第7話 622回目の配信
「そうなの。めっちゃ可愛くて。もうおばちゃんなんでも買ってあげちゃうーって。ほんとそんな感じになっちゃった」
▶︎ めるり@超絶ふぁくとりーみかん推し:おばさんてw
▶︎ レンレン@清水のパンダ:よし、おじさんと結婚しよう!笑
その日の配信の話題は昨日、ケーブルテレビの取材で出会った女の子の話。不定期ではあるものの、夕方からのニュース番組のワンコーナーで地域の農作物や工芸品などをアピールするリポーターをやらせてもらっているのだ。今回はこれから旬になってくる鹿島灘のハマグリ漁師さんのもとへ行かせてもらった。
地域限定の放映でも、まるまる一日を使ったしっかりとしたロケ収録。そのため、学校のあるおちびさんたちは出られないのでいつもあたし一人だけの出演となるのだが、今日は相棒がいてくれた。
「名前は伏せるけどね、一応。その子ね、小六? 小五? とかそのへんなんだけど、赤いめがねをかけてるの! おませさんじゃない?」
視聴者さんのコメントと配信はややタイムラグがあるので、ここでコメントがあたしの配信用の画面に届く。
「あっ、めるり……さん、『おばさんてw』。え、もうおばさんだよ、だってその子のほぼ二倍だよ、歳。
レンレンさん、昨日も来てくれてたよね。ありがと〜。『結婚しよう?』って、だめだよ〜。ひーよんは、みんなのものだもん! って待って、めっちゃ恥ずかしい……言わせないでよね、まったく」
ファンにレスを送ったあとのあたしはたまに、ちょっと期待してしまって、変な間ができてしまう。《かわいい》とか《尊い》とか。先ほど言ったように微妙なタイムラグがあるのでファンの皆さんも課金したい気持ちはあってもタイミングが合わずにできなかったという人は意外と少なくないのだ。
「あっ……それで何の話だっけ? もう、レンレンさんのせいで忘れちゃっ……あ、そーだ! おませさんの話。それでね、その子――」
200
「あっ、グライド兄さん! いつもありがとう? スパチャだ〜。『俺のひーよん!』。そうです、あなたのひーよんです。もちろん、あなたのひーよんでもあり、あなたのひーよんでもあるんだけどね。あたしライブでほんとに全員に視線絶対送るもん。もうね、あれだよ。りりりぃ推しってわかってるファンの方にもがっつり視線送るからね」
▶︎ 月島@翻訳家兼カメラマン:いただきました。
「で、そうそう。それこそ、そのおませさん。休憩中にちょっとお話してたんだけどね、いきなり……いきなりだよ? 『アイドルさんって幸せですか』って訊いてきたの。あっ、月島さん『いただきました』。いえーい、画面越しにも熱視線。送っちゃうよ? へへ――あっ、でさ、あたしなんて答えたと思う?」
▶︎ くまおー(ZZZ):「幸せにきまってるじゃん」とか?
▶︎ レンレン@清水のパンダ:ひ・み・つ と言ってその子をスカウト
「あ、初見さんもガンガンコメントしてね! えーっと、しんぺいさん、Candyさんこんばんは、星集めかな? よかったらあたしもフォローしてね! 茨城でアイドルやってまーす」
こちら側からは通りすがり(どの配信でも一分間視聴するだけでもらえる無料ギフトの「星」を目当てにした視聴者さん)をはじめとするすべての視聴者さんの
あたしの配信の場合は普段はさすがにすべての方を追い切れないが、イベント中などでカラオケ配信や企画ごとなどをするときには、そんなふうに名前を呼ぶことで、あたしの配信の常連視聴者さんとなり、実際のライブにまできてくれたファンも結構いる。
「あーくまさんだ! 久しぶり〜。なになに、『幸せにきまってるじゃん』? 違うんだなぁー。いや、決まってるんですよ、もちろん幸せなんですけど……レンレンさん。うわー惜しい。いや、もうほぼ正解かな。
あのね。『君もなってみればわかるよ』って答えたの。よくない? 結構夢ある答えかなって思ったんだけど」
▶︎ しんぺい(秋からアイドル):通りすがりでしたがフォローしました^^
「あれ、あんまりうまいこと言えてない系……? って、おおっ。しんぺいさんフォローありがとうございます! えっ秋からアイドルになるんですか」
おませさんの話に反応があまりなかったからではなく、反応のあった初見の方には馴染んでもらうためも含めて熱心にレスを送ることにしている。
それについては元々のファンの方はもしかすると少し不公平な思いをしてしまうこともあるかもしれないけれど、「推しアイドルのファンが増える方が嬉しい」と言ってくれる人がほとんどだ。
▶︎ 須川ろむ(マロメロリーダーしか):たぶん「秋から」さんって九州の方のアイドルさん
▶︎ くまおー(ZZZ):さすがリーダー
▶︎ レンレン@清水のパンダ:当たったw
「あ、ろむさん。そうなんだ……ってなんか、そうだ、聞いたことあるかも。秋津だっけ? 唐揚げが有名なとこだよね。あー、そういうことね。くまおーさん、『さすがリーダー』ありがとう。レンレンさん、さすがです! でもその子、ほんと可愛かったしスカウトしたかったよ、実際」
