第六話 家に帰れば、妹にデート内容を説明するものです

 ヨシタカが家に帰ると、妹のハルカが、すぐに玄関まで走ってきた。


「お兄ちゃん、どうだった」


「どうだったって」


 ヨシタカは、靴を脱ぎながら、覇気のない声で答える。


「なに、無気力系主人公みたいな返事しているの」


「さあ、すぐに反省会だよ」


 妹がすでに反省会と決めている件について。

 ヨシタカは、ハルカに腕をとられて、ヨシタカの部屋なのに遠慮なく扉を開かれ、そのまま自室へと招かれた。


「ハルカ、部活とデートで、もう兄は、へろへろもへじなんだが」


「はいはい、面白い、面白い。さっさと座る」


 妹にまで、尻に敷かれているような気がする。いや、これは、もう確定事項だろう。恋愛において、もうずっと先を進んでいるにちがいないのだから。

 勉強机の前のチェアーに腰掛けると、妹を見上げるような体勢になった。


「はい、第一問、今回のデートの思い出の品は?」


「紅葉」


 妹が、目の前で額に手をあてている。

 ちょっとまて、せめてもう少し話を聞いてからにしてほしい。


「たとえば、二人で写真をとったりーー」


「してない」


「よーし、お兄ちゃん、膝をかかえて、椅子にじっとしてて」


 ハルカが、椅子の背もたれを握るのを感じる。そして、思いっきり回転させた。即断即決の行為だった。


「ちょっーー、ばっーー」


 止めることができず、数回転したあとに、ヨシタカは、机に手をおいて、スパイラルを停止させた。

 ふらつく視界には、妹のさげすむような眼。まるで、こんな兄に育てた覚えはないとでも言いたげだ。


「お兄ちゃんは、全く初デートというものを生かせませんでした。いいですか、初デートを制するものは、恋愛を制すです」


 別に兄は、恋愛マスターを目指しているわけではないんだが。ただ人並みに恋愛経験を積んでおこうというだけであって。


「お兄ちゃん、このままだと、一度はデートしても、その次はない系男子になってしまいますよ。第一印象というものは、とてもとても大事なものなんです」


 従妹相手に第一印象も何もないだろう。

 第一印象が大事なことぐらいは知っている。だが、無難にはすませたはずだ。特に問題もないデートをしたとは思うんだが。逆に褒めてもらいたい。つづがなくお家に送り届けたのだから。


「今、きっと、サナちゃんは、こう思ってます。ああ、何も記憶に残らないデートだったなぁ。まあ、紅葉はキレイだったからいいか、みたいな」


「ばっ、そんなことっーー」


「ないと言えるのかな」


 ハルカは、ヨシタカの顔を挑戦的な眼で見る。

 たしかに、そうかもしれない。結局、なにも起こることのない時間だった。


「お兄ちゃん、女の子に免疫をつけるだけを目的にしてたら駄目なんだよ。お兄ちゃんは、相手をキュンキュンとさせて、次のデートもしたいと思わせるレベルにならないと。そんなのだと、カノジョなんてできないよ。一にデート、二にデート、三四にデート、五にカップルだよ」


 なんだ、そのデートの発展はーー。

 それにしても、妹から『キュンキュン』なんて言葉が出てくるとは。メインヒロインに、従妹は危険だろう。


「でも、手をつないだし、服だって褒めたし」


「それで興奮して満足していたんですね」


 ハルカ、なんだか最近、兄に対してSっ気が増してないか。そして、兄は、下半身で生きる動物みたいな言い方しないでくれると嬉しい。


「で、次のデートは」


「まだ決めてないけど」


「お兄ちゃん、サナちゃんを本気で落とす気あるの!」


 いや、ないけど。

 そんなに勢い込まれても。

 まさかとは思うが、ハルカとミナで結託して、俺の黒歴史を作ろうとしてないよな。従妹に手を出そうとした漆黒の汚名を。ミナも、俺に本気で付き合うつもりでやれ、とか無理難題をふっかけてきたし。これで、俺が、従妹へ猛アタックをしかけたら、激写とかされるのだろう。

 ヨシタカは、冷静に、妹の策略を読み取った。

 兄に、その程度の知略が通じるとでも思ったか。とはいっても、読み取ったとしても、できることはないわけだ。羽目を全く外さないデートをこなすのみ。


「ないな」


「そんなことしていると、いつか、馬に蹴られて死ぬよ。まあ、とにかく、サナちゃんも、お兄ちゃんの恋のレッスンというのに付き合わされているんだから、乙女の夢を叶えてあげなよ」


「乙女の夢?」


「壁ドン、あごくい、二人乗りーー乙女理論が生み出す幻想だよ」


「それは、ただの少女漫画の知識じゃないか」

 

 後ろからハグしたり、頭をポンポンでもすればいいのか。

 しかし、ハルカ、知っているか。男子の漫画ではな、『ただし、イケメンに限る』と続くという無慈悲さを。

 

「最後は、抱き寄せて強引にキスーー」


「うん、参考にならないな」


 まさか、サナが、そんな乙女な妄想をしているわけがない。まだまだハルカも中学生で安心だな。大人ぶっていても、少し背伸びしているだけだよな。


「鈍感系主人公ーー」


 ハルカはボソッとそう言って、長い黒髪が乱れるくらい勢いよく振り返って去っていた。

 ヨシタカは、突然きびすを返した妹を見送った。

 でも、たしかに、少し反省しないとな。サナの気持ちを理解しないと。写真とか撮っておいた方がよかったのか。なにか、形に残るものがあった方がよかったのか。自分のことでいっぱいいっぱいなんて、恥ずかしいよな。


 練習だからって、手を抜いていると、足下をすくわれる。

 サナとは、ただの恋愛の真似事にすぎないけど、だからって、サナをないがしろにしていいはずはない。サナは、つかみづらいし、何を考えているか分からない時が多いけど、恋人なら、分かるはずだ。

 そして、仮初めの恋人であったとしても、恋人であることには変わらないんだ。だったらーー。

 自分のことだけじゃなくて、相手のことも考えないと。

 

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