第3話 みんながいる!

「はい! たいようの村の輝く笑顔! マロメロの癒し担当、りりりぃこと絹田莉理花でーす」


「りりりぃー!」


「はい! いつでもどこでも冷静沈着! マロメロの学級委員、絹田明里です!」


「あかりーん!」


「みんなーっ。訛っでたっていがっぺよ。うんと愛して? マロメロサブリーダーの井上未玖です」


「みーたん〜!」


「はい! マシュマロお肌なメロン農家のプリンセス! マロメロリーダーひーよんこと、佐々木ひよりです」


「ひーよん!」


「リーダー!」


「大好きーっ」


「そんなわたしたち、茨城の元気いっぱいよったり娘! マシュマロメロンです! よろしくお願いしまぁーす!」



 マシュマロメロンの1月の定期公演、「空飛ぶマシュマロ、愛せよメロン Vol.1」の会場はいつもの地元ライブハウス。キャパシティはスタンディングだと200ほどもあるのでさすがに満員とはいかないが、毎年、年末と年始にわりと大きなアイドルイベントに出ることもあってか、この月の定期公演のお客さんの中には初めて見た顔の人も少なくない。


 自己紹介と簡単なオープニングトークを終えて、次の曲へ。今のところは昨日のレッスンの通りに運んでいるが、最年少のりりりぃをはじめとして、わたし自身でさえ、どこか声が上ずっているのがわかる。こういう定期公演も意外と緊張感を持って挑んでいるという証拠だ。


「それでは早速聴いてください。『君と白塚海岸』」


 派手だったオープニングから一転、地元鹿島灘の白塚海岸を歌ったこのミディアムバラードの楽曲は、わたしの中学の頃の実体験をもとにプロデューサーとわたしとで作詞した思い入れのある曲だ。



♪君に伝えなくちゃ――勇気を持って――夕陽のしずむ前に。



 ふつうの人はライブハウスと聞くとステージの映像を思い浮かべることが多いだろう。だが、わたしにとってはライブハウスといえば見下ろす客席のイメージが頭に浮かぶ。誰の目にも留まっていない会場の背後の非常灯やそこだけ妙に綺麗な壁、そしてこちらを臨むたくさんの顔、顔、顔――。

 知り合いを除いて同性のファンはごく稀で、ほとんどが男の人。わたしたちはアイドルらしく元気いっぱいの衣装を纏ってときに彼らに手を伸ばし、ときに悪魔的に微笑んでみせる。

 怒号にさえ似た歓声が、あたしは好きだ。力いっぱい愛されているような気がする。一月なのに真夏みたいに暑くなっていく会場。明るすぎる照明。絶やさない笑顔。



♪朝日がのぼるそのときに――大好きだよ。


「おれもー!」



 ご当地アイドルでも何年も活動しているとちゃんとファンの方々がライブ以外でも集まったりして、コール会議なるものを開いてくれることがある。


 コール――つまり、曲中に入れる合いの手の打ち合わせをしてくれるのだ。これも大変面白い文化で、たとえばMIXと呼ばれる基本的なコールの一つは、


 タイガー! ファイヤー! サイバー! ……


 といった具合でかける言葉が決まっている伝統的なものなので、さまざまなアイドルの曲中で耳にすることがある。


 そんなMIXを最初に自分たちの楽曲に入れてもらったときのことをあたしはよく覚えている。未玖はまだ小学生で、りりりぃと明里は加入前だったが、その掛け声が聞こえてきたときわたしは全身に鳥肌が立った。


 それまで、習っていたピアノの発表会のような、ある程度努力さえすれば誰でも立てるステージくらいしか立ったことのなかったわたしが、わたしにしかなし得ないステージを作り上げ、それにお客さんが答えてくれた。


 それは想像を絶する一体感だった。


「つづいての曲はガラッと雰囲気を替えて……今日もいくよ! 『キスミー!』」



♪キスミー キスミー キキキ キスミー



 先ほどとは打って変わってこちらはアップテンポの王道アイドルソング。タイトルの『キスミー』もそうだが、地元で採れるメロンの名前を歌詞に散りばめたわたしたちの初期の代表作だ。



