変てこ発明家・真土才円の唯一の成功例

天宮伊佐

キュートな美人助手も大変です

「たんと君! どえらいものが完成したぞ!!」


ある日の夕方。リビングでハーブティーを啜りながらTVを観ていたわたしの耳に、今日も甲高い叫び声が響き渡りました。


またしょうもないものを作ったのだろうなあ、と思いながら、わたしはひとまずその叫び声を無視します。


「おおい、たんと君! 早く来てくれえ!」

ここは世界で一番変てこな発明家・真土まど才円さいえん博士の研究ラボです。


「たんと君! 聞こえとるんじゃろ! わしの助手のたんと君!!」 

わたしの名前は足素あしすたんと。このラボで、真土博士の美人助手を務めています。


「たんと君! 早くこんと、先日発明した偵察ドローンでこっそり盗撮していたキミのシャワーシーンをYoutube に上げるぞお!」

わたしは溜め息をつきながらTVを消し、博士の研究室に向かいました。



「遅いじゃないか、たんと君」

研究室に入ると、白衣を纏った真土博士は憮然として言いました。

ふさふさの総白髪。すらりとした長身。掘りの深いソース顔。

今年で御歳おんとし73歳になる博士の外見は、意外とイケています。

「もうキミのシャワーシーンはYoutubeに上がってしまったぞ」

中身はクソです。

「美人助手を盗撮だなんて、本当に博士は最低ですね。告訴の準備をしてきます」

「嘘じゃよ、たんと君」

身を翻しかけたわたしを、博士は慌てて引き留めます。

「年寄りのかわいい冗談じゃって。Youtubeへの動画アップ方法なんて分からんよ」

やはり盗撮自体はされていたようです。


「そんな些細なことよりも、聞いておくれたんと君。今日も儂はどえらいものを作ってしまったんじゃ」

そんな些細なことじゃあないだろうと思いながらも、私は口には出しません。

「博士。今日は何を発明したのですか?」

真土博士はクソジジイですが、タチの悪いことに技術力のあるクソジジイです。

その知識と技術を駆使して、博士は今までに様々なものを発明してきました。


何でも透視できる眼鏡。わたしの裸を見ようとしてきたので叩き割りました。

究極の媚薬。フェロモンが強すぎ大量の蟲が集まってきたのでトイレに流しました。

時間をセーブ&ロードできる時計。時空警察に追われそうなので捨てました。

白菜の味がするレタス。なんだか微妙だったので庭に埋めました。

夜ごとに髪が伸びる日本人形。『実は作った儂にも原理が分からん』と言われたので怖くなってお寺で焼いてもらいました。


もはやわたしは博士の助手というより、このジジイに馬鹿なものを作らせないようにする監視係という側面のほうが強い気がします。


「ふっふっふ。今日の発明は、これじゃよ」

そう言った真土博士は、部屋の隅に置いてある大きな板を指さしました。


「何ですか、これは」

長方形の、縦が2mほどある大きな板です。

よく見ると、表裏に一つずつ、真鍮製のドアノブのようなものがついています。

まさか。

「ふっふっふ。これはな、距離の概念を覆す代物しろもの

真土博士は二度目の含み笑いをしながら言いました。

「開ければどこまでも行けるドア、『どこまでもドア』じゃよ!」

うわあ。

「うわあ。」

わたしは思考と言語で同時に言いました。

「うわあとは何だ」

博士は心外そうに言います。

「だって、パクリじゃないですか」

「失敬な。完全なオリジナル発明じゃよ」

「いや、だって見た目から名前から何から……」

「知らんよ。コミックボンボン派じゃったから知らんよ」

嘘です。絶対に知っています。

「さあ、さっそく使ってみよう。たんと君、どこに行きたいかね?」

使い方の説明は全くありませんでした。もはや完全に知っている前提です。


「じゃあとりあえず、安直ですがアメリカにでも……」

「よしよし、定番じゃな」

わたしが提案すると、博士はドアノブを握りました。

「アメリカ!」

言いながらノブを回し、どこまでもドアを開けます。音声認識らしいです。

ドアをくぐると、わたしたちの目の前にはアメリカが広がりました。

色とりどりのビル。鳴り響くクラクション。道端でジャンクフードを齧っている外国人。少し埃っぽい空気。海の向こうに見える自由の女神。ニューヨークです。これでもかというくらいアメリカです。

「さて、本場のジャンクフードを満喫しよう」

そう言った真土博士は、奇異の視線を向けてくるアメリカの人々をガン無視してニューヨークに足を踏み出しました。わたしも後に続きます。

寒空の下で食べる本場のロブスターロールは、とっても美味しかったです。


「よしよし、発明は完全に成功だな。この調子で世界を周ってみるか。インド!」

博士とわたしは、世界のあらゆる名所を旅しました。マチュピチュ・万里の長城・サグラダファミリア・ナイアガラの滝・はりまや橋。何しろ移動時間が一切かからないのです。ほんの少しの時間だけで、わたしたちは世界中の観光を楽しみました。


