第十五話 クリスマスの曜日が休日とは限らないけど、夜は等しくやってくる
K駅の南側にあるショッピングモールの前には、大手予備校の大きな建物がある。待ち合わせるのに、ちょうどいいので、ヨシタカとサナは、その周辺で待ち合わせた。
ヨシタカは地下鉄の駅を降りて、駅内を西にずっと歩いて行き、牛丼チェーン前の横断歩道をわたっていく。横断歩道の手前で気づいたけど、すでにサナは待っていたようだ。前回も待たせてしまったし、申し訳ない思いがした。
サナは、街路樹を円形に囲む椅子に座って、小さい文庫本を読んでいた。
「サナ、待たせたか」
「いえ、さきに東館の本屋にいたので」
「ああ、そうなんだ」
ショッピングモールは、東西の館に別れている。東館の二階は、本屋になっている。ヨシタカは、遠いし、まず行くことない。大きめの本屋に行くときは、三条や四条通りの本屋ですましてしまう。
「何の本?」
「『タタール人の砂漠』、延々と待っている間に時間が経っていくの」
「おれ、そんなに待たせていたか」
まあ、サナは、そんな皮肉を言うタイプではないけど。それにヨシタカに皮肉という遠回しの表現が通じるとも思っていないだろうから。
「ううん、全然。ああ、そうだーー待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかねっていうのがあるね、太宰だけど」
「待つ方がつらいだろう」
「そうだね。行こう、映画。始まるから」
サナは本をショルダーバックにしまった。
時計を見ると、十分前だ。映画は、予告やCMもあるから、映画の上映時間から、5分ぐらい遅れても余裕で間に合うものだけど。
サナが、自然と腕を前に出してくるから、ヨシタカは、その腕を取った。冬の中、外で待たせるのは、やはり申し訳なく思った。サナの手の寒さが、ヨシタカの皮膚から心へと浸透してきていた。
冬のショッピングモールの中では、カップルたちが多いが、同じくらい家族連れもいる。クリスマスの赤緑白の色が、あちらこちらに飾られている。四階までエスカレータを上がっていく。エスカレーターから見える吹き抜けには、公開中の映画のタペストリーが天井からつるされていた。
「アニメでいいのか」
「もう予約してる」
「まあ、そうだけど。もっとハリウッド系でもいいぞ」
「ヨシタカが見たいから」
「まあ、そうだけど」
単調なものだったら、部活の疲れで眠ってしまうかもしれない。映画館は、ただでさえ暗くて眠るのにちょうどいい温度の空間だから。さすがに、恋愛の練習でも、途中で眠ってしまうわけにはいかないのは分かっている。
「寝たら、起こしてあげる」
映画館で予約したチケットを発行すると、スクリーン7番へと向かった。暗い場内で席に座り、いくつかCMが流れると、映画が始まった。
かぐや姫の竹取物語をアニメ化した物語が淡い絵本のように流れていく。流れる水のように、水彩のような絵がうごめていく。
光輝く竹のシーンから、すでに若干眠たくなっていたヨシタカだった。映画館で買ったアイスコーヒーのカフェインでなんとか眠気を抑えていたが、徐々に視界は黒く染まって、夢の世界に行こうとしていたが、突然、左手をぎゅっと握られて、目が覚めた。
横を見ると、サナが、少し口角をあげて、笑みを浮かべていた。ヨシタカは、画面に目をもどした。
もう月に帰る少し前だ。
サナは、少し眠らしてくれたのか。
最近、部活疲れがたまっているからな。
もう、寝ないようにしないと。
そうして、ヨシタカは、月に戻っていくまでを見届けた。
†††
映画を見終えると、K駅の方へと向かった。時刻は九時前。K駅のクリスマスツリーが見える長い階段には、何人もの男女が座っている。
ヨシタカとサナも同じように、階段の一つに腰掛けた。
都市の夜景とクリスマスツリーのイルミネーションが、空想的なSFのセカイのようだ。
「ごめんな、眠ってて」
「ううん、いい。疲れてるのは、分かってるから」
「シンヤのやつが、あと5キロあげろとか無理なこと言うから」
まさか、ここまで練習ばかりになるとは。
青春が泥と汗の青春になってしまうようだ。
「無理なの」
「あと5キロ上がれば、今年の最速ピッチャーになれそうだな」
「頑張る?」
「できるだけ」
「そう」
暗い夜の空気は、とても冷たい。サナは、手を温めるように白い息をはく。
「手袋持ってないのか」
「忘れちゃって」
「つけていいよ」
ヨシタカは、自分がつけようとしていた手袋をサナに渡す。
「いい。ヨシタカの手の方が大事」
「俺は、バイオリストやピアニストじゃないぞ」
「でも、大事な手でしょ。あっ、半分こにする」
