第4話 みんながいる?!

「まぁ放っておくしかないんじゃないかな」


 ライブからの帰りの車の中。明里はいつでも冷静だ。クールビューティー。まだ高校一年生、なんだったらついさっきまで中学生だったくせに。

 いつもライブ終わりでかけているめがねをレンズの大きなやつに変えたからか、なんだか今日は二割増しで冷静に見える。


「ってか、その公認? とかって、ないと怒られてアカBAN! じゃないの?」


 前髪をちょんまげにしているりりりぃはどこか楽しそう。可愛すぎてぺちぺちとおでこを叩いてやりたい。


「わかんない。モチーフにするくらいならいいのかもしれないし。だとしたら何も悪いことってしてないからね。ただうちらと被ってるってだけでさ」


 そう言うあたしに、


「えっ、でもあたしたちがいるのに〝めろん〟ってあり得なくない?」


 と同調してくれるのはサブリーダー未玖。さすがはみんなの「みーたん」だ。膨れっ面がこの子にはなぜかよく似合う。


「そうそう。露骨にこっち意識しちゃってるのがな〜」


「てか、めっちゃすごかったんでしょ。ギフトとスパチャ」


 そう言ったのは無邪気なりりりぃ。


「ちょっと……!」


 いとこのお姉さんである明里がりりりぃを制す。何もあたしに気を遣うことなんてないのに。


 確かに、あの配信で鹿島めろんが手にした金額は、少なくとも前回のあたしの配信よりも上であったことは間違いないし、初回だからという言い訳は多少なりともできるものの、あたしや他のメンバーの初回配信でそこまでの金額のギフトが飛び交っていたかといえば、もちろん、そんなことはなかった。


 でも。


「今日、楽しかったね」

「月島さんね……」


 ふいに、あたしとりりりぃの声が重なる。


「えっ、なになに」とりりりぃ。

 あたしが首を横に振ると、嬉しそうにあたしの目を見てお姉ちゃんである明里を見て、それから未玖の顔を覗き込んで言った。


「いるでしょ、月島さんって。またね、パリ出張だったんだって。お土産貰っちゃった。マカロンのね、色とりどりのが描いてあるTシャツ。可愛くない?」


 画面越しにはほとんどの場合にこやかに対応するアイドルが裏でどんなことを思っているか。これはあくまでもあたしたちの場合だが、おおよそファンの皆さんの前と変わらない。かっこつけているわけではなく、見えるところでだけ媚び諂うことができるほど、みんな器用ではないのだ。


 逆にいえば、翻訳のエージェント会社でそれなりの立場にいる月島さんをはじめとするある程度年配の方を前にして、「おじいちゃん」と言いかけたこともあるし、りりりぃに至っては「ご老人のファンの方……」と言ってしまったことさえある(「みんなのことじゃないよ」と慌ててフォローしたが、一部のファンの方が面白がってしばらく「○○@老人のマロメロファン」を名乗っていた。親しみと愛を込めて)。


「いいなぁ、りりりぃは。やっぱり末っ子って何かあげたくなるのかな。まぁ、あたしも今日お化粧品とかたくさん貰っちゃったけど」


 月島さんのような渋いおじさんをはじめとするファンの方々が女の子用の可愛らしいパッケージの化粧品や愛らしいデザインのTシャツなんかを買っていると思うとなんだか心がほくほくと暖かくなる。

 それはもしかしたらおかしな光景なのかもしれない。でも好きな人に好きなものをあげるだけ。それのなにがいけないのだろう、と思う。まだアイドルになる前、あたしだって顔を真っ赤にしながら男の子の洋服を買いにいったことがある。その幼気いたいけな気持ちと、ファンがアイドルを推す気持ちのなにが違うと言うのだろう。



