第2話 2616歳の美少女
青や紫を基調にした淡いパステルカラー。柔らかなタッチ。まんまるのショートボブはあたしが好きなタイプの女の子だ。
本来、赤と白であるべき巫女ふうの衣装も青と白になっていて、ただし下部は袴ではなく、何故かミニスカートにニーハイソックスというどこかで観たような出で立ち。頭には鹿島を意識してなのか、小さい鹿の角がついており、その他のイヤリングやネックレスなどアクセサリー類はすべてメロンのモチーフになっている。
かわいい。
そう思った。
だって目なんかあたしの三倍くらいあるのに頭はすごく小さいし、肩も華奢でスタイル抜群。そりゃあそうだ。絵なんだもん。
次にあたしは配信サムネイルの右上に表示されている現在の同時視聴者数に目をやった。
306人。
そんなものだろう。ご祝儀ではないけれど、初回の配信は大概普通よりも視聴者が増える。そこからどれだけ維持していくかにかかっているのだ。
わたしの場合、その初回で緊張の末に失敗してしまったのでしばらくは地元の人を中心とした元々マロメロのことを好きでいてくれていた人と通りすがりの視聴者(一分間視聴するだけでもらえる無料ギフトを目当てにした人たち)しか呼ぶことができなかった。
それでもときどきかわいいと言って無料ギフトを投げてくれる人がいたりすると全力でレスポンスを返したりもしていたが、そう簡単には視聴者数が増えることはなかった。
逆に言えば、そこで増えないからと日々の配信を辞めてしまった人も多く見てきた。とりわけVtuberであれば絵を描き直して設定を少し変えればまた初回の配信ということにして登録し直すのも簡単なはずだ。
彼女もまた、その類かもしれない。
あたしはそっと「鹿島めろん」の配信を視聴するボタンを押しかけて、すんでのところで親指を止めた。
「一応ね……」
一人で呟き、自分のプロフィール欄を開いて、グロウネーム(チャットやギフティングで表示される自分の名前)とアイコンをいつもの「ひーよん」と自分の顔写真からサングラスをかけたヒヨコのイラストと「ぴよじろう」という名前に変更する。偵察用でときどき使う
改めて、鹿島めろんのライブ配信を表示する。同時視聴者数はいつのまにか420を超えていた。
どういう技術なのか、わたしにはあんまりよくわかっていないのだが、そこには先ほどの美少女がいた。確かに絵ではあるのだが、ちゃんと動いているし、まばたきもしている。Vtuberの配信をあまりよく観たことがないからそれが当たり前のことなのかはわからないが、視聴者にちゃんとレスを返して手を振っている様子は多少動きがぎこちない程度で、あとは他の配信者となんら変わらなかった。
ただ問題なのは、その声だ。
アニメ声、猫撫で声といえばいいのだろうか。そこまでやったら逆に男が引いてしまうんじゃないの、と思ってしまうほど甘ったるく、ふにゃふにゃと半ば呂律が回っていないのだ。
どんな設定かしらないけれど、あの由緒ある鹿島の名前と茨城県東部の誇りであるメロンを使うのならば、そしてその青と白を基調にした一見古風で和風なデザインならばもう少しはきはきとしたキャラクター設定にすればいいのに。
残念だな。
あたしは少し思っていた。
これでは他の有象無象のVtuberの中に埋もれてしまうだろう。いい子ならばコラボ配信など考えようかとも思ったのにな。
「あっ森尾さん? ってゆう方から……《はじめまして》、10個もありがとぉ〜。えへへぇ、茨城県のぉご当地Vtuberだよぉよろしくねっ」
そもそも、こういうのって、かの神宮やその土地の行政などに無許可でやってもいいものなのだろうか。
ちなみに、あたしたちマロメロはちゃんと市の公認を得ており、市発足十周年の際には同郷のヴァイオリニストさんと異色のコラボをしたこともあった。その動画は再生回数1万回以上を超えている。
と、話はそれてしまったが、プロフィール欄を見ても鹿島めろんがそういった公認を得た形跡はなく、なんなら所属事務所を通して配信者登録をした「公式ライブ」のマークもついていなかった。
「あっ、じゃあみなさん、もう一度自己紹介しまぁす♡ はい! 茨城県からきました、メロンが大好き! 鹿のわたしをシカトしないでシカと見ててね! 年齢は2616歳! ご当地バーチャルアイドルの鹿島めろんでーす」
「えー……?」
思わず苦笑してしまった。
シカがどうこうという部分はまだいいとして、2616歳って……。あたしの口から思わず乾いた笑いが漏れてしまった。
何しろ彼女は設定に拘るがあまり、自己紹介がかなり冗長になってしまっている。例えばめろんという名前でメロンのアクセサリーをしているのだから、「メロンが大好き」という文言は入れずに「鹿の〜」から始めたほうが後半の2616歳も目立つだろうに。
もしかするとそういった添削をしてくれるような運営スタッフもいないのかもしれない。