サナは、そう言って、右手の手袋だけを取る。そうして、ヨシタカに、左手の手袋をつけるように言った。
そして、最後に、二人の左手と右手がぎゅっと握られた。
「これで完璧」
サナは、そう言って、ヨシタカの方に少し身体をあずけた。ヨシタカに比べると、まだずいぶんと小さな身体、軽くて華奢で。
「もう終わりにする」
氷が砕けるようなカノジョの言葉は、冬の凍える空気の中を吹き抜けていく。ネオンの球体が、ストライクやアウトの光に見える。黄、黄、赤、緑、黄、赤、緑、緑、赤ーースリーアウト。
人は大勢いるはずなのに、沈黙があたりを支配しているように感じる。
「まだ免疫がつかないんだ」
まだ、心臓はドクドクとこんなにも脈打っている。寒さを忘れるくらいに熱くなっている。
「いつか付くの」
「分からない」
「そっか」
ヨシタカの目に映るサナは、やけに大人びていて、遠い目で夜景を見ていた。月が都市空間の奥、雲の上に座っている。
本当の恋ーー、真実の愛ーー。
そういうものが知ることができたら、自然とこの鼓動は落ち着いてくれるのだろうか。引き絞られた弓のように張り詰められた緊張感が弛緩して、矢が放たれて、恋人という名の関係ができれば。
しばらく、時の経つの忘れて、ぼんやりと光の幻想を見つめながら、意味のない思考が、泡のように浮かんでは消えていた。
「やっぱり寒いね、ここ」
「ああ、そうだな」
「・・・・・・帰ろう。それで、明日はお姉ちゃんとハルカちゃんと一緒に、ケーキ食べよう」
一緒に、北口のバスの停車場に行って、北山方面に行くバスに乗った。夜の遅い時間帯でも、バスには多くの人がのっているが、座れるくらいの余裕はある。K駅発のためでもあるが。
「ヨシタカは、何か、わたしにして欲しいことないの」
「ん、なんで?」
「ハルカちゃんが、プレゼントはわたしってーー」
「それは、拒否したはずだ」
「だから、他に何かないかなぁって」
「特にないが」
「使用済みの何かがいいってーー」
「それは嘘だ。信じるな」
なにをふきこんでいるんだ。使用済みの一体何を渡すつもりだ。危険な香りしかしない。確かに、女子の使っているリコーダーをなめたと自慢する馬鹿もいるが、その中に俺はいない。そこまで女子への趣味をこじらせていない。靴下をあつめて喜んだりもしないし。
しかし、何か具体的なものを言わないと、変なものを送られかねないな。
「ミニスカサンタコスもオススメされたけど」
「なぜ、ミニスカである必要がっ」
「ヨシタカ、着てみたい」
「着るの、俺なのか。絶対、ごめんだ」
「冗談。もうね、準備してある。これ」
「これ、時計か」
「そう、お寝坊さんのようだから、二代目」
ボール型の目覚まし。バランスを保つために、足が二本ついている。サイズは野球ボールというよりソフトボールの大きさに近い。
「ありがとう」
まあ、部活には遅刻したことはないんだけど。2台に増えて困るものでもない。
「毎日モーニングコールの方がよかった?」
「うん、それもいいかもしれないけど、疲れるだろ」
「わたしは、大丈夫」
「やめとこう。恥ずかしいから」
中学生に毎日起こされるとか、駄目人間まっしぐらすぎだ。
「それで、ヨシタカは、何か準備してきていたりする?」
当然、ヨシタカもクリスマスに恋人といるとなれば、何かプレゼントのようなものを準備してきていて当然ーー。
「これ」
「小さな箱?」
サナの手のひらの上に、箱を置く。
「ちゃんと中身あるから」
「あけていいの」
「もちろん」
サナは恐る恐ると箱をあける。別にビックリ箱ではないんだけど。
「ネックレスーー」
三日月の形をしているシルバーの首飾り。サナの落ち着いた印象によく似合っていると思った。
普段、首元に何かアクセをつけるタイプではないようだけど。
「定番だけどな」
「嬉しい。ありがとう」
サナは、そう言って、箱の中に丁寧にしまい直す。
「つけてみないのか」
「また、今度。ーー応援するときは、これを握って応援すればいい」
「たぶん、そこまで長いチェーンじゃないから握りづらいと思うぞ」
「だったら、手で持ってる」
大切そうに、箱をバックに入れる。
バスは堀川通沿いを上がって、今出川通を超えていく。
夜が、静かに窓の向こうに佇んでいる。
窓に映った二人の姿は、恋人なのか兄妹なのか、分からない。いつもの距離感ーー。変わらない従兄妹同士の平行線が続いている。
抱きしめ合うこともなく、キスをすることもない小さな火種の淡い恋は、燃え上がることをお互いに避けているようで、ほのかな温もりだけに包まれていた。
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