第9話 完
「これは王妃様、ようこそお越し下さいました」
「トメさん、ご苦労様です。陛下、こちらはトメさん。ここの現場責任者です。トメさん、今日はお手伝いに来ました。陛下をこき使って下さいね」
「えっ!? い、いえ、それはさすがに...」
「構わない。思う存分こき使ってくれ」
「は、はぁ、分かりました。ではこちらへ」
バッカーノがトメさんに連れて行かれるのを、リコウリッタは眩しそうに見守っていた。
◇◇◇
「陛下~! そろそろ帰りますよ~! 日が暮れちゃいますよ~!」
「えっ!? あ、あぁ、分かった...」
1日中土砂の撤去作業を手伝っていたバッカーノは、スコップを片手に振り返った。
帰りの馬車の中で疲れ果てて眠ってしまったバッカーノを見詰めながら、
「もう大丈夫そうですね...」
そう言ってリコウリッタは寂し気に微笑んだ。
◇◇◇
次の日、いつも朝の早いリコウリッタが中々起きて来なかった。不審に思ったバッカーノがリコウリッタの部屋に赴くと、そこにリコウリッタの姿はなかった。
机の上にはいつものハリセンとその横に一通の手紙が置いてあった。手紙には、
『陛下の教育は終わりました。私はダーリンが恋しくなったんで国に帰りますね♪ キャハ♪』
それだけが書かれていた。バッカーノは呆然としながら手紙を握り締めていた。
◇◇◇
~ 1年後 ~
あれから隣国に何度も手紙を送ったが、リコウリッタから返事が来ることはなかった。
直接出向こうかとも思ったが、国王として未だ復興半ばである国を離れる訳にも行かず、バッカーノは悶々とした日々を過ごしていた。
「陛下、ご足労様です」
「トメ、変わりないか?」
「はい、ご覧の通り小麦が実りました。この復活した小麦畑を王妃様に見て貰いたかったですね」
「そうだな...」
リコウリッタが隣国に帰った後、多額の援助金が隣国から齎された。そのお陰で川の治水工事が完成し、こうして一面の小麦畑が復活したのだ。
そんな感慨に浸っていた時だった。
「陛下っ!」
臣下の一人が慌てふためいて走って来た。
「何事だ!?」
「今、隣国から知らせがありまして、王妃様が...リコウリッタ様がお亡くなりになったと!」
「な、なんだとぉ!?」
バッカーノは訳が分からなかった。
「隣国からこの手紙を陛下にお渡しするようにと...」
バッカーノは封を開けるのも擬しく手紙を読み始めた。そこには確かにリコウリッタの字でこんなことが書かれていた。
曰く、ハカナイレーナと初めて会ったのは隣国のサナトリウムだったこと。ハカナイレーナは留学していたのではなく、医学の発達している隣国で治療を受けていたこと。そして同じ病に罹っていたリコウリッタもそこで同じ治療を受けていたこと。同じ病と闘う同士として二人は固い友情の絆で結ばれていたこと。余命幾許もないと知ったハカナイレーナは最後までこの国の未来を憂いていたこと。もし自分が先に逝ったらどうか陛下を、この国を救って欲しいとハカナイレーナから涙ながらに頼まれたこと。そしてリコウリッタ自身も余命幾ばくもない身でありながら、友の最後の願いを叶えるべく、周囲の反対を押し切ってこの国に赴いたこと。そしてあの姿を消した日、ついに体が限界を迎えていて満足に歩くことも出来なくなったので、心配を掛けたくなくて黙って姿を消した。申し訳なかったと書かれていた。そして手紙の最後は...
『ちゃんと天国から見てますからね! また愚王になったりしたらハリセンで突っ込みますよ!』
と、締められていた。
バッカーノは泣いた。
人目も憚らず声を上げて号泣した。
◇◇◇
愚王から賢王へ。
後世の歴史家は語る。最悪の愚王と蔑まれたバッカーノが、稀代の賢王と呼ばれるようになった陰には、ハリセン王妃として名高い第2王妃の存在が大きかったのだと。
第2王妃が儚くなり、2人目の王妃が獄中で自害した後も、バッカーノは生涯新しい妃を迎えることはなかった。
そしてバッカーノを描いた肖像画は全て、右手にハリセンを握った姿が描かれていたのだった。
~ fin. ~
愚王の教育係 真理亜 @maria-mina
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