第6話 ぴよじろうの調査報告

 一過性のちょっとしたブームで終わればいいのに、鹿島めろんの配信はその後も続いていた。彼女の配信を観る視聴者の数は必ずと言っていいほど500以上はいて、それはいくらVtuberそのものが大きなブームになっているとしても、新人の配信者の中では少し多い数字のような気がした。



 裏垢。

 実生活や本アカウントでは明らかにしない裏のアカウント、または有名人などがその正体を隠して利用しているアカウントのこと。


「ぴよじろう……っと」


グロウライブを観るにしても、いつまでも不明なアカウントでいるよりも、SNSと連携した本物っぽいアカウントの方が後々で便利だろう。

 そう思ったあたしは大学の授業の合間やレッスンが終わったあとの時間を使って「ぴよじろう」の専用のアカウントを作り、各種SNSで鹿島めろんの動きを追えるだけ追った。



 まずわかったのは、彼女のやり方はやや強引だということだった。ガイドラインに明記されている訳ではないが、グロウライブでもコメント上で別の配信者の宣伝活動はしないという暗黙のルールがあるように、普通はSNSでも別の誰かのコミュニティに入っていき、その人のファンを奪うことになりかねない自分の宣伝活動はしない。

 だが、彼女――調べたら今はとても優秀なボイスチェンジャーソフトがあるらしく、そのはよもや男の可能性さえあるが――は他のVtuberのファンが自分の推しを褒める投稿に堂々とリプライを送るのだ。


▶︎ 鹿島めろん(本人降臨):やっほ。FF外からごめーんね。わたしも〝れいみー〟大好きなんです。同じVtuberとして憧れちゃう♡



 そんなふうにして(他人の名を借りながら)認知度を上げていき、初回の配信ではすでに何百人というフォロワーが「いよいよ〝めろめろ〟とリアルタイムでやりとりできる!」と、たくさん投げ銭をしたという、そういう作戦らしい。


 裏アカウント立ち上げの際、ダミーとしていくつかのVtuberの方をフォローさせてもらったのだが、他にそんなふうにして活動を開始した人はまずいなかった。大手プロダクションに所属していない新人Vtuberはフォロワーが一桁から二桁のところから地道に宣伝をしていくものだ。だからこそ、その存在が広く認知されたときにTOや古参と呼ばれるファンはこちら側に立つあたしたちとほとんど同じ感動を共有することができる。


 アイドルといっても高嶺の花じゃない。地元ファンの方とはふつうにスーパーで遭遇しちゃうことだってあるし、見た目だって性格だって人より秀でてると自信過剰に思ったことなんて全くない。メロン農家の女の子が、それでも努力を続けている。それこそが我々の魅力なんだと自分では思っている。



 ちなみに、現在のあたしたちがメインで使っているSNSのフォロワーはグループ公式が一番多くて2200ほど、あたしは先述の通り、活動開始時の三十何人(ほとんど知り合い)からようやく2000人に到達し、次に多いのが明里でこちらも2000人まであと少し。

 一方、鹿島めろんはあたし(ぴよじろう)を除いて現在すでに1588人。ファンの投稿を引用コメントをつけて頻繁にタイムラインに再投稿している他、フォロワー数が500人以上の発信力のあるファンに限ってはフォローバックまでしているようだった。

 他に彼女がフォローしているのは先輩Vtuberやその関連のアカウントがほとんどだが、見ていると中にはよくわからないバンドマンや映画の公式など、明らかにの趣味と思われるものもあった。



「ねぇ、誰と思う?」


 そう言ったあたしに、つぐみちゃんは少し不機嫌そうな顔をした。

 知っている。彼女は今それどころではないのだ。夜も帰りは遅いのに、明日も朝、驚くほど早くから部活がある。でも、幸い――というべきかわからないがとにかく、つぐみちゃんは恥ずかしいからと言ってわたしたちの公式アカウントをフォローしていなかったので、諜報活動の協力をお願いしたのだった。


「わかんないけど、ひーの知ってる人な訳ないじゃん」


「なんで?」


 調べていて、ひとつ感じたことがある。そのむかし、大洋村といわれていた地域にあるこの辺りで一番有名なメロン農園や、太平洋を望むことができる新しい道の駅など、あたしたちの街で暮らしていれば当たり前に目につく場所や人物のSNSをもれなくフォローし、「めろめろもだぁいすき♡」などとコメント付きで引用している彼女が、あたしたちに関することは全くフォローしていないのである。


 それは強烈な違和感だった。

 彼女がフォローした道の駅にはあたしたちのサインだって飾られているし、少し前の投稿を見ればあたしと未玖がステージの司会まで担当した豊穣祭の投稿もあるだろう。それに月島さんやもやんさんたちのギフティングの件もある。知らないなんてこと、絶対にあり得ない。



 あの日――最初に彼らが鹿島めろんに投げ銭をした日から、あたしが見ただけでも何人ものマロメロファンの方々が彼女に「牽制」を投げてくれていた。もちろん言葉では「頑張ってね」だとか、「可愛い」とか言っているものの、「@マロメロりりりぃ推し」とか「@マロメロしか」と不変の愛を示してくれている。

 そんな投げ銭に対して〝めろん〟はお礼こそ言うものの、あたしたちの名前については一切のフォローをせず、もはや、彼女があたしたちを認知したうえで、意図的に避けているのは明白だった。



「もしひーたちのこと、知ってるなら、話通すでしょ。常識で言ったら」


 そうそう、そうなのだ。だからこそ彼女は常識では計り知れない相当の自信家か、とても身近な人間か、あるいは素人ふうの編集をされたプロの仕業か……(実際、 大手事務所に所属しているVtuberやアイドルがその身分を隠してローカルステージに立ち、圧巻のパフォーマンスを披露することで話題作りをするマーケティングがあったと、やまとさんに聞いたことがあった)。


 そのことをつぐみちゃんに告げると、彼女は大きなため息を一つついて、


「そんなVリーグの選手が隠れてママさんバレーに参加するみたいなことある訳ないでしょ」


 と鋭いレシーブをくれた。


「それは……」


 そうかもしれない。ましてメジャーであれば、それこそこちらに何かしらのコンタクトくらいしてくるはずだ。だとすればやはり……


「知ってる人のような気がする」


 ただの勘だけど、あたしの勘はけっこう当たる。



「ねぇ、今度さ。つーちゃんも〝めろん〟のライブ配信観てみてよ。それでさ『マロメロ』って知ってる? って訊いてみてくれない」


「やだよ、忙しいもん。めんどくさ」


 つぐみちゃんはスマートフォンを投げ出して、あたしのベッドに勝手に横になる。


「……ね、ねぇ。部活……そんなに遅くまでやってて、朝も早くからって厳しすぎない? アイドルリーグ(ご当地アイドルやライブアイドルの日本一を決める大会)にでも参加するつもりですか?」


 なんだか今日のつぐみちゃんはひどく素っ気ないような気がして、あたしもついつい嫌味な言い方をしてしまう。



 だけど、返ってきたのは意外な返事だった。


「別に。夜遅いのは部活だけじゃないもん」


 普段ならきっともっと怒るか、もっと嫌味を言うかのどっちかのはずなのに、今日のつぐみちゃんはほとんど冷め切ったような視線をあたしにくれて、今度はベッドから跳ねるように起き上がった。



 もういいでしょ。


 そうは言っていないけど、そう聞こえる。

立ち上がるとあたしよりもずっとずっと身長のある彼女の引き締まった身体が軽やかに翻った。


「ね、ねぇ、待ってよ。つーちゃん……もしかして、あなた何か、知ってる?」

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