「ありがたいよね」


 言ったのは明里だ。彼女も大量のプレゼントをもらっていたけれど、もちろんそのことだけを言ったのではない。

 直接会って、プレゼントをもらったり、最高のパフォーマンスを披露したり、一緒に写真を撮ったり。これはきっとバーチャルなんかではできない体験だ。


「うん、ありがたいね」とあたしは言った。


 TOという言葉がある。トップオタという意味で、つまりはファンが認めているファンの中のファン。アイドルや運営側からの信頼も厚く、ともすれば警備だったり会場内での立ち回りさえ買って出る人もいるという。

 あたしが見た中では他のアイドルさんのTOには全身を推しアイドルの缶バッジで覆ったり、模造紙に好きな楽曲の歌詞や推しのかわいいところを書いてそれを服の上から巻きつけている人だったり、見た目にもかなり奇抜な人もいた。


 わたしたちマロメロのファンにはそれほどまでに奇抜な人もいないし、月に二度の定期公演からイベント出演などのすべてに現れるまでの人はいない。でも、それは悲しいことでは全くなく、あたしたちにとっては誰もがトップであって、一人だって欠かすことができないと思っている。


 実際のところは、先のもやんさんや月島さんは仕事で色々と任される立場にある人たちだからなのか、物販で使う金額もグロウライブの投げ銭も多い。

 そのことはもちろん他のファンの認めているところで、状況によっては月島さんがコメントしているから別のファンは遠慮してスパチャをしないという現象さえ起きたことがあった。


 だが、それでもあたしたちは一人ひとりが同じくらい大切なのだ。もし仮に配信は観てくれてもライブに来てくれないファンがいたらそれはあたしたちのライブにそこまでの実力がないというだけ。

 ファンの方からすれば、今そのときの最大限の愛を一心に注いでくれているのは同じなのだ。


「ありがたいね」


 あたしはもう一度言った。これは単純に、承認欲求というやつなのかもしれない。少しでも多くの人に認めてもらいたい。認めつづけてもらいたい。

 だけどあの鹿島めろんというあの子のことがあって以来、どこかふわふわとしていた気持ちをライブをすることで、大切なみんなに会うことで、引き締め直してもらえた気がした。


 目を閉じればファンのみんなの顔が浮かぶ。あたしが笑うと笑顔になってくれるみんな。そんなみんなが……



▶︎ もやん@マシュマロメロン推し

▶︎ 須川ろむ(マロメロリーダーしか)

▶︎ 月島@翻訳家兼カメラマン




「みんながいる……?!」


 あたしは思わずベッドから転げ落ちそうになる。

 その日の夜のこと。ステージ上で完全に使い切ってしまったあたしの身体のぎしぎしという鈍い痛みに、またとない充足感を感じていたその頃。SNSに今日のライブで撮影した写真と感謝の投稿を済ませ、そろそろ休もうかと思ったところで鹿島めろんがライブ配信を開始したという通知があり、あたしはほんの少しの意地悪な心でその配信を見てやろうとアイコンと名前をまた変更して潜入することにした。


 それがよくなかった。


 ちなみに、継続配信を続けているあたしたちのグロウライブ配信は企画の一環としてライブハウスの楽屋でもう済ませてしまっているため、今は誰も配信をしていない。



 画面の中には相変わらずのパステルの青系でまとめた鹿島めろんが昨日と全く同じ表情で笑っていた。


「みなさぁん。改めて自己ちょ……あわわっ……めろめろ、また噛んじゃった……。えへへ。自己紹介、自己紹介ね、したいと思いまぁーす」


 わざとらしく噛んだ彼女にファンが反応している。


▶︎ ひろ506@新人Vtuber鹿島めろん激推し:《かわいい》×10

▶︎ 森尾電機/弱小社長/バンドのベース:《かわいい》×1

▶︎ もやん@マシュマロメロン推し:《よろしく》×10

▶︎ 須川ろむ(マロメロリーダーしか):頑張って〜

▶︎ 月島@翻訳家兼カメラマン:《ファイト》×1

▶︎ちょこたん(男):フォローしました^^


「みんながいる……?!」

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