本編!
第1話 鹿島めろんって誰なん
「あっ《おつかれさま》スタンプ! ありがと〜。ルイさんいっつも嬉しいな」
その日の配信は夕方の六時から六時四十五分までと決めていた。
「わー、そらくんも? え、今とかって、テスト期間中だよね? 無理しないでね、頑張って」
画面の端にある時刻を気にしながら、あたしはそらくん(高校生男子、ライブで会ったことがある)に手を振る。
「んっ、『そらくん:テスト勉強嫌すぎて癒されにきてる』――ありがと! 少しは疲れ、取れたかな? わたしもこれからレッスン頑張るよ!」
ガッツポーズは手首を気持ち内側にして、ここぞとばかりに上目遣い。運がいいとここでまた、誰かが《かわいい》等のギフトスタンプを投げてくれる。
▶︎ とーるくん@マロメロ放送局メール職人:《かわいい》×10
ほらね。
「あっ、とーるくん! 《かわいい》10個もありがとう! また明日メール待ってるね。あ、皆様も、メールぜひ! メンバーみんなでラジオやってます。FMほこたですが、アプリ入れてもらえると全国どこでも聞けますし、メールも簡単に投稿できます! 明日のお題はね……」
ちなみに、《かわいい》のギフトスタンプを投げるのにユーザーは1個100
▶︎ とーるくん@マロメロ放送局メール職人:雨の日の思い出
「あっそうだそうだ。さっすがとーるくん。雨の日の思い出だって、みんな! 子どもの頃、雨の日はこんな遊びしたよーとか、雨降るとこの曲思い出すよーとか、ほんとなんでもいいのでガシガシ……ガシガシ……? あっ、どしどし! どしどし送ってね! それじゃあ、この時間、お相手はマロメロのお姫様ひーよんことマシュマロメロンの佐々木ひよりでした! また明日ね〜」
ファンのコメントやギフトも取りこぼさずにレスをしたうえで、きちんと明日の告知もする。我ながら完璧な配信だったような気がする。
あっという間に真っ暗になった画面ににやにやと笑うわたしの顔が映る。その顔は、はっきり言ってあまり好きじゃない。女の子として、アイドルとしてちやほやされるには少し父親に似すぎているし、歯並びや睫毛やほくろの数など改善できるものは徹底して直した今でも叶うならば変わってほしいパーツがたくさんある。
だけど、いいのだ。
あたしはもう一度、事務所から借りている配信用のスマートフォンの画面を点ける。そこには今の配信のスコアが表示されている。
最大同時視聴者数:505
内アクティブアカウント:104
トップファン:とーるくん@マロメロ放送局メール職人(1,228GP)
投げられた有料ギフトスタンプ及びスーパーチャットの合計:3,162GP
┣有料ギフトスタンプ:2,962GP
┣スーパーチャット:200GP
┗トップファンの占める割合:19.2%
投げられた無料のギフトスタンプの合計:942GP
総カウント数:(イベント外)
トータルアセスメント:公式:ランク外(664pt)
継続配信:568日目
あたしを含めた〝マシュマロメロン〟のメンバー四人が利用しているのは「グロウライブ」という配信アプリだ。一定時間、コメントが画面上に常に表示されるスーパーチャットの他、ギフトスタンプ――配信映像の上に文字や花火などのアニメーション効果をつけることができるスタンプ――で好きなアイドルやアーティストの配信を盛り上げることができるのが特徴のサービスで、その名の通り配信者と視聴者が一体となって
ちなみに、スーパーチャットは消費GPによって表示される時間が異なり、ギフトスタンプもGPが高いほど派手になっていくのだが、〝スパチャ〟と違って中には無料で投げられるものも存在する。
無料ギフトは収益にこそならないが、同じ配信を一分以上継続して観るだけで上限の10%を獲得することができるため、そのギフトの回収をきっかけにあたしの配信を観るようになってくれる人も少なくないという、とてもありがたいシステムになっていた。
また、ギフトを投げてくれた人物は無料、有料に関わらず投げた人と同様、上記の【アクティブアカウント数】にカウントされたり、コメント数、ギフトやスパチャの数、その他視聴者数の変遷などで上下するその配信の満足度の指標である【トータルアセスメント】に大きく影響し、そのスコアと【継続配信】の日数によってE〜SRまである【ライブランク】が上昇していく。
あたしの現在のライブランクは上から四番目の【B】だ。【トータルアセスメント】こそ「公式:ランク外」とあるが、これは事務所を通して登録している公式枠にはテレビにでているメジャーアイドルなども含まれるので数字がつく(100位以内)のはかなり難しいためで、連続配信日数が二年足らずでこのランクはなかなかあることではないと以前話をさせてもらったグロウライブの運営の方に褒めてもらったことがある。
ちなみに、メジャーアイドルの配信の場合、あたしたちであればお誕生日や配信イベントの最終日などでしか投げられないような10000GP(最高額)のギフトが日常会話の中で飛び交っており、コメントが画面に長時間表示されるスーパーチャットに至ってはそれをしないで発言する方が逆に目立つほど、乱発されているのだ。