ちらっとバレないように画面の端を見てみると、継続配信の規定である15分が経過して記録が622日に更新されたところだった。
話したいことも話したし、コメントの流れもそれほどよくないのでそろそろ告知をして終わらせることにする。
「あ、じゃあ、そろそろ告知タイムしますね。まず2月8日の土曜日は水戸のエイティーンというライブハウスで『アイドルパーク』さん主催のイベントに出演します。あ、そうだ。それからその前に観覧フリーのイベントが大洗の――」
次回のイベント出演や公演情報、今日の取材のオンエア情報、それから各種SNSのフォローをお願いして、本日の配信を終える。観てくれてはいたものの、あまりコメントをしなかったというファンの方も最後だけは「お疲れさま」「おやすみ」とコメントをくれたりする。それだけだって、十分にありがたい。
配信が切れると、あたしはすぐに配信のトータルアセスメントをチェックした。「前回比較」というボタンをタップすると昨日からの変化を確認することができる。
最大同時視聴者数:484→472
内アクティブアカウント:90→88
トップファン:もやん@マシュマロメロン推し(1252GP)→グライド兄さん@マロメロ、ラブラドーる、Lipp'in(830GP)
投げられた有料ギフトスタンプ及びスーパーチャットの合計:2,021GP→1,441GP
┣有料ギフトスタンプ:1,701GP→1,241GP
┣スーパーチャット:320GP→200GP
┗トップファンの占める割合:24.7%→29.8%
トータルアセスメント:公式:ランク外(498pt)→ランク外(450pt)
継続配信:621日目→622日目
昨日が水曜日で、今日が木曜日(木曜日はグロウライブ全体の視聴者数が最も落ち込む)で、「もやん」さんを含む常連の方がほとんどいなかったことを考えれば何も驚くべき変化ではないが、一週間を通して見ても、あたしの配信のスコアは減少傾向にあった。
たとえば、コメントや無料ギフト、有料ギフトをしてくれて配信をちゃんと観てくれていた【アクティブアカウント】の数は100前後なので問題はないが、トップファンの貢献ポイントが無料ギフトを含めて830というのはやや少ない。
それでもトップファンの占める割合が三割近いということは、今回の配信では有料ギフティングをしてくれたファンの方は数人しかいないということになる。
詳しく見れば古参のファンの方で無料ギフトを投げずに500GP近くを有料で投げてくれた人もいたが、コメントはほとんどなかったのでろくにお礼を言うこともできなかった。
やっぱり、ちょっと、何かが……おかしい。
まるで計ったかのように、あたしの個人用のスマートフォンに通知がくる。おそらく鹿島めろんが配信を開始したのだ。
あたしがぴよじろうであるように、もしかすると……たとえば先程フォローしてくれたしんぺいさんの正体は〝めろん〟かもしれない。いいや、そうではないにしても、きっと視聴者472人の中にめろんがいて、あたしの言動を監視しているのだ。
「ねぇ、ちょっとおかしいよ」
有料ギフティングの少なさを、この街の誰かがきっと笑っている。そう思いかけて、あたしの脳裏に妹の声が蘇った。
「何か知ってるの……?」
放課後の過ごし方について、なぜかしら含みのある言い方をした妹を問い詰めると、彼女は心底落胆して姉を見つめて言ったのだ。
「ねぇ、ちょっとおかしいよ。ひー」
そんなの、わかってる。だけど、仕方ないじゃないか。誰か――いや、めろんによって、ちょっとおかしなことになっているのだ。
「誰もひーの敵じゃない。あたしはただ……」
「ただ、なに? 心当たり、あるんじゃないの。あるからそうやって言ったんじゃないの」
とはいえ、あたしだってつぐみちゃんの年齢の分だけ姉でありつづけているのだ。妹の機微くらい見なくたって空気感でわかる。
「違う。違うよ、ひー。わたしはただ……」
だけど、そんなあたしはやっぱりちょっとおかしくなっていた。躊躇いがちに俯いた妹が言ったのは、今あたしたちが置かれているこの現状とはまるで関係のないことだった。
「ただ……何?」
「ただ…………好きな人ができたの。それをお姉ちゃんに相談したかっただけ。鹿島めろんなんて関係ないし、彼女にだってきっとマロメロは関係ないよ。もういいよ」
「えっ……。えっ?」
つぐみちゃんの意外な告白に、あたしはまともなことばを返してあげられなかった。気がついたらもう彼女はあたしの部屋からいなくなってしまっていて、音が漏れないようにとお父さんが改装してくれた部屋のドアはもう閉まっていた。
「で、でもさ。おかしいよ……」
あたしの手元の画面には今日も鹿島めろんがとっても可愛くこちらを向いて笑っている。
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