第三話 従姉はグラウンドにいて、夕暮れになる

 日曜日ーーサナとの初デートの日。

 

 堀川通りの道を南に行ったところにある学園。そこがヨシタカの通っている中高一貫校だ。

 今は、部活中。

 所属している野球部は、部活の最後のベースダッシュが終わり、水を飲んで、柔軟をしていると、マネージャーである従姉の三ノ宮美凪みなが近づいてくる。サナと同じくらいショートカットに、野球部の帽子をかぶっている。遠くから見ると、もしかしたら男子と間違われるかもしれない。ただ一部の凹凸は明らかに女子のそれだ。


「サナと付き合うんだって」


「ああ」


 従姉だし、いつかは言われると思っていた。ヨシタカは、できるだけ自然に返事をする。


「ヨシタカって、ロリコンだったんだ」


 いつもの軽口をたたいて、ミナは柔軟しているヨシタカの横にしゃがみ込む。サナと違って成長した胸がジャージの服では隠しきれてない。ヨシタカは近くに来たミナに答えながら、柔軟を続ける。


「違うって」


「ロリコンは、だいたいそう言うらしいよ。たしか、好きになった子がロリだっただけで、ロリだから好きになったわけじゃないとか」


 ミナは近くにあった野球ボールを拾い上げて、手遊びを始める。


「だいたい、サナとはーー」


『練習も本番と同じように重要。お兄ちゃん、手を抜いたら駄目だよ』

そう、今日家を出る前に言われたことを思い出す。でも、まあ、ミナには伝えておいた方がいいだろう。


「サナとは、練習だよ。別に、本気で付き合うわけじゃない」


 ん、ボールが地面に落下した。

 ヨシタカは、顔を上にあげる。ミナは、驚いた顔をしていて、そして徐々に、目つきがきつくなっていた。


「ヨシタカ、従弟のよしみで、選ばしてあげる。ここで、わたしに殺されるか、自分で死ぬか」


 静かな声だけど、空気が振るえていた。

 これは、ミナが本気でキレているときのーー。


「まてまて、サナと遊びで付き合うとか、そういうわけじゃない。ただ、俺が女子慣れするための練習に付き合ってもらうだけだ」


「ふーーーーーん、それで、ヨシタカ、そんな馬鹿な言い訳で逃げられると思っているの」


 うわー、信用ねー。

 ミナは、ネットにたてかけられていた金属バットを手に取る。

 おい、冗談だろ。冗談と言ってくれ。部活道具を凶器に使ったらいけませんよ。


「女子に慣れて、どんなハーレムライフを築く予定なのかなぁ。ヨシタカは、むっつりだからなぁ。夢の中では、どんなすごい妄想が繰り広げられているの」


「おーい、集合だ!!」


 キャプテンの威勢のいい声が、グラウンドに響く。グラウンドの中央に、全員が走って行く。当然、ヨシタカも。

 た、たすかった・・・・・・




†††



「おい、マネージャ待ってるぞ」

「ヨシタカ、なんか言ったか。怒ってるぽいが」

「夫婦喧嘩、夫婦喧嘩」


 部活仲間は、適当なことを言ってくれる。ヨシタカは、できるだけゆっくりと着替えて、その時を先延ばしする。ただのすれ違いなわけだがーー。

 ミナの妹であるサナを傷つけるわけないのに。

 着替え終えて、部室から出ると、素早くミナに手首を捕まれた。


「さて、言い訳の続きをきかせてもらおうかな」


 駄目だ。これは、マジで怒ってるみたいだ。手首に、痕が残りそうだ。

 ヨシタカとミナは、自転車をそのまま学校において、学校近くの喫茶店に向かった。

 

 レトロな薄暗い喫茶店には、ほかの人は誰もいなかった。

 夕方近くで、堀川通りから脇道に入るため目立たないからだ。席に座りコーヒーを注文すると、さっそく、ヨシタカはミナに、ことのあらましを話していった。


「なるほど、ねえ。そういうこと。ヨシタカって思った以上にバカだったんだね」


 よかった。思った以上に、ミナが冷静なようだ。

 ヨシタカは安心して、コーヒーをすする。

 女子になれるために、従妹に協力してもらうということを理解してくれた。


「というか、わたしに頼めばいいじゃない」


「いや、ミナは無理だろ。女子とは思えない」


「ヨシタカ、やっぱり、地獄に落ちたいの」


「いえ、女子力が高すぎて、緊張してしまうので、無理なのであります」


「そう。でも、ヨシタカって、そこまで女子に免疫なかった。ほかの男子の方が、よっぽど緊張しているように見えるだけど」


「でも、今まで、女子から話しかけられた記憶もほとんどないし、カノジョもできたこともない」


「そ、そうだね」


 ミナは、なぜか鈍い反応をして、目をそらした。

 なんだ、それは、哀れみすぎて、見るに堪えないということか。


「そういえば、ミナもカレシいたことないよな」


「まあ、それは、まあ、そうだけど。わたしは作らないだけだから」


 ミナは、この話はやめやめというふうに、首を一度ふって、自分を落ち着かせるように、一度息を吐く。

 そして、突然、口にした言葉はーー。


「サナを落としてみなさいよ」


「は?」


 さっきまでロリコンだとか言っていたのに。

 中学生相手に、高校生がマジで口説きにかかれと。


「練習じゃくて、本気で付き合うつもりでやりなさいって言ってるの。それで、最後までいくこと」


 妹にもおなじようなことを言われたな。いや、最後までいけ、とは言われてないが。

 駄目だろ。

 サナは、あくまで可愛い従妹なんだから。どこまで行っても、手をつなぐ程度でやめないと。


「従姉妹同士って結婚できるんだから」


 絶妙に聞こえる程度の声で、ミナは危険なことをつぶやいた。そして、微妙に残っていたコーヒーを飲み干した。


「そうやって、俺に、意識させる作戦だな」


「ばれたか。まあ、でも、悲しませないでね。わたしのたった一人の妹なんだから」


 そんなこと言われるまでもないんだよ。

 妹もミナも心配しすぎだ。サナは、俺にとっても、大事な従妹なんだから。少し、カノジョができるように、協力してもらうだけだ。


 ヨシタカは、もう少し喫茶店で休んでいくといったミナをおいて、学校へと戻って、駐輪場から自転車を取り出した。

 ライトアップは、五条通りの寺だ。

 少し急がないとな。予想以上に、ミナとの話に時間をとられたから。

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