そういう配信ではもちろん、配信者であるアイドルはほとんどのファンを認知していないし、正直言って大量の高額ギフトをもらったところでアイドル自身の懐に入るわけでもないので、お礼のレスポンスも良いとは言えない場合が多い。むろん、そんな立場にありながらも、しっかりとファンのことを認知してレスもこなしてしまうスーパーアイドルも中にはいるし、あたしもそうなりたいと日々思っているけれど。
そんなあたし、佐々木ひより。愛称は「ひーよん」。茨城県のご当地アイドル「マシュマロメロン」のリーダーで、メンバー唯一の大学生。英文学を専攻していていつか海外の舞台に立つのが夢。実家はメロン農家でそのアピールのために亡くなったおじいちゃんに頼まれてアイドルになった(という設定。実際にはメロン農家でメロンを宣伝してほしいと言って亡くなってしまったというところまでは本当だが、アイドルになれとまでは言っていない)。
グロウライブの継続配信は600日に満たないほどだが、アイドルとしてはそのおよそ倍、四年間のキャリアがあり、ワンマンではないが、一度はzeppの舞台を踏んだこともある。
はじめ、16人いたメンバーは紆余曲折――習い事半分のメンバーもいれば、泣く泣く辞めていった子も含めて――あって、今は4人で活動している。
活動は農協の催事、企業や地域の主催するお祭りのステージの他、地元ライブハウスでの定期公演、アイドルイベントへの参加などがメインだが、地元ケーブルテレビのリポーターやラジオ番組のパーソナリティ、あたしと高校三年生のサブリーダー井上〝みーたん〟未玖の二人に限っては時々雑誌社主催の撮影会の仕事などもしている。
SNSのフォロワー数は運営公式を除けばメンバーの中であたしが一番多く、2000人とちょっと。こちらもメジャーアイドルに比べたら桁違いに少ないのはわかっているが、「おはよう」と投稿すれば返ってくるリプライや「いいね」は一定数あるし、地元ではコンビニでも声をかけられる程度には有名なので普段からマスクを着けて暮らしている(自意識過剰かもしれないが、実際に「マロメロのリーダーがスーパーで○○買ってたw」「全然可愛くなかった」などと投稿があったりするのだ)。
もちろん、端っこの端っことはいえ人前に立つアイドルをやっているのだ。批判に晒されるリスクも承知しているし、それでもあたしはこの仕事を愛している。たくさんではなくとも、顔と名前の一致する大切なファンがいて、一年に一度ほどはCDもリリースして、ミュージックビデオの撮影なんかをしているときのあたしはちゃんと一人のアーティストであるし、いつかは地域の代表として多くの人の前に立てるように、そのことに強い誇りを持ってこの仕事をしている。
それでよかった。
それでよかったのに。
グロウライブにはもう一つルールがあり、それは配信者はその年齢によって配信できる時間帯が限られているということだった。とりわけ十八歳に満たない高校一年と中学三年生のメンバーは夜の十時までに配信をしないとライブランクに大きく影響する【継続配信日数】が途切れてしまうので、いつもちゃんと配信をしているか、あたしかプロデューサーがチェックをしていた。
あたしたちの住んでいるところは茨城県の沿岸部。大洗、鉾田、鹿島、神栖。親戚や友人もたくさんいるそのどれもが地元であり、全国的にはあまり有名ではないかもしれないが、そんなところも愛している。
そしてあたしの家。おじいちゃんの代からつづくメロン農家。小さな頃からメロンは本当に大好きだし、今ではメロンをPRするオリジナル曲もいくつか歌っているほどだ。
【初配信】クレプリゆあんのみんな話そ〜
*:ஐ新人歌い手ஐ:* 宮古ちなつ フォローしてね
【新人Vtuber】みなさま、はじめまして♡ 鹿島めろんですっ【茨城から来ました】
初配信! よろしくお願いします! 田崎エリーナ (Mocca! 専属モデルオーディション)
しかし、そんなあたしの目に飛び込んできたのは愛しい最年少メンバー〝りりりぃ〟の配信ではなかった。
クレプリは確か大阪のご当地アイドルさんだ。リーダーがボブカットでとっても可愛らしい。ちなみさんという方は知らないけれどサムネイルを見るととても美人な歌い手さんのようだ。
問題なのは、その次――
鹿島めろん。
茨城、鹿島、メロン。
どれもが共に成長していこうとあたしたちが大切にしているものだ。
「え、待ってよ」
配信が終わった一人の部屋に、あたしの声が落ちる。もちろん、それらはあたしたちのものでも、専売特許というわけでもない。ないけれど、そんなふうにその文字を目にするのはまるで、朝起きたら庭に知らない人が小屋を建てて住んでいたかのような、そんな得体の知れない怖さを感じてしまう。
「誰……?」
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