♪「オトメ」心はいつでも強気よ――誰もがクイーン、「タカミ」を目指せ! 「クインシー」になるの



 ここでファンの方々によるMIXが入る。


「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」


 サイリウムが激しく揺れるこの景色は、たったの四人しか見られない。なんて贅沢なのだろう。ターンをしながらわたしはその光をいつも目に焼き付けている。


 それぞれの担当カラーはメロンや太平洋をイメージしたライトグリーン(あたし)、イエローグリーン(未玖)、オレンジ(りりりぃ)、オーシャンブルー(明里)となっており、彼らのサイリウムはそれらが点滅するたびに切り替わる設定になっている。


 あっやばい。



♪キスミー キスミー 今すぐに――キスミー キスミー 届けたい



 歌声は良好。緊張にもいい意味で慣れて、レッスンの成果が十二分に発揮されている。わたしも、りりりぃも、未玖も、明里も。スカートから伸びる脚からステージが異様なほど熱を帯びていくのを感じていた。

 泣いてしまいそうだ。



♪瑞々しいこの気持ち 甘すぎてとろけちゃうよ


「ひーよん!」



「甘すぎてとろけちゃうよ」のところはあたしのソロで、「よ」のところで首を傾げてウインクをするのだが、これが意外に難しい。

 タイミングもそうだし、そちらにばかり意識が向くと音程が外れる。ウインクもよく練習していないと顔の片方が思い切り歪んでしまう。テレビなんかでばっちり決めのウインクをするアイドルを見たら今日から尊敬の眼差しで見てほしいほどだ。


 だが、その日はものすごくばっちりと決まった。ライブDVDを出せるほどの活動はしていないけれど、プロモーション用であとでYouTubeなどに載せるためにと回しているカメラがあるので、あとでチェックしてみよう。

 客席からのたくさんの拍手と温かい声援を受けながら、あたしはまた感極まっていた。



 未玖、りりりぃ、明里、そしてあたし。実際のところ、黙っていたら一番可愛いのは明里だろう。もしどうしても最下位を決めるとするならば、あたしか、まだ幼くファンの方が喜ぶ表情を作ることのできないりりりぃ辺りになると思う。

 もちろん、一般的に見たらりりりぃは絶対に可愛い顔立ちをしているし、あたしだって人並み以上にはケアはしているけど。


「めっ…………ちゃ可愛かった!! アイドルひーよんここにありって感じやわ」


 でも、ライブ終了後のこと。古参ファンの「もやん(もやん@マシュマロメロン推し)」さんが興奮気味に明かりを消したサイリウムをぶんぶんと振りながらそう言ってくれた。

 今日はTシャツを一枚と布教用に『キスミー』を含むアルバム『めろめろシーサイド』を5枚と最新曲『fruits magic』のシングルを3枚、そしてそれらの特典のチェキ券とは別に各メンバー合計で10枚のチェキ券を購入してくれた。


「うそ、嬉しい。めっちゃ目線送ったの、気がついてたかな」


 チェキを撮る際はスタッフの人が構えるカメラに向かって微笑みながらもちらちらととなりのもやんさんを意識している。


 このとき、他のアイドルの人がどう思っているかはわたしにはわからないけれど、数千円をたった数十秒(通常チェキで30秒、2ショットワイドチェキで1分)あたしと話すために使ってくれているのだから、あたしはほとんどその人の恋人になったような気でいる。



 もちろん、中にはもやんさんや他の大好きな古参ファンの方、あるいは大切な新参さんのように、人格の素晴らしい人たちだけではないこともわかっている。実際、あたしも何度か怖い経験をしたことはあるけれど、万が一おかしな人が来たとしたら運営側であるあたしたちのスタッフよりも先にファンの皆様が対処してくれる。


 そういう確実な繋がりがあるからこそ、より深い話をすることができるし、わずか数秒でも本当に恋人同士のような、とっても濃い時間を過ごすことができる。


「また来てね。絶対だよ」


 だからそのことばには微塵の偽りの心もなければ、打算もない。


 あたしたちにはみんながいる。それがどれだけアイドルの救いになってきたか。たとえ上手くいかない日が続いたとしても、あたしたちには仲間がいて、信頼できるスタッフがいて、ファンのみんながいる。たとえ心がしおれかけていたって、たとえ疲れが溜まってもう無理だって思う夜があったって、少し様子のおかしなバーチャルアイドルが現れたって……。


 あたしたちにはみんながいる!

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