第十三話 秋が過ぎると、冬が来て、となるとーー
水族館でのお出かけも終えて、紅葉が散っていくと、当然、季節というものは冬になる。冬の訪れをつげるのは、雪の到来ではなく、底冷えする寒さだ。たしかに、山の上あたりには、雪化粧が見られるが、盆地に雪が降るのは、年に十回もない。
日が落ちるのも早くなり、練習も体力をつけるためのランニングやダッシュが中心になっている。夏のシード権を得るための春季大会まで練習試合もない。夏の喧噪もなく、秋の哀愁もなく、静かな眠りのーー。
「冬と言えばーー」
「基礎練習」
「クリスマスだよ、馬鹿なの死ぬの」
死ぬのは、さすがにひどくないか、ハルカ。
部屋に来たハルカは、ヨシタカのベッドに腰掛けている。風呂上がりのサイドポニテ姿。
「人は、クリスマスを愉しむために、恋人を作るんだよ。サナちゃんと、ちゃんと予定は立てているの」
でも、クリスマス前にも、よく別れるということも訊くんだが。まあ、サナとは、のらりくらりと恋愛の練習がまだ続いているし、クリスマス前に練習をやめる予定もないが。まだ、全然何を考えているのか分からないから。
ヨシタカは、妹のクリスマス論を聞きながら、12月のスケジュール帳をめくる。
案の定ーー。
「普通に部活があるんだが」
「大丈夫。クリスマスは夜に始まり、夜に終わるから」
「で、どこに行けばいいんだ」
「兄が、未だに指示待ち族だった。なに、野球部に所属していると、そうなるの」
ハルカは、かなりがっくりときているのか、頭を抱えている。
そして、野球部にまで風評被害が広まったようだ。
「近場なら、植物園のイルミネーションでも見に行けばいいんじゃない」
たしかに北大路通りだから、すぐだが。
「ハルカは、カレシと行かなくていいのか」
クリスマスの遅いデートとなれば、できれば家の近くでデートしてくれた方が、兄としては安心だ。植物園は、妹がデートに使った方がいい、とヨシタカは気を遣う。
「あ、あー、そうだね。その話は、まあ、どうでもいいでしょ」
露骨に目が泳いでいる。なんだ、そんな設定あったよね、みたいな顔して。というか、もしかして、別れたのか。
妹を振るーーよし、あとで野球部一同でフルボッコにしよう。安心してくれ、ちゃんと金属バットを使うから。腕を怪我するわけにはいかないからな。
「お兄ちゃん、なに考えているの?」
「え、闇討ち?」
「あー、もう、分かった。植物園は私が行くから。お兄ちゃんは、K駅近くのショッピングモールにでも行けば。駅ビルにも大きなツリーのイルミネーションもあるし、まだ映画デートもしてないだろうから、映画も二人で見たらいいよ。」
ハルカが、早口でまくしたてる。
妹は、いったい、いくつデートコースを仕入れているのだろうか。そういう女性誌でもあるのか。それとも、昔、カレシと行った的なやつか。
「なあ、サナって好きな映画のジャンルとかあったか」
「本人に訊きなよ。本人に。わたしを間に挟まないっ」
ごもっともな返答がかえってきた。
ヨシタカは、スマホをつついて、サナと連絡をとって、クリスマスの予定を決めていった。
†††
朝、ヨシタカの身体はゆすられていた。冬の布団は離れがたい魔力を放っていて、少しの揺れ程度では眠りの底から起き上がる気にはならない。揺すってくる小さな手から逃れるように、布団を身体に巻き付けて、揺すってくる人物とは逆向きの方に身体を向ける。
「起きてください」
「あと、五分」
まだ、目覚ましも鳴ってないし、今日は月曜日だ。サナとのバスの時間はあるけど、まだ眠れるはず。ヨシタカは、夢うつつの中で、まだ眠れる言い訳を考えながら、ベッドにしがみつく。
「ヨシタカ、起きないと遅刻するよ」
ん、この声は。
母じゃない。それに、妹でもーー。
いや、そんなこと、どうでもいいか。
「お兄ちゃん、おきて」
「ハルカーー、あと、ちょっと」
「ヨシタカくん、起きないと、お姉ちゃん困っちゃうなぁ」
起きた。
お姉ちゃんを持った覚えはない。ミナは、ギリギリ誕生日的に従姉だけど、同級生は姉ではない。
ヨシタカが、起き上がり、振り向くとーー。
「あ、起きた」
カノジョがいた。
サナは、キョトンとしたような顔だ。いきなり起きてビックリしたのか。
ビックリしたのは、こちらの方だ。だが、ヨシタカは、年上としての矜持を保ちきっていた。
「俺と永遠の眠りにつかないか」
「それは無理心中的な・・・・・・」
「ごめん、冗談。起きる」
ヨシタカは、目の前に現れた制服姿の幼い姉を横目にたちあがる。
そう、なにもなかった。
普通、こういう起き抜けの姿は、女子が見せるといいもので、高校生男子が見せても仕方ない。
「お兄ちゃん、どうだった。カノジョに起こされる気分は?」
正規の妹が、ヨシタカの目の前に現れていた。
「寿命が縮んだ」
「なにそれ。普通、夢の中で、セクハラしていたら、現実でも寝ぼけてセクハラしていたというくらいできるんじゃないの」
妹が、俺のことを、おかしなラブコメ主人公と同一視している件について、ヨシタカは、諦めまじりにリビングへと歩いて行った。妹の発言に反応するほど、元気はない。寝起きドッキリで、心臓があまりしっかり動いていないからだ。
「で、なんで、サナが、おれの家に?」
リビングの椅子に座って、食事をしていると、ようやく落ち着いてきた。テレビも、普通に天気予報を流してくれて、日常というものだ。ヨシタカは、安心して、周りを見回す。
当然、サナがいる。
「起こしに来た」
「なるほど、どうして」
「カノジョだから」
「今まで、来てなかったが」
「ふつつかものでした」
なるほど。うん、分からない。
まあ、サナの横で小悪魔的な笑いを隠しもしない我が妹のせいに違いないが。なぜ、妹は、こうも発想が男子中学生の妄想なのだろう。
「あ、おはようのキス」
「そんなセリフはいらないし、そんなことはする必要はない」
クリスマス前なのに、この猛攻とはーー。ヨシタカは、箸を終えて、制服姿の従妹を見る。
「ハルカ。プレゼントはわ・た・し、みたいなことを考えてないよな」
「・・・・・・」
ヨシタカは、顔をそむけたハルカを見て、一人ため息をついた。
免疫をつける前にオオカミになりそうだから、やめてくれ。
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