第十四話 制服エプロンは、別に男の夢ではないなんて話はしなくていい
二人でバスに揺られる。別に、なにもハプニングは起きない。もう、二人で登校も何回もしている。それでも、何も起きないのだから、何も起きないものは何も起きないのだ。
ハルカが何を想像しても、ヨシタカの身に、ラブコメ的な現実は起きないのだ。
「制服エプロンで起こして欲しかったですか」
サナの口から発せられた言葉は、健全な男子高校生を社会的に抹殺するのに十分な威力をもったワードだった。
制服エプロンーー。
そんなものはファンタジーの中にしか存在しないものだ。
朝起こしにきて、さらに朝食を作って、一緒に登校とか、どこの少年漫画の主人公だ。一昔前のセンスだ。今だったら、もう少しひねりを加えるものだ。
「そんなことはしなくていい」
「そうですか。ハルカちゃんが、してあげると喜ぶって言ってたから」
主犯は、もう分かっているから。いつも同じ人物が暗躍しているのだから。仕掛け人が、仕掛けすぎだ。
「他に何か言ってなかったか?」
「スクール水着が好きとか」
それは、全人類共通だ。というか、従妹に、変なことを吹き込むな。たぶん、いや絶対、サナの方が、妹より純真なんだから。だから、頼むから、バスの中で、おかしなことを訊かないでね。
話をかえよう、ヨシタカは、そう思った。
「サナ、この前の水族館はどうだった?」
「うん、楽しかった。魚を見るの、久しぶりだった」
「四人で出かけるのも久しぶりだったな。三人とかでは、どこか行くのか?」
「たまに。服とか買いに。一緒に来たかったりする」
「いや、やめとく。気まずいだろうし。俺も女子だったらよかったけど」
ヨシタカがそう言うと、サナは何か言葉を思い浮かべようとして、考え込んでいる。
「ハルカちゃんが言ってたような、そういうのーーえっと、男の・・・子?」
「サナ、ストップ」
話が戻ってこようとしていた。『コ』は子じゃなくて、娘の方だけどな。そして、そんな女装願望はないから。
「えっーー」
ストップと言った瞬間に、バスもちょうどよくブレーキをかけたようで、サナの身体がヨシタカの方によろめく。さすがにつり革を握っていたので、全体重をあずけることはないが。
「サナ、大丈夫」
「うん。でも、やっぱりいい身体してるね」
サナはパッと離れながらも、ヨシタカの運動部の肉体への感想を言う。特に、顔も赤らめたりすることない。逆にヨシタカの方は、中学生になったサナの少し成長した丸みが数瞬押しつけられて、平静を装っていたが。
「顔、すごく赤い」
サナは、ヨシタカの顔を見上げて、ぽつりとつぶやいた。
「まだまだ、免疫がついてないからな」
「ハルカちゃんが、悪い女にひっかかりそうって言っていたの、思い出した」
なぜ、今それを思い出したのか、問い詰めたくもなるけど、ヨシタカは、バスの中にいる同じ学校の生徒がかなり見てきていたので、何も言わないことにした。
サナは目をひく方の容姿に入るだろうし、高校生が中学生をナンパしているように思われかねない。そこまで目立たない方がいいだろう。
†††
野球部の部活メンバーであるシンヤと、ひさしぶりに昼食をとっていた。サナから弁当をもらっていたけど、サナは、今日はハルカと一緒に食べるようだったから。
「さぁ、現状の説明をお願いする」
「僕は、クラスの事情通枠にいれようとしないでよ。だいたい、水族館とか言ったり、お弁当なんて食べたりしれば、噂になるよ。今日も一緒に登校してたよね。もう冬だよ。クリスマスは、どうするつもり」
「言わないでも、噂が流れるんだろ」
「まあ、たぶん。もっとマイナーな場所に行かないと。隣の県とか行けば?」
「そんな暇あるかっ」
「まあ、それはそうだ」
冬でも練習は絶えないし、勉強もしっかりとやらされる。土日が空いてない時点で、隣の県とかまず行けない。
「ヨシタカ、僕を甲子園に連れてってね」
「キモい」
そんなセリフを男から言われたくない。
女子からもできれば言われたくない。絶対、断り文句だろう。現代のかぐや姫だ。とにかく可愛ければ、意地でもいかないわけにはいかなくなるけど。
「それに、連れってたら、何かメリットでもあるのか」
「よし、僕がつきあっーー」
びゅっと拳を出すと、シンヤはさらっとかわして、へらっと笑う。
「冗談、冗談。どうやら、青春野球漫画みたいな展開にはなってないようで安心したよ」
当たり前だ。
ミナが甲子園につれてってなんて言うわけないだろう。マネージャーで、うちの野球部の実力は十分知っている。一回戦負けとかはしないだろうけど、準決勝に行くことができれば、御の字レベルだ。
「夏までにプラス五キロだな」
シンヤは、真剣な顔でヨシタカに言った。
「なんだ、体重か」
「体重もだけど、速球がーー」
「まだ上がると思うか?」
「あげなきゃ勝てないよ。三点は入らないと思った方がいい」
「頼りになる打線だな。無理だろ・・・・・・どうした、甲子園に行ったら付き合ってあげるとか言われたか」
「・・・・・・」
シンヤは肩をすくめる。
おい、言われたのは、おまえの方だったのか。一人、青春野球展開しているのか。
「まあ、僕の恋愛事情は、ともかく。きみは、できるだけ早く決めなよ。まさか甲子園行くまで宙づりじゃないんだろう」
「そうだな」
本当は、練習なわけで。そこまで長くする必要ない。というか、夏の大会まで行けば、練習しているだけ本番がないという状態だ。サナと恋愛の練習が終わっても、もう、みんなカレシカノジョを作る時期ではなくなって、受験まっしぐらだ。
でも、練習が、いつの間にか、練習ではすまなくなりそうな、そんな予感がひりついている。
「まあ、できるだけ長い夏にしようね」
「できるだけな」
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