第五話 赤く染まった葉は、闇の中に消えていく

 女子に対する免疫をつけるという当初の目的からはずれて、ヨシタカは、どうにかしてサナの冷静な顔を崩せないかという子供っぽい思惑を膨らませていた。

 狭くなった道で体が触れあうほど近くにいるサナの顔を見ても、全く動揺もなさそうに、紅葉と光の万華鏡を見つめている。


「サナの方がきれいだよ」


 サナは、こちらを見て、何が言いたいのか理解できないような困惑した顔を向ける。

 ごめん、言ってみただけです。

 全く、効果なさそうだ。ヨシタカの方が、恥ずかしさに、穴があったら入りたくなりそうだ。

 サナの沈黙の思案顔に耐えかねて、


「そ、そういえば、サナは、好きな男子とかはいないのか」


 およそデートで話す話題ではないことを言っていた。


「今、ヨシタカと付き合ってる。だから、ヨシタカが好きな人」


 そうだよな。練習とはいえ、実際、今好きな男子とかいたら、もっと恋人ごっこに抵抗があるだろうし。もし好きな相手に見られたらと不安にもなるだろう。

 いや、でも、ヨシタカが好きとか、はっきり言われると破壊力が。


「クラスで気になるやつとかいないのか」


「いない」


「そうなのか。タイプとかは、ないのか」


 演じてやるぞ、そして、サナにも恥ずかしさというものを味わってもらおう。白馬の王子様のような乙女なものから、ダンディなハードボイルドな荒くれものまで。


「野球部で年上で、成績がよくて、たまにバカなことをして、お姉ちゃんに怒られているーー」


 それは、俺だ。

 年下にからかわれてる。

 ハルカ、お兄ちゃん、デートの主導権をとることはできそうにない。まあ、ミナにも尻に敷かれている感があったけど。

 やっぱり、ほっておくと、親戚ムーブが働いてしまう。そうならないためにもーー。


「呼び方、変えてみるか?」


 そう、呼び方だ。恋人同士となると、下の名前やあだ名とかで呼び合うものだ。ただ、下の名前だと従兄妹同士で、そのままだ。


「お従兄ちゃん」


「ぐはぁっ」 


 それは違う。それを言わせるのは、犯罪臭が強すぎる。ヨシタカも兄だからお兄ちゃんと言われることは慣れているけど、それが実の妹以外からだと、こんなにもいけないことをさせている気分になるとは。


「そうじゃなくて、恋人らしい呼び方で、呼び合わないかってこと」


「ヨシタカだから・・・・・・・・・・・・ヨシタカ?」


 サナは、あだ名を思いつこうと考えていたけど、思いつかなかったようだ。ヨシタカの方も、サナからいいあだ名をつけようとおもったけど、結局、サナはサナとしか言いようがなかった。さっちゃん、とかありきたりすぎる呼び方は思いつくけど。サナの方も、よっしーとかたっくん、とよくある愛称は出てきているだろうけど。


「あえて、逆にさんやくんをつけてみるとかどうだ」


「ヨシタカ・・・くん」


 おおっ。

 まさか逆に『くん』をつけられることで、距離が近付いた気がする。年齢の下のサナから『くん』付けされて、年齢が近づいたように感じるせいかもしれない。


「サナさん」


「はい」


 なんだか、途端に、長年付き合っているカップル感が出てきている。慣れない呼び方でこそばゆく思う。

 ならばーー。


「マイ・スイート・エンジェル」


「ヨシタカくん、あんまりふざけていると、先生怒りますよ」


 うん、駄目だ。思いっきり恥ずかしい言葉を口にしても、軽くあしらわれてしまう。ヨシタカは、サナを動揺させることは、当分無理だろうと理解した。女子への免疫をつける以前に、従兄としての威厳が、地の底に沈みそうだ。少し落ち着いて、もっと大人の包容力を身につけていかないと。

 ああ、これが練習でよかった。

 でも、こうやってデートしてみると、サナも大人になってきているんだなと実感する。あしらい方が、ミナに似てきているのが心配だが。



†††



 お互いの呼び方だけ変わって、手をつなぎながら、ライトアップされた紅葉の中の散策を終えた。


「あとは、帰るだけだな」


「うん」


 きれいな都市の夜景が広がっている。多くの観光客も同じように、都市の灯りの方へと向かっている。行きに上がった坂道を下っていく。もうあたりは、暗くなりきっているけど、十分な明るさがある。


「歩き疲れてないか」


 全く顔に出さないから心配だ。歩きやすい靴で来ているから、問題はないだろうけど。


「全然、大丈夫」


「おんぶしてやってもいいんだぞ」


「ヨシタカくんは、私をおんぶしたいの」


 なんだ、その高等テクニックはーー。

 したい、と答えても、したくない、と答えても、角が立ちそうだ。


「軽そうだから、どっちでもいいぞ」


 ヨシタカは、質問には答えずにお茶を濁す。事実、高校二年の運動部の男子にとって、中学二年の女子の体重を背負うことなんて問軽いものだ。それに、一番目に付く部分は、まだミナほど女性らしくなっているわけではないし。

 

「いい。手、つないでいたいし。それで、ヨシタカくんは、免疫はついた」


「全然分からん」

 

 ヨシタカは、素直に感想を述べる。デートが楽しかったのは確かだけど、これで他のクラスメイトの女子をデートに誘うには、まだまだ経験不足が否めない。

 やはり回数を重ねることが大事だな。

 でもーー、黒い前髪の奥にある深い漆黒の瞳を見つめる。

 このまま、回数を重ねっていて、本気になったりしたら、どうする。いや、そんなわけないか。

 今、手が熱くなったり、少し鼓動が早く感じられるのは、慣れてないだけだ。サナだから特別というわけではない。思春期の男子の生理現象にすぎない。従妹でも異性だから。

 雪のように白い頬、鼻筋の通った整った顔立ちに、無表情のようで安心感を感じさせる柔和さのある口元や眉の動き。

 客観的に見ても、かわいらしい部類に入る。高校生になれば、幼さの残る顔も大人びてきて、端麗な美人になるだろう。


「じゃあ、またデートしないと」


「そうだな」


 ヨシタカは、頭の中から邪念を追い払う。サナは、別に従兄相手に、意識なんて全くしていないはずだ。あくまで、これは、本番のための付き合い。

 だから、この鼓動も免疫がつけば、すべて嘘のように静まるはずだ。


 ヨシタカとサナは、五条通に出て、家のある北大路通りに向かうバスへと乗って帰った。バスに乗るときに、離そうかと迷った手は、結局そのままで、お隣の家につくまでずっと、ふれあっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る