第十二話 公園で時間を潰せば、水族館の予定にちょうどいい

 11月の最後の週末。

 ヨシタカとミナは、部活が終わってから、すぐ水族館へと向かう予定だった。けれど、昨夜の雨でグラウンドがつかえなかったので、水族館での待ち合わせ時間には、少し空いた時間ができた。

 ヨシタカは、のんびり向かえばいいか、と考えていた。しかし、ミナから水族館近くの公園で歩かない、と誘われたので、早めに一緒に行くことになった。

 水族館と同じくK駅西の近くにある公園は、災害時の避難場所でもあり、そこそこ大きい都市の緑化公園だった。昨日降った雨のせいで、芝生は少しぬかるんでいる。ヨシタカとミナは、芝生広場を脇目に公園の歩道を歩いていく。


「サナは?」


「図書館行ってるみたい。美術館近くの」


「そうか。妹は、まだ部活中だな。室内競技は、雨とか関係ないし」


 今日のバスケの練習は、午後練のようだし、妹は、まだ練習をしているはずだ。


「さすがに、ドームがある高校なんてないからね。ナイターとかなら、あるところはあるみたいだけど」


「金のかかりそうなこった」


「でも、学校近くにグラウンドがあるだけマシでしょ。中学の時は、嵐山近くまで行ってたんだから」


 ああ、あれは意味不明だったなぁ。自転車で移動するのが、すでにウォーミングアップだった。まあ、市内の中心地の土地代が高いせいだろう。

 ヨシタカとミナは、道沿いに歩いて行き、公園内の有料施設に向かう。庭の手入れがきちんとされた庭園と呼ぶにふさわしいエリアだ。大きな池や滝も設置されていて、今は美しい紅葉が水面に反射している。

  池の端の部分同士をつなぐ桟橋から、池全体を眺める。


「で、結局、サナを落とせそうなの」


「興味津々だな。うちの妹とおなじくらいに」


「だって、わたしの妹だし。もし二人が付き合って結婚でもすれば、わたしのこと、お義姉さんって呼ぶんだよ」


「だれが、呼ぶかっ」


「恥ずかしがり屋ね。お義姉ちゃんって、甘えていいんだよ」


「おまえら姉妹は、俺に何を求めているんだ。昨日は、サナに膝枕させられるし」


「そんなことしてたの」


 ミナが、ひくわーという目で見てくる。

 膝枕は、まだセーフな気もするが。カップルなら、少しはやってそうだ。


「ヨシタカって、あれ。付き合うと赤ちゃん言葉で甘えてくる系の男子だったりするの」


「おい、やめろっ。そんな訳あるか!」


 そこは、絶対に否定しておきたい。

 ミナは、そんなヨシタカの反論を背に、池の方を見つめ直した。紅葉が水に映し出されている。サナと見たライトアップの紅葉を思い出す。馬鹿なセリフを吐いて、手をつないでーー。


「ヨシタカは、結構抜けてるところがあるから、心配なんだよね。成績は悪いし、遅刻はするし、空気読めないときあるしーー」


 普段の口調。いつものペースで、小言が、つむがれていく。

 ゆれる水面。暮れていく空の赤さが、全体を暁の空間に染めていく。


「サナを練習になんかしたら駄目だからね。ボールは一球目しかないかもしれない。手を出したら、もう転がっていくんだから」


「また、冗談を」


「冗談じゃないから。あの子、うれしそうだし」


「ホントか。あんまりわかんないんだが」


「まあ、愚鈍なヨシタカには、秋の空レベルに感じるんだろうけど。あんなにわかりやすい子でも」


 それは、おまえが姉だからだろ。

 こっちは、従妹だし、年齢も離れているし、異性だし、全然分からないんだが。




 †††



 水族館前で、妹とサナに合流する。サナは、紅葉を見たときの格好に近いけど、上着をしっかり着ている。さすがに、そろそろ寒くなってきているから。妹も似たような服装に、カジュアルなロングコートをしていた。

 