あまりに気になってもう一度プロフィール欄を見ると、どうやら2600という数字は神宮建立に起因しているらしい。とはいえ、妖艶な美魔女のようなキャラクターならいざ知らず、まんまるの瞳の童顔なキャラでなぜそんな大胆なことをするのだろう。
しかも2600を引いた16歳が実年齢というわけでもないらしく、18歳以下であるうちのかわいいメンバー〝りりりぃ〟たちの配信ができなくなる規定の夜十時を回ってもその配信は終わらなかった。
「みなさま? お星さま(無料ギフトのこと。星の形をしていて、投げるとキラキラエフェクトが画面に輝く)投げてくれて、ほんとぉにありがとう。めろめろね、ほんとは〝ふわん〟だったんだ……」
舌ったらずな喋り方。かわいい絵。華奢な仕草。
ふわんって何、ふあんでしょ。
……だなんて誰も言わない優しい配信。
星のギフトは途切れることなく投げられて彼女の左頬の辺りがキラキラとひかる。
まぁそういうのもいいんじゃないの。
あたしは思う。高飛車な先輩としてではない。近くに住む一人のファンとしてだ。こういう時代なのだから、この近くにVtuberがいたって面白いかもしれない。わたしも最初の頃は緊張しているくせに大した練習も予習もしてなくて、ぐだぐだとした配信をしていた。もしかしたらこの子よりも酷かったのかも。
とりあえず、この子のことは明日、メンバーやプロデューサーにも話してみよう。
そう思ったそのときだった。
▶︎ ひろ506@限界Vtuber咲奈姫ライブ6.15:《素晴らしい!》×10
「えーっ!」
あたしとめろめろ――もとい、鹿島めろんの声が重なった。
投げられた《素晴らしい!》のギフトは1つ1,000GPもするのだ。
確かにGPは10,000以上をまとめて購入するとボーナスでスペシャルギフトがもらえるのは確かだ。そのうえ、10個のギフトをまとめて投げると投げられた配信者に無料ボーナスポイントが20%分つき、ライブランクがさらに上がりやすくなる。なのでわたしの配信でも同じ高額ギフティングであればより高価な5,000GPを2つ投げるより、1,000GP×10のギフティングをもらうことのほうが多かった。
ただ、全く知らないはずの初配信者、それも事務所登録のないアマチュア配信者にその金額を投げるのは――いや、違う。ああ、そういうことか。
「あいがとお〜、だいすきっ。ひろ506《ごーれーろく》さんって読むのかな。めろめろ嬉しいっ」
目を細めてジタバタするアニメーション。確かにかわいい。何度も言うがかわいいけれど、それは絵だ。かわいくなければ意味がない。
あたしたちのグループはやったことがないものの、時折、視聴者のギフティングを促すために身内スタッフや友人なんかがギフトを投げることがあるのだ。
それに対して丁寧な対応や愛らしい反応をすればそれだけでファンは同じようにギフティングをしてくれる。
ギフトやポイントが重要になる配信イベントではそう言った身内からの投げ銭を禁止しているものもあるが、通常の配信ではその限りではなく規定違反とは言えない。
とはいえ、普通であればそこまで高額のギフトを最初にしてしまうと小額ギフトを躊躇する人もいるのでサクラギフティングをするなら逆に小額が通例なのだそうだけど。
▶︎ 屋敷宗弘(月宮ルーナ推し):《かわいい》×10
▶︎ ムール@V界隈にいます:《素晴らしい!》×1
「えっ。ちょっと……まっ、あっ……」
言ったのはめろんじゃなくてあたしの方。サクラがどうとか言っているうちに、画面上にギフトが次々に投げられたのだ。
▶︎ 忽那椿(公式ライバー本人):《尊い》×10
▶︎ てあてあ:♡×1000
▶︎ みん坊@レイちゃま/フレンチハグ/teamリッピン:♫×500
「ひゃーあっ。なにこれっ? ありがとぉみなさんだぁいすきらよ。あっ噛んじゃった。もう! みんな凄すぎるよぉ……ひえーっ」
視聴者画面からギフティングのトータルを見ることはできないが、その一瞬で30000GPは超えたのではないだろうか。
あたしはほとんど夢中になって、ギフティングした視聴者の中から適当なアカウントをいくつか選んでプロフィール欄をタップした。
別のSNSと連携をしているアカウントがあれば、そのプロフィールページに飛ぶことでその人が実在のアカウントなのか、サクラ用の裏アカウントなのかがわかることもある。
が、わたしが見る限り、ほとんどのアカウントは数年前から存在しているVtuber好きやアニメ好きによるもので、裏であとからサクラ依頼された可能性は否めないが、ギフティングのために性急に作られたアカウントではないようだった。
「なんでなのぉ」
「なんで?」
またあたしとめろんの声が重なる。
だが、その答えは明白だった。
▶︎ ひろ506@限界Vtuber咲奈姫ライブ6.15:みんなもう、めろめろにメロメロだからね。
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