「いやあ、楽しかったですね」

ラボに戻ってきたわたしは、うきうきして博士に言いました。

「最後に行った南極は、流石に寒かったのう。へっくし!!」

博士は大きなくしゃみをしました。南極に限らず、急激な気温と空気の移り変わりは老体には少々キツかったようです。

「確かに寒すぎましたね。ペンギンも、思ったほどかわいくなかったですし」

でも、わたしはどこまでもドアには心底満足していました。

これまでの、しょうもない発明とは比べ物にならない楽しさでした。

「やっと博士がまともで素晴らしい発明をしてくれて、わたしは感激です」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

博士も上機嫌です。まあ名作のパクリなので、素晴らしくて当然ですが。

鼻高々といった様子で、博士はドアノブを握ります。


「さて、では次は火星にでも行ってみるか」


ほらきた。

こんなオチだと思いました。


「駄目です、博士。地球外に行ってはいけません」

「えっ、なんでじゃい?」

わたしがきつく言うと、博士はドアノブを握ったまま意外そうな顔をします。

技術力は高くても基本はクソジジイ。油断すると、すぐコレです。


「他の星には大気がありません。ドアを開けてしまうと、気圧差やら何やらでえらいことになってしまいますよ。映画の『トータル・リコール』の最後らへんみたいに」

「あっ、なるほど。それは当然じゃな」

わたしが説明すると、博士はうんうんと頷きました。

「大科学者ともあろう儂が、失念しておったわ。危うく天国行きじゃったな」

しれっと自分は天国確定のつもりです。

わたしはイラッとしました。

なので、つい言ってしまったのです。

「たぶん博士は、天国じゃなくて地獄行きですよ」


「ほっほっほ。それもそうか。まあ儂みたいなものは……へっくし!!」


ドアノブを握ったまま、博士は再びくしゃみをしました。


そのはずみで、ドアが開きました。


音声認識で行き場所を決めるドアが、開いてしまいました。



どこまでもドアは、地獄への門を開けてしまったのです。






そこは、熱気と瘴気と悲鳴の渦巻く世界でした。

空には暗黒の太陽が煌々と黒い光を放っています。

賽の河原では、人間が積み上げる石を屈強な鬼が蹴り倒しています。

血の池では骸骨のように痩せ細った亡者が溺れ、溶岩風呂では罪人たちがぐつぐつと煮られ、針の山では大勢の人間が身体を貫かれていました。


「なんだ。生きた人間が来よったぞ」


10mはあろうかという大男が、博士とわたしをぎろりと睨みつけました。

豪奢な衣服を纏い、『王』と書かれた帽子を被り、手には最悪の進化を遂げた靴べらのようなものを携えています。

なんということでしょう。

これはもう完全に閻魔大王です。


「現世にありながら地獄を見物みものにしようとは、何たる不届きか! 許せぬ!」

文字通り地獄に響き渡る咆哮をあげ、閻魔大王はわたしたちに突進してきました。

「ひ、ひええ!」

博士は慌ててドアを閉めようとします。

「させるか! 鬼ども!」

閻魔大王の号令で、無数の鬼たちがドアに群がってしがみ付きました。

「ぎゃああ!」

屈強な地獄の鬼たちと、70越えのクソジジイ。腕力の差は歴然です。

博士がどう踏ん張っても、ドアを締められるわけがありません。

のっしのっしと、閻魔大王が最悪の靴べらを振り上げて近づいてきます。


「たっ、たんと君!! 助けてくれえ!!!」



了解ラージャ



わたしは右の手首から先を取り外し、埋め込んでいた筒をドアの先に向けました。


「波動出力究極アルティメット……3、2、1……充填チャージ完了。さようならジャックポット縮退砲インビンシブルキャノン、発射」


わたしのコールと同時に、ドアの先に向けて600エクサジュールのエネルギーが照射されました。


亡者も鬼も閻魔大王も黒い太陽も、その全てが1ナノ秒で消し飛びました。



「ほひぃ~。た、助かったわい……」


ぱたんとドアを閉めた博士は、その場にへなへなとくず折れました。


「だから博士、いつも言ってるでしょう。しょうもないものを作っちゃ駄目って」

右の手首を嵌め直し、わたしは今日も博士にお説教を始めます。

「博士が作るのは、いつも人に迷惑をかける物騒なものばかりなんですからね。……たった一つの例外を除いて」

そうです。

変てこ発明家・真土まど才円さいえん博士が唯一生み出した、キュートで人畜無害な成功例。

それが、美人助手機械人形オートマータであるわたしなのです。

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