第10話 メロンとアクキー
「ね、あれってろむさんじゃない?」
「あーほんとだ! やっぱり目立つね、マロメロパーカー。となりきっと、もやんさんとオレンジさんだよ。カメラっぽいの持ってるし」
「見て、月島さんもうあら汁もらったって写真あげてる」
「つーちゃんも渉くん連れてくればいいのにね」
高く飛ぶには屈む必要があるように、高いパフォーマンスを出すには一度くらい気分が落ち込む必要があるのかもしれない。あたしは舞台に出るその直前、ふつふつと燃え上がるものを感じながら考えていた。
あたしが見てしまったばかみたいな夢とは裏腹に、会場にはあたしたちのファンがすでにたくさんいてくれた。マシュマロメロンのグッズはパステルカラーを基調としたものも多いので、男の人がTシャツやパーカーを着ているとけっこう目立つのだ。
「やっぱり……会えるって嬉しい!」
そんな姿を見てしまったら、なんだか逆にテンションが振り切れてしまいそうになって、抑えるのに苦労した。
もともと、あたしは観覧フリーのイベントがとても好きだ。確かに、大切なファンの人とたくさん話ができて濃い内容をお届けすることができる定期公演やワンマンライブの方がファンの方は嬉しいかもしれない。だけど、こういうイベントで普段はアイドルのライブを全く観ない年配の方や、実は興味があるけれどまだ来れていない人、あるいはアイドルは好きだけどまだあたしたちマロメロをよく知らない人など、たくさんの人たちがあたしたちのライブを耳にして、目にしてくれる。そして今日は明里が用意してくれた地元産のお菓子を口にもしてくれる。あたしたちの知名度が上がればそれももちろん嬉しいけれど、なによりもこの地元茨城沿岸地域の素晴らしさを知ってもらえるのも嬉しい。そうやって体感しないと感じられないこと――
「よし! マロメロの力、見せつけるよっ!」
「おーっ!」
メンバーがまだ10人以上在籍していた時代から受け継がれる円陣を組んで、あたしたちはそれぞれ燃えるメンバーカラーの炎を胸に抱えて、ステージに飛び出す。
「みなさーん! こんにちは! ここからはわたしたちマシュマロメロンが盛り上げていくよ〜! まずはこの曲! 『fruits magic』!」
この日に向けて何度もミーティングを重ねたあたしたちは大切な一曲目に地元の果物になぞらえて淡い恋心を歌った最新曲を選んだ。
♪fruits magic 魔法の果実
sweet dreams 夢がはじまるよ――!
今回のために、藍美先生というマロメロの殆どの楽曲を手掛けている作曲家の先生に頼んでサビを冒頭に持ってくるアレンジバージョンを作ってもらったのだ。袖から飛び出してそのまま振りに入る演出はよくよく打ち合わせをしていないとフォーメーションが崩れやすいものの、勢いがあって盛り上がる。
あたしは事前の練習や先程のリハ通りにくるっと回転して客席に視線を送る。
野外でのライブはライブハウスよりもはっきりとお客さま一人ひとりの顔が見える。まだ何が起きているのかよくわかっていない小さな子の顔も、あたしたちのスカートの短さと振りの激しさに驚いている年配のおじいさんの顔も、もちろん、あたしのメンバーカラーであるライトグリーンのサイリウムを振ってくれているいつものファンの方も。
イントロのあいだに順番に微笑みかけ、
「みなさん、よろしければぜひ手拍子をお願いしまーす」
とりりりぃが手拍子をお願いするとそんな様々な人たちに一体感が生まれる。この瞬間は、本当にたまらない。
結果として、一曲目を『fruits magic』にして、藍美先生にアレンジをお願いしたのは正解だった。拍手は楽曲の最後まで止むことがなく、あたしたちはその勢いのまま、いつもの自己紹介をした。
「はい! たいようの村の輝く笑顔! マロメロの癒し担当、みんなの末っ子りりりぃこと絹田莉理花でーす」
りりりぃのあとに明里、未玖、そしてあたし。パフォーマンス終了後はお菓子を配布して握手会を行うことを告げると、観覧席は絶品のあんこう汁やあら汁を目当てにきていたお客さんも思わず振り返るほど盛り上がってくれた。
「そらくん、さっきはありがとう!」
終わってみると、ライブは大成功だった。久しぶりの観覧フリーということもあり、たくさんのマロメロをまだよく知らない人にも出会えたし、アンコールで無事に『キスミー!』も披露することができた。どれもこれもその場で率先してファンの方々が声を出してくれたからだ。
