第二幕 其の令嬢 (3)


 ––––しかし、キーファの言うことも一理ある。

 腐っても自分のしもべ。

 このご時世に、とキーファは言った。

 今、悪魔と人間は微妙なバランスで共存し始めているが、一見平和なように見えても何が切っ掛けでその均衡が崩れるか分からない。

 だからこそ、皆が過敏になっている。

 だというのに、世情を構うことなくただ悪魔というだけで准国民化していても関係なく執拗に追いまわして殺すハンターは、人間社会の中でも孤立しつつあった。

 ハンターが近年めっきり数を減らした大きな要因だろう。

 生業を捨てることはなくとも、水面下で密かに狩りを続ける者ばかりになっているのが現状と思っていたのだが、ミシャを狩ったハンターは違う。

 異質とさえ言っていい。

 なぜか。

 ――まず間違いなく、私怨だろう。

 十もあるミシャの手足をバラバラに捥ぐ執拗さ。

 おそらく、一晩中追いかけ回したに違いない。

 奴は、恐怖に震えながら逃げる悪魔の醜悪な姿に愉悦を覚え、激しく冷酷に、容赦のない狩りをした。

 その光景を思い浮かべて、ヴィクトールはうっそりと微笑んだ。

 会ってみたい。

 何をそれほど憎んでいるのか。

 彼の人物の恨みの深さはいかばかりだろう。

 激情を身の裡に飼う人間の魂は好きだ。刺激的な味がする。

 そのハンターはきっとヴィクトールを満足させてくれるに違いない。

 会えたら……喰ってしまおうか。

 久しぶりに、それはとてもよい考えのように思われた。



 老婆に案内され通された屋敷の一室に、ヴィクトールは密かに感心した。

 派手さはないが、落ち着いた調度の数々はそれなりに値が張るものばかりだったからだ。少なくとも、つい先だって無様に床でのたうち回っていた老人よりは趣味がいい。

 老いた使用人に勧められ、ヴィクトールはソファーに腰を落ち着けた。

 キーファがしずしずと主の背後に控え――といっても、好奇心も露わに部屋を見渡すので秒で猫が剥がれたが。

「どんな変人かと思ったんですけど、あんまり心配いらなさそうですね」

 こっそりと耳打ちしてくる。

「根拠は?」

「だって『予言の書』だとかキワモノを欲しがる人間達の家って、変な物いっぱいじゃないですか。防腐処理の甘いミイラとか、首を三つ繋いだ動物のホルマリン漬けとか、赤ちゃんくらいの大きさの未来が見える水晶とか」

 あれは偽物でしたけど、とキーファは過去を振り返った。

 ヴィクトールも小声で応じる。

「まあ、確かに外観からすると予想外に普通の屋敷のようだが」

 屋敷は、一言で表すならば『幽霊屋敷ゴーストハウス』だった。

 規模だけは立派なものだが、崩れかけた石塀を奔放に伸び這いずる蔦が繋ぎ止める有様。庭は緑深く、といえば聞こえは良いが、門から玄関までが辛うじて獣道のようなもので通れるようになっており、明らかにろくに手入れがなされていなかった。

 そして、風雨に晒された家壁は薄汚れ、塀と同じく蔦が絡みつき、屋根から下半分が見えなくなっていた。

 いかにも陰気な屋敷を見た途端、キーファなどは顔を引き攣らせたものだ。

「依頼人も案外まともかも」

「どうだかな」

 いかにも眉唾な書物を、悪魔に縋ってまで欲しがるような人間が正気であるはずがない。

 ヴィクトールが気のない返事をした時、部屋のドアが開いた。

 目を瞠る。

 そこに立っていたのは、美しいビスクドールだった。

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