第四話 紅葉は夜に、その彩りを広げる
寺に向かう坂道の途中で、ヨシタカとサナは待ち合わせをしていた。妹に勧められた服を着て、そこに向かうと、薄明かりの先に、姿勢よくピンと立っている一人の少女。従妹のサナーーミナと違って全く日焼けのない白い肌が、黒いミドルの髪とコントラストをえがく。無表情で大人びた印象を与えるが、まだ顔は中学生らしい幼さも残している。
淡い透き通った目が、ヨシタカの目とぶつかる。
サナは、少しだけ頬を緩めて、ヨシタカの方にすたすたと歩いてきた。今日は、いつもとは違う格好をしている。真新しい茶色のチェック柄のカーディガンに、赤色のTシャツ。秋らしいコーデで統一されている。
「ごめん、先に来るつもりだったんだけど」
18時とはいえ、秋ともなれば、暗くなってきている。女の子を、外で一人待たせてしまったのは、気が引けた。本当ならば、隣の家だし、一緒に向かえばいいのだが、妹いわく、それだけは駄目らしい。
「ううん、待ってない」
サナは首を横に振って、端的に答える。
『ごめん、待った』『全然待ってないよ』というのはデートの定番の始まりなのかもしれない。まあ、従姉妹同士だから、あまり初々しさはないが。
「その、寒くない?」
服装の色合いは秋っぽいけど、カーディガンも半袖ぐらいで少し薄手だ。盆地のせいか、この都市は、季節が変わって寒くなると途端に冷え込みやすい。
「ううん、全然」
「それじゃあ、行こうか」
そうして、歩き出してから、ヨシタカは思い出す。デート服をまずは褒めるように、妹に言われたことを。
しかし、もう一番の機を逸した。横を見ると、落ち着いた足取りで、坂道を上がるサナ。そろそろ、人混みも増えてくる。紅葉のライトアップは、夜といってもやはり観光客だらけだ。
「その服、似合ってるよ」
ヨシタカは、とにかく大人数の観光客の中に入る前に伝えようと口にした。サナは、ヨシタカの顔を見て、小さく「ありがとう」とつぶやいた。
†††
大きな西側の朱色の門をくぐれば、本格的に観光スポットだ。真っ赤に染まった見応えのある紅葉が、ライトで照らし出されている。このあたりは、まだ道が広いので、人が多くてもそこまでキツくはない。ただ人の波がすごいので、ずっと立ち止まっているのは難しい。砂利の音が鳴る中を、ゆっくりとした歩みが続いていく。
しばらく黙っていたあと、先に口を開いたのは、サナだった。
「最近、家に来なくなったね」
「ああ、まあ、そうだな」
最近といっても、もう高校に上がってくらいからか。ハルカの方は、結構お邪魔しに行っているけど。やはりヨシタカからしたら、女子二人の従姉妹だし、もう中学も過ぎると行く機会が減っていた。
「恥ずかしい?」
恥ずかしいーーどうなんだろう。たしかに、二人とも女性らしくなった気がする。異性ということがよくわかるくらい。まあ、ミナとは部活で会ってるし、いまさら異性も何もないレベルのはずだが。
「お姉ちゃんが、たまに怒ってるよ。全然来ないから」
「マジっ」
「マジ」
繰り返されるマジは、抑揚がなさすぎて、全然マジな気がしない。
でも、なんで怒ってるんだ。学校も部活も一緒だけど、やっぱりたまには行くべきなのか。でも、ミナの方から、うちに来ることはあるし。
ヨシタカが考え込んでいるうちにも、境内の奥へと進む。そろそろ道は細くなっていき、よくパンフレットに載っていたりする紅葉の絶景が見える場所になる。周りには、木々に囲まれたつづら折りの小道だ。そこからは、紅葉と寺の本殿そして都市の夜景が一望できる。
「ヨシタカーー、ヨシタカーー」
ヨシタカは、横のサナに声をかけられていたことに気づく。考えながら、歩いていたせいで、上の空だった。微妙なゆっくりとした歩くスピードに幻想的な色彩のイルミネーションが、余計に考えにふけらせたせいだ。
「どうした」
「恋人らしいことをしなくていいの。ハルカからアプローチがあるって聞いていたけど」
無垢な瞳は、きらりと光るナイフのようにまっすぐにヨシタカを見つめていた。ハルカのやつ、そんな連絡をいれていたのか。
それに全く緊張感もなく素直に訊いてくるあたり、やっぱり現状、ただの従妹とのお出かけになっているということか。ヨシタカ自身、あんまり緊張しているわけでもないし。最初は少し意識しそうになったけど、徐々に、普段のサナといるのと同じ感じなってしまってーー。
「手でもつないだ方がいい」
平然とした顔で、そんな提案をしてくる。
サナが距離をつめてくる。紅葉の甘い匂いとは違う、ふわっとした爽やかな香り。無垢に見つめてくる眼は、ヨシタカの顔から全く逸れることがない。
「少し赤くなってる」
冷静に指摘しないでくれ、ヨシタカはそう思いながら、右腕でサッと顔を隠す。
「それはな、男子は、女子に近づかれるとこうなるんだ」
手をゆっくりと前へと伸ばすサナ。
ほっそりとした白い手のひらが、夜の薄明かりのもと、くっきりと浮かび上がる。
なんだか、このまま手をつなぐと、お母さんに迷子にならないようにつながれる子供みたいだな。
そう思いながらも、ヨシタカは、差し出された手を優しく握る。心臓が少し鼓動を強める。
女の子の手、繊細でなめらかなーー。
「おっきくなったね」
「サナ。なんだか、母親に言われてる気分になるんだが」
「・・・・・・?」
なぜ、そこで何を言っているか分からないというふうな顔をするんだ。いや、サナからすると、ただ手を差し出して、握られた感想を言っただけなんだろうけど。
しかし、首をかしげた後、サナは、得心がいったような顔をしてーー。
「迷子にならないように、注意しないとね。ーーあ、さっきより赤くなってる」
高校生にもなって、年下の従妹に子供扱いされる羞恥心の方が、女子との手つなぎより破壊力が高い。けど、求めていた免疫は、こっち系ではないんだが。
もう、いっそデートのカレシ役を振り切ってやってみようか。
どうせ、これは練習、歯が浮くセリフを言って、失敗しても笑い話だ。『君の瞳に乾杯』とか『一等星より君の方が輝いているよ』とか絶対ナシだからと、妹に釘をさされたけど。
このままだと、本当に年代の近い親戚と楽しんでいる休日だよなぁ。
ヨシタカは、軽く逡巡してーー。
「もう、この手は離さない」
絶妙な言い回しだ。『この手、もう一生洗えない』は、危険度が高そうだけど、これぐらいなら、何も問題はないだろう。
「家の前までならいいけど」
現実的な返しが、普通にかえってきた。まあ、家に帰るまでがデートだし、妥当だ。でも、もう少し恥ずかしそうに言ってくれるといいのに。
ヨシタカは、とりあえず、紅葉のルートを歩くことを再開することにした。
そして、心の中では、なんとかしてサナにも自分が与えられた羞恥心と同じような想いをさせられないか、と考え始めていた。一応デートだし従妹の涼しい顔を少しドキッとさせたいといういたずら心というか、年上としての意地というか。顔を赤くしたのは、完全にヨシタカの自爆であったが。
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