茨城でしか取れない品種の苺やきゅうりなどの農作物も手掛けている他、お店ではジャムやゼリー、バウムクーヘンなどの焼き菓子なども製造販売している観光農園だ。去年リニューアルされた併設のカフェがとってもおしゃれで、あたしたちもよく遊びに行ってパフェを堪能しながらSNS用の写真を撮らせてもらっていた。


「でね、当日キスミーメロンのラングドシャと苺とメロンのゼリーを用意してくれるって」


「さすが藤堂さん!」


「ただし、よーく宣伝してきてねって」


「それならお任せあれ」


 あたしは調子よく微笑む。何も勝算はないけれど、この辺りのメロンが美味しいのは間違いないのだ。あとはあたしたちが頑張ればいいだけ。そして今のあたしはやる気に満ちている!



 キスミーメロンのお菓子を配るというならば、やはりあたしたちの楽曲『キスミー!』を披露しなければならないだろう。となれば、あとは練習あるのみ。

 実際に目の前で行う生のパフォーマンスには配信では届けることができない熱がある――とあたしは思っている。それはよくできた3Dモデルには絶対に出すことのできない迫力だ。もちろん、反対に言えば目の前で小さなミスや綻びがあれば、その瞬間一気に熱が冷めてしまうのですべて伝わってしまうのだが、だからこそ成功したときの喜び、会場の一体感は格別なのだ。



 あたしは先日の定期公演の時の、タイミングがばっちりと合ったあの映像を何度も何度も確認し、学校の登下校中にも毎回自分の声が吹き込まれたその楽曲を聴き込み、辺りに人がいないのを確認しては振付の練習をして過ごした。

 イヤホンから自分の声がしてこそばゆい思いをしていたのはアイドルを初めて最初の頃だけだ。今では一種の麻痺状態なのかもしれないが、何とも思わない。それはちっぽけかもしれないが、人前に立ち、お金をいただく以上、あたしもプロだ――という自覚からでもあるかもしれない。

 自分で恥ずかしいと思うくらいならば練習して練習して練習して納得いくまで人前に出すべきではないと思う。ファンのみんなはとても優しくて、ある種では甘いくらいなのでパフォーマンス中のアクシデントやちょっとしたミスは「むしろ珍しい場面が見られた」なんて言ってくれるけれど、グロウライブで噛むのも、舞台上で脚がもつれるのと同じだと思って配信もしている……つもりだ。大抵、やっぱりちょっと噛んでしまうのだけど。


 でも、だからこそあたしはもう鹿島めろんの配信を見たりSNSを追うのをやめて、妹が朝から頑張っているように朝から晩まで活動のことを考えて過ごした。

 セトリを考える担当はいつも持ち回りだったのだけど、今回は担当の未玖とよくよく話し合って二人で決めさせてもらった。



 一度、自分の推しのライブ演出を妄想してみてほしい。セトリ、つまり曲順はそれでほとんどすべてが決まると言っても過言ではないほど重要だ。

 そしてその中でも一曲目はライブ全体の方向性を決める大切な楽曲だ。もちろん、今回は野外で観覧フリーということもあり、キャッチーでアップテンポの楽曲にするのが定石だが、意外にもしっとりとミディアムバラードのナンバーからはじまるライブの方がファンの中では評判だったりもする。

 あたしたちは何度も話し合いを重ねて、初披露のメジャーアイドルの楽曲のカバーを含めた5曲+アンコールの曲を選んだ。


 アンコール。これもまた難しい。実際のライブではこれが最後の楽曲となるので一番盛り上がる曲を持ってきたいところだが、観覧フリーの場合、残念なことにアンコールをいただけないこともある。ファンの方は望んでくれているけれど、大抵はステージのスケジュールが決まっているし、大勢の一般の方たちの中で声を上げるのを躊躇ってしまうのは当たり前のことだ。

 ただ、だからと言ってその日一度披露した曲をもう一度披露するのはあまりやりたくない。なのでこの部分だけでもやまとさんや未玖と三日間かけて悩んで納得のいく楽曲を用意した。



 そんなふうに準備を重ねたあたしたちを乗せたマイクロバスは間もなく漁港へと辿り着く。後ろを振り返ると未玖が少し緊張した面持ちであたしを見て、頷いた。

 りりりぃと明里は相変わらずシートの上からこちらをちょこんと覗いており、可愛い。


「まもなく到着しまーす」


 いつもバスを出してくれるやまとさんのお友だちで、マロメロの元メンバーのお父さんでもある運転手さんがミラー越しに言った。

 とても優しい柔らかな声なのに、あたしはいつもこの声を聞くとぴりりっと緊張してくる。


「みんな、今日も頑張ろうね!」


 円陣はいつもステージ袖でと決めているのに、気合十分なリーダーのあたしは言って、拳をぎゅっと握りしめた。


 いよいよ会場が見えてくる。バスは事務所のある建物まで大きく迂回するため、窓からはそんなイベント会場を見渡すことができる。


「……いるよね? いないはず、ないよね?」


 信じてはいるけれど、あの嫌にリアルな夢の感触があたしの背中をするするって撫でて、思わず目を閉じそうになる。整備されたきれいな海沿いの道の向こうの広場。特設ステージの周りには果たしてあたしたちのファンが――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る