「おしゃれしてきたんだな」


「当たり前でしょう。お兄ちゃんは、中学生女子をなんだと思ってるの」


「性欲の対象でしょ」


 横にいたミナが、あまりにもひどい返しを言っていた。その返しに、サナは、ジーとヨシタカを見ていた。


「そんなわけないだろう。可愛い孫みたいなもんだ」


「お兄ちゃん、そこまで干からびていたなんて」


  哀れみの目をやめろ。安心しろ、性欲はあるから。


「じゃあ、お兄ちゃん、お手を拝借。両手に花で行こうか」


 妹は、俺の右手をとって、サナと無理矢理つながせ、自分は左手をにぎった。ニコニコしている妹が怖いんだが。なにを企んでいるのか。普通に、四人で出かけるでいいじゃないか。


「お姉ちゃんとも後で変わるからね」


「あはは、とりあえず、チケット買ってくるね。その状態だと買いづらいだろうし」


 ミナは、小・中学生と高校生のチケットを二枚ずつ買ってきた。

 それから、水族館の入り口を抜けるとき、かなり気まずかった。なにせ、女子三人を連れて、二人とは手をつないでいるのだから。どうみても修羅場まっしぐらの男のようだった。


 水族館に入ると、妹は、早速手を離してしまう。結局、何がしたかったのだろう。魚の方に興味がひかれてしまったようだ。背伸びしているようでも、中学生ということだ。


「どうする、片手空いたけど、さっそく」


「いいわよ。ヨシタカは、そっちの手を離さないようにね。はぁ、いつから、こんな女たらしになったのか」


「お姉ちゃんも、つなごう」


 サナが、隣でミナに呼びかける。


「なんだか、のせられているような気がする」


 ミナは、乱暴にヨシタカの手をひったくる。のせられてるって、まさか妹はサナとも手をつながせるために、わざとーー。いや、余計な詮索というか推測というか、邪念だな。


「お姉ちゃん、別に遠慮はいらないんだよ。どっちが先とかないんだし」


「まあ、腕は二本あるしな」


「・・・・・・・・・・・・サナ、本当に、こいつでいいの」


「うん」


 姉妹は、ヨシタカを挟んで、二人だけで理解しあっていた。ヨシタカには、何が言いたいのか、いまいちわからなかった。ふと、ヨシタカが前方をみると、ハルカが、こちらを見ていた。ハルカは、腕をくんで、力強くうなずいていた。

 ハルカも、なにを考えているのか。

 こうやって、二人に手を取られたのは、いつ以来だろうか。そのときは、たしか、二人に引っ張られてーー。


「ほら、行くよ」

「行こう」


 強く握られる。

 それが、なんだか、とても切実に思えて。

 一緒の方向に向かっているはずなのに。


 ーーもしかして、二人のうち、どっちか選べって、そう言いたいのか。

 練習期間なんてものはなくて、時間は一歩踏み出せば、もうとまることがない。

 どちらか片方の手は、いつか振りほどかないといけないのか。

 そんな関係だったか。

 いとこ同士のーー。

 だったら、ずっと練習が続いてくれた方がいいのに。

 アーチ状の水槽の中で、クラゲが浮かんでいる。どっちつかずに、収縮して、ふわりと動いていく。至る所に、クラゲだらけの洞窟。

 妄想だ。

 そうだろう。

 そんなモテる人間じゃないんだから。

 水に浮かぶ泡のように、消える考えの一つだ。

 ヨシタカは、クラゲに手を触れて、そのまま握りつぶしたいと思うけど、伸ばすことができる手は塞がっているし、どのみちガラスがその手を阻む。


「ヨシタカ、海にも行きたくなるね」


「夏が終わればな」


 ほとんど内陸の県だから、海に行く機会は少なかった。一度だけ、北の端の日本海を見たぐらいだ。


「夏が、終わる」


「夏になれば、でしょ」


「そうだな」


 アザラシやオオサンショウウオを見て、二階に移った。二階で最後のイルカショーを見る。イルカショーの会場は、ずっと都市の風景を奥に覗くことができる開放的な場所だ。ダイナミックに動くイルカの挙動に、拍手がたびたび贈られていた。

  

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