従妹を落とせないので、本番にいけない

鳴川レナ

第一話 本番は、まだ早い。まずは従妹から

 住宅街にある普通の家の前で、ひとりの男が、ひとりの女の子に向かい合っていた。少年は、息を一度吸って、覚悟を決める。


「女子に免疫をつけるために付き合ってください」


 従妹である三ノ宮紗凪さなに、宮本義隆よしたかは誠心誠意頭を下げた。


 このままだと、一生、彼女なしの人生だ。そう思ったからだ。

 原因は昨日、妹の遥香はるかに彼氏がいると知ったことから。妹はまだ中学2年生。それに対して、義隆は高校2年。もうここでできなかったら、受験シーズンに突入するやばい状況だ。

 だから、妹の助言ーー『試しにサナちゃんに付き合ってもらえば』ーーにしたがって、従妹に頭を下げているわけだ。


 しばらく黙っていたサナは、首をちょっと横に倒す。ショートカットの髪が小さく揺れた。


「その、免疫ってなに?」


「女子が周囲にまとうオーラに対してだ」


 サナは余計に訳が分からないというように、首をコテンとさらに横に動かした。


「思春期の男子は女子に近づくだけで、その風圧を感じるんだ」

 

 思春期の男子は、およそ99パーセントやられたことがあるものだ。『いい匂いがした』と言って、吹き飛ばれたものは数知れず。

 オーラが激しくなると、女子と目を合わせるのが難しくなり、話す時もドモりがちになる。

 思春期特有の病気ーー女子過敏症とも呼ばれる。


「今、すごく近くにいる、けど」


 サナは、ヨシタカを真っ直ぐに見つめる。澄んだ綺麗な瞳を見ると、疑問に答えないわけにはいかない。


「従妹だから少しだけ耐性があるんだ」


 サナは、比較的無口でクール系だから、という理由もあるが、一番の理由はやはり従妹で慣れているからだ。


「それで、その、、をつけるために、わたしと付き合うの」

 

 まだ、あまり意味がよく分かってない感もあるけど、そのとおりだ。女子に対する免疫をあげて、本物の彼女を作れるように協力して欲しいんだから。本物の彼女ができるまででいいから、練習相手になって欲しい。


「そう、付き合って欲しい」


「わかった。そうする」


 サナは首肯した。

 よっし。これで彼女を作るための足掛かりができた。妹にあとで、アイスでも奢ってあげよう。これで一気に俺のリア充への道が開ける予感。


「それで、付き合う男女って何をするの」


「それは、もちろんーー」


「もちろん?」


 な、なにをすればいいんだ。宮本ヨシタカ16歳、未だ女子と付き合った経験はなく、そこまで恋愛ドラマを見たりするタイプでもない。とりあえず、ショッピングデートと映画館が思いつくけど、それって、妹と一緒にサナと行ったこともあるし。

 そうなると、やっぱり男女の営み的なーー。手を繋いだり、腕を組んだり、髪を触ったり、果てはキスからのーー。


「どうしたの。付き合ったら、なにをすればいいの」


「ちょっと待ってくれ。少し保健か家庭科の教科書を読んでくるから」


「そう」


 従妹のタンパクな返事を聞いて、ヨシタカは、自分よりも先を進んでいる妹へと訊くことにした。兄は、妹に対して、どこまでも恥をかくことを恐れないのだ。これ以上、どれほど恥を塗りまくろうが変わるものでもない。



†††



 その場を後にして、目の前の家から隣の家へと移った。そして2階の妹の部屋へと駆け上がる。当然、ノックをする。


「なに、お兄ちゃん」

 

 メガネをかけて、妹は勉強机で真面目に、感心感心ーーティーンズ雑誌を開いていた。まあ、それでもいい。長い黒髪があるから、横から見ると勉強しているふうにみえる高等テクだな。


「ハルカ、お付き合いの作法は、教科書の何ページに載っているんだ」


「バカなの」


 妹は、あきれた調子で、ため息をつく。雑誌を閉じると、かけていた眼鏡をケースにしまって、椅子を回してヨシタカの方を向いた。


「いや、わかってる。じゃあ、冠婚葬祭やマナーの本を買ってくればいいのか。それとも、ファッション誌とかーー」


「お兄ちゃん、全然わかってないし。落ち着いて。で、結局、サナちゃんはオッケーだったの?ホウレンソウは、基本だよ」


 ハルカ、いつのまに、社会人に。俺より前を走りすぎだ。妹には、兄の3歩後ろを歩いていて欲しかった。


「ああ、オッケーだった。首を縦に振ってくれたし」


「じゃあ、普通にデートでもすればいいんじゃないの」


「普通ってなんですか」


「お兄ちゃん、そんな質問、妹にしないでよ。普通は普通よ。それ以下でもそれ以上でもない」


「たとえばーーたとえば、が欲しいんだ。ハルカは彼氏いるんだろ、だったら、どういうデートをしたか、教えてくれ、いや、ください。それをパクーーいや、真似るから」


「お兄ちゃん、およそ、妹に頼むことじゃないんだけど。デートコースなんて、寺でも回ればいいんじゃない。ちょうどライトアップの時期だし」


 寺、寺でいいのか。たしかに、この辺は寺だらけだけどさ。もう見飽きてないか。少なくとも、ここ最近は観光客が多すぎて行く気がしないんだが。


「紅葉も綺麗だよねぇ」


「なあ、信じていいのか。俺はハルカを信じていいのか」


「自分で考えなよ。デートコースを決めるのは男の役目でしょ」


 よし、ライトアップに行こう。


「まあ、いきなり夜のデートって緊張しそうだけどね」


 ボソッと言ったけど、ヨシタカの耳には余裕で聞き取れる声量だった。


「おい、ハルカっ」


「冗談、冗談。サナちゃんとは、別に初めてのお出かけというわけではないんだし、いいんじゃない」


 よし、参謀からお墨付きが出たようだ。早速、サナに連絡して、デートの予定を立てよう。

 それにしても、女子のメールアドレスが、四人しかないとは。母、妹、そして、従姉妹の計4名。


「なあ、ハルカ。決め台詞は、月が綺麗ですね、でいいのか」


「そんな決め台詞、考えないでよ。普通にひくから」


 文豪も時代の早さにはついていけないか。女子のメンタリティを早く理解していかないとな。まずは、従妹の攻略からだ。サナから女心というものを学ぼう。

 ヨシタカは、メールを送り終える。さてーー。


「で、ハルカ、当日の服装はどうすればーー」


「はいはい、そうくると思ってました。とりあえず、お兄ちゃんは制服が一番マシな服だから、買いに行かないとね」


 おい、ハルカ。それは兄が持っている服の中で制服が一番高くて質がいいという意味であって、兄のファッションセンスのなさを指摘しているわけではないんだろうな。まあ、尋ねないことにしておこう。自分から傷口を開く必要はないし。

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