第二話 服を買いに行く、そして、妹は気づく

 地下鉄から降りて、市内を南北に流れる一級河川を渡っていく。もう9月は過ぎているで、橋向かいの川縁に張り出す河床での食事はやっていない。橋を渡り終えると商店街のある大きな通りで、人通りも多くなる。時刻通りには来ないバスが、道路に詰まっていて、次々と乗客が乗り降りしている。

 

 人でぎゅうぎゅう詰めのバスの一つから、ハルカが降りてきた。狭い歩道に集まる大勢の人を縫って、ヨシタカの方に近づいてくる。七分丈のジーンズに、袖が大きくフレアに開いている涼しげなタンクトップを着ている。


「なんで一緒に行かないんだ」


「なんか恥ずかしい」


 妹は、まだまだ思春期のようだ。兄と一緒に出かけるのを母に見られたくないのだろう。気持ちは分からなくもないけど。


「それで、どこの店に行くんだ」


「兄が指示待ち族すぎて困る。まあ、そのダサい服よりマシな店はいくらでもあるから。さっさと行くよ」


 ぷいっと歩を先に進めて行くハルカ。おとなしく妹の半歩後ろを歩いてついて行く。楽器店や喫茶店、カラオケ屋とアーケードを西へと進み、映画館のある通りに曲がっていった。そして、ある洋服屋へと入っていく。メンズ、レディース取りそろえている定番のファストファッションの店。

 それから、ハルカは店内でヨシタカの向き直り、頭の上からつま先までじっくりと眺める。


「まずは、その文字Tシャツやめようか。お兄ちゃん、それいつ買ったの」


 ヨシタカは、自分が今来ている服を見る。普通の服だ。かっこいい読めない英語の文字がびっしりと全面に書かれている黒い色の服だ。


「高一の冬だが」


「だから、彼女がいないんだね」


 ハルカの盛大なため息。できれば、ずっと以前に買って、そのまま使っているだけと思いたかったようだ。でもな、ハルカ、この服、家でも着ているはずなんだが。


「家ではいいけど、外でそれ着るのはNGだから。無地かボーダーでいくよ。あと、トップスは黒はやめようか。黒って、仕事や葬式のイメージだから、フォーマルすぎるし、リラックスする色じゃないから」


「じゃあ、何色にするんだ」


「白かグレイか、まあ、少し明るめのネイビーとか」


 ハルカは答えながら、その辺にある服を棚から適当にみつくろっていく。そして、試着室へと向かって、ヨシタカを押し込んだ。


「ねえ、そういえば、なんて言って、付き合ってもらったの」


 試着室の前で、ハルカが尋ねる。

 どうしたのだろう、ただ彼女を作るための練習相手になってもらっただけだ。その言葉が気になるものだろうか。女子は、どんな恋愛話でも気になるものか。

 ヨシタカは、服を着替えながらーー。


「女子に免疫をつけるために付き合ってくださいって言っただけだ」


 ガシャァアアアアーー。

 妹が、試着室のカーテンを思いっきり開ける。

 なんで、そんな慌てた顔をしているんだ。というか、着替えている途中なんだが。


「ちょっと待って。お兄ちゃん、サナちゃんと付き合っているんだよね」


「あ、ああ、まあ、一時的に」


「い、一時的にーー」


「いや、それはそうだろう。本気で付き合うわけではないし。あくまで、女子に免疫をつけるまでの間だけ」


 なんだ、なにかまずいことを言ったか。

 なんで、妹は、あきれを通り越して、頭を抱えているんだ。

 試しに付き合ってもらうって、そういうことだろ。


「えっと、つまりーーサナちゃんは、恋愛の練習相手ってこと」


「お、おう。さすがに従妹とガチ恋はまずいだろう」


「お兄ちゃん、本命とかいるの。クラスに好きな子とか」


「いや、いないけど。さすがに、高校生で全く恋愛なしはまずいと思っただけで」


「なるほど。これは早くなんとかしないと」


 そう言いながら、妹は、カーテンを閉め直した。

 いや、なにが、『なるほど』なんだ。

 なんとかするって何をどうするつもりだ。

 ヨシタカは、突然の妹の奇行に疑問を覚えつつも、試着を続けていった。




†††



 その後、服屋で白色と紺色のTシャツと薄手の上着を一着買って、今日付き合ってもらったお礼に、妹に喫茶店のパフェをおごっていた。市内では有名なチェーン店で、ショーウィンドウに置かれているジャンボパフェが印象的な店だ。

 二階のテーブル席に座って、妹はノーマルサイズのいちごパフェをおいしそうに食べている。


「でも、お兄ちゃん、その免疫力って、いつになったら付いたとかわかるの」


「普通に話せるようになったらとか」


「でも、サナちゃんと話すのに、そこまでキョドってないよね」


「たしかに」


 まあ、目安のようなものをつけておいた方がいいのか。どれぐらいのことができたら、女子に免疫がついたか。例えば、目を合わせつづけても、そらさずにいれるとか。


「やっぱり・・・・・・キス・・・・・・、とか」


 妹の口から、突然、階段を数段駆け上がった言葉がでて、ドキッとする。つい、パフェのクリームで潤んだ唇を見てしまう。いやいや、さすがに、キスをするのはまずいだろう。妹と同い年のサナにとっては、ファーストキスかもしれないし。


「冗談。冗談。お兄ちゃんに、そんなことできないよね。だって・・・・・・だし」


 え、なんて。

 いや、聞こえなかったけど、あまりいい言葉が続いていそうにないな。


「じゃあさ、とりあえずは、サナちゃんが、なにを考えているかどうか分かるかどうかでいいんじゃない。まあ、お兄ちゃんが、免疫付いているかどうかは分からないけど、女子が何考えているかわかってあげれないと困るからさ」


「たしかに。サナに直接聞けば、合っているか判断もしれくれるし、悪くないかもな」


 免疫力というより、とりあえず、女心が分かるかどうかのチェックぽい。まあ、まずは、相手のことを知ることからはじめるのがいいか。

 カランーー。

 妹がパフェを食べるための長いスプーンをおく。いつの間にか、パフェを食べ終えてしまったようだ。早すぎないか。


「お兄ちゃん、言っておくけど、サナちゃんを泣かしたら、高校であることないこと言いふらすから」


 な、なぜ、今、そんな忠告を。大丈夫だ、あくまで恋愛は練習。絶対に、サナを傷つけたりしない。安心してくれ。だから、兄を社会的に殺そうとしないでくれ。

 ヨシタカは、妹の忠告をきちんと受け入れて、次の日曜日のデートをつつがなくエスコートしようと思った。練習でも、大失敗をやらかすわけにはいかないのだから。

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