第5話 緊急会議!

 鹿島めろんの変なライブ配信を見てしまったあと、あたしが何をしていたかと言えばすぐにメンバーに連絡……を取ったわけではなく、スマートフォンで、とある映画を検索していた。


 敵情視察にいった兵士やスパイが敵に感化されたという話があったのではないか、またはあまりに敵国に馴染みすぎたスパイが本国から疑われてしまう映画ならトム・クルーズあたりがやっていたような……。


 それとこれとは別であるという区別さえ、その瞬間のあたしにはあんまりよくついていなくて、普段は「配信をしていることもあるからいきなり入ってこないでね」と言ってある部屋のドアが開けられるまで、いいや、開けられたあとも、無我夢中でスパイ映画のあらすじを読んでいた。



「ひー、未玖ねぇから電話。なんで出てくれないのって」


「えっ?」


 気がついたらあたしの妹が、だいぶ不審そうな顔でこちらを見ていた。わたしの三つ年下で未玖とは小学生の頃に同じ習字教室に通っていたこともあり〝未玖ねぇ〟〝つーちゃん〟と呼ぶ仲だ。つーちゃん。妹はつぐみちゃんという名前だ。



「ね、聞いてるの?」


 また別のことを考えていたあたしをつぐみが揺すった。あの頃、お習字に夢中だったつぐみは今ではバレーボールに夢中になっていて、なかなか力が強い。頭がぐわんぐわんと揺れ、あたしはようやく我に返る。


「あっ、ごめん。今……調べものしてた」


 つぐみちゃんは髪をベリーショートにしていて、あたしはそれがとっても好きだ。単純にかっこいいし、ちょっと勝気な性格の彼女にはよく似合っている。冗談めかして何度かアイドルに誘ったこともあったけれど、どうやら全く興味はないみたいだった。残念ながら。


「いや、だから、電話鳴ってるよ? どうしたの、ひー。やばいよ」


「えっ、電話? 今映画の……。うそ、本当だ、未玖から三件もきてる」


「ひーがでないからってこっちに電話あったの。なんか急いでたっぽいよ。未玖ねぇがあんなに慌ててんの久々に見たわ。見たってか、『聞いた』だけど」


「うん……ありがと。今、かけ直すね」


 もう可愛いんだから。つんけんしながらもちゃんと伝えて心配までしてくれる妹にお礼言って、あたしは未玖に電話をかけた。

 が、用事が済んだはずのつぐみちゃんはあたしの部屋のドアのところに立ったまま、ゆっくりとこちらを向いて、


「ひー、あんま考えすぎないでね。追い込まれたときのひー、めっちゃ面倒くさいから」


 と言った。

 考えすぎてなんか――いるかもしれない。電話にも気がつかないほどぼうっとしていたあたしの脳裏にはもやんさんや月島さんのアイコンが浮かんでいる。あたしたちの配信ではなく、よくわからないVtuberの配信で表示されたアイコンが。




「あっ、やっと繋がった。ひより、大丈夫……?」


 繋がった電話の向こうから聞き慣れた仲間の声がする。あたしは思わず泣きそうになる。大丈夫かと言われれば、たぶん大丈夫ではなかった。


「なんなの……」


 未玖の向こうでこそこそと話す声がする。


「なんなの!」


 あたしはしかし、構わずに言った。


「別にふつうの、Vtuberだよ」


 未玖ではない誰かが答えた。


「……だ、だれ……?」


「明里。今、未玖んちにいるの。あたしもさ、いても立ってもいられなくって」


「明里……」


「今ね、あたしのスマホでやまとさんにも繋いでる。ひよ、聞こえる?」


「……おーい」


 今度は小さく男の人の声がする。おそらくわたしたちのプロデューサー――やまとさんの声だ。


「あっ。やまとさん? ねぇ、どう……どうすればいいのあたしたち……」


「とにかく、落ち着いて。別に大丈夫だから。明里、ちょっとさっきの話してみてくれる?」


「あ、はい……ひよ、あのね。あのVtuberなんだけど……なんかちょっと前までSNSでガンガン宣伝してたんだって。だから最初から投げ銭するファンも多かったのかも。なんかね、アカウント自体は二年くらい前からやってて、たぶん個人のやつだったと思うんだけど……Vtuber好きな人に片っ端からリプライして、他のVtuberさんからも文句言われたこともあるっぽい。中の人は本当にこの辺の人で――サンモールっぽいところのフードコートのご飯の写真とか挙げてた――、たぶん年上かな。今、わかったのはそれくらい」


「誰なの」


「それはわかんない。わかっても別に一般の人だと思うよ。Vtuberって今時、イラストのパーツ組み合わせるだけである程度できるらしいし」


「でね、とりあえずあたし思ったの」


 今度は明里に代わって未玖が言った。


「さっきの配信、ひーも見てたでしょ。あのくらいの投げ銭ね、むしろ〝せんせい〟? あれ、やまとさん、なんでしたって」


「牽制ね」と笑うでもなくやまとさんが言う。


「そう。牽制だったと思うの。つまり、茨城にはマロメロもいるぞ! ってさ。鹿島めろんは何の反応もしなかったけど、あたしたちの名前をアピールするには投げ銭かスパチャがちょうどいいでしょ。

 月島さんにしろ、もやんさんにしろ、あれくらいの課金なんてことないわけだし。それに直接的にうちらの名前出して煽ったりしたらこっちまで被害が出ちゃう。そういうことも考えてくれてるんだと思うよ。じゃなきゃ三人連続でうちらのファンの方が投げ銭したりコメントしたりしないと思うし。

 それに単純に応援する気ならさ、ID変えるなり、名前変えるなりしない? せめて〝@〟のあとをマロメロじゃなく〝めろめろ推し〟とかにするとかさ」


 ね、わかったでしょ、と横にいるらしい明里も言った。


「ああ……なるほどね」


 確かに、その説明であればあたしも少しだけ腑に落ちる。仮に鹿島めろんが確実に悪者だとしても、自らの推しアイドルの名前を使って批判するようならそれはファンとは言えないし、批判じゃなくとも配信の中で他の配信の宣伝になるような行為はマナー違反で、やはり推しアイドル側に迷惑がかかる。そうした場合、マロメロの存在をその配信で誇示するには多少の課金はやむを得なかったとも言える。そしていつも物販やスパチャ、ギフティングの多い二人がみんなを代表してくれたとするのなら、先ほどの配信は肩を落とすどころか泣けてしまうほど優しさに包まれたものだったのかもしれない。


「まぁ、でも。念のため、りりには内緒にしといて。あの子、なにかと面倒だから」


「……うん。りりりぃ、さっき早速マカロンのTシャツ着てたね。TLタイムラインに上がってた」


「可愛いよね、ほんと」


「あとでリプしとこ」


「泣いてるの?」


「へっ……?」


 明里の指摘に思わず変な声が出たのと、頬に冷たい感触があったのはほとんど同時だった。部屋のドアはちゃんと閉めてねっていつも言ってるのにつぐみが開けっぱなしで、計ったような風が舞い込む。遠くに微かにシャンプーの香りがした。彼女はきっと、お風呂に入っているのだろう。


「泣いてないよ」


 あたしは言う。

 思いっきり鼻水をすすりながら。

 アイドルだもん。


「泣くわけないじゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る