「これ、美味しいんだ。ぜひ食べてね!」
あたしたちは藤堂さんのお菓子と自分たちの紹介やお菓子の紹介を書いた手作りのフライヤーを手渡して握手をする。
お菓子の効果もあってか、普段よりも家族連れの方や年配の方なんかも多い。さすが藤堂農園さんだ。お父さんのメロンだっておいしいけれど。
「風夏ちゃん!?」
そんななか、あたしを推してくれて、たくさん声をあげて会場を盛り上げてくれた高校生のファンのとなりに見覚えのある姿を見つけた。
赤いふちのめがねをしたおませさん。この前、取材で訪れた漁師さんの一人娘で、グロウライブでもファンのみんなに話をした女の子だ。あのときは配信だったので名前は伏せたが、あたしに「アイドルって幸せですか」なんて聞いてくるちょっぴり生意気な彼女にぴったりの風夏ちゃんという名前なのだ。
「ひよりさん、あの、すごかったです」
「うそ、見てくれたの? 嬉しい!」
「最後のメロンの曲、よかった」
「ありがとう! えっ、どーしよ。めっちゃ嬉しいんだけど」
あたしのとなりでそらくんと握手をしている明里が思わず笑う。だからあたしはこういうイベントが好きなのだ。
「また絶対にきてね! あ、ほら。明里お姉ちゃんたちとも握手していってね。りりりぃは年下かな?」
「ちょっと、ひよちゃん?」
きょろっとりりりぃがこちらを覗く。
「あたし幸せだよ、風夏ちゃん」
あたしはそんなりりりぃをわざとらしく無視して、代わりに風夏ちゃんの耳元に顔を近づけて言った。
それから、何人と握手をさせてもらっただろう。
おばあさんに「がんばってね」と励ましてもらったり、「SNSフォローします」と言ってくれる方がいたり、とにかくたくさんの人にマロメロを知ってもらった中で、ちょっとだけ印象的な人がいた。
その子――華奢で背が小さかったので一見するとわからなかったけれど、メイクをしていたし、おそらく高校生か、少なくともりりりぃくらいの年齢だと思う――は、いわゆる姫系とか地雷系と言われるようなフリルのついたワンピースにニーハイソックスという姿で、ツインテールの髪は赤くメッシュが入っており、あたしが握手をすると、
「ありがとうございます……」
と小さな声で言った。ミントというかカモミールというか、そういう匂いがした。
それだけならば、あたしもきっとそこまでの印象には残らなかったかもしれない。風夏ちゃんや他の女の子のファンが少しでも増えればいいなと思ったくらいで済んだかもしれない。
だけど、そのあと何人かと握手をしているときにふと心の中に残った違和感の正体に気がついたのだ。
あの子のバッグ。
それはあの女の子が背負っていた黒のバッグだ。黒の合皮にピンクゴールドの金具。黒いニーハイに淡い紫のワンピースという格好にそれはとてもよく似合っていたのだけど、そこにお守りが下げられていたのだ。それはよくよく考えてみれば、わたしたちのすぐそばにあって、悠久の昔からこの地を守ってくれていた神宮のものだった。
朱色に金の三つ巴紋。そのファッションにはおよそ似つかわしくないそれがあたしの心に強烈な違和感を残したのだ。
いや、それだけではない。そういえば、そのバッグの反対側、彼女が後ろを向いたときに見えたアクリルキーホルダーのようなものは、青と白を基調にしたイラストのキャラクターが描かれていたような気がする……。
めろんだ!
あたしは思わず、握手していたその手をこわばらせてせっかく並んでくれていたおばあさまを驚かせてしまった。
「す、すいません……。あの、えっと……親戚のおばさまに似ていたのでつい……」
「いいえ、がんばってね」
お菓子をもらうとおばあさまはささっとあたしの前からいなくなってしまったが、そのおかげですぐにあの女の子の姿を見つけることができた。
ちょうど会場である漁港の広場からバス通りに出ようとしているところらしく、そのとなりには背の高い男の人がおり、彼女はその男の人の腕を遠慮がちに掴んでいた。
「ひー? ひより?」
ふいにとなりにいた明里に肘を突かれる。
「へっ? あっ、ごめんなさい! ありがとうございます。またぜひマロメロをお願いしますね」
次に並んでくれていた男の人に慌てて手を伸ばして握手をする。その人が明里の前に移動する隙にあたしはもう一度、女の子の姿を追ったが、もうその姿はなくなっていた。
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