第二幕 其の令嬢 (2)
そうして、ヴィクトールはまた外の風景へと目を戻した。窮屈な座席の中で苦労して足を組む。
「そのミシャがカンタベリーでハンターに殺されたらしい」
「……今時、ですか」
キーファは自分の旅行鞄から新聞を取り出した。
駅の売店で購入したものだろう。その一面を、ヴィクトールに向かって広げてみせる。
「見てください。先日、ついに准国民化した悪魔がこの国の政界に入ったらしいですよ。誠実で実力があって人望も厚いってもっぱらの評判です」
ヴィクトールは紙面を目でなぞり、思わず失笑した。
誠実で、人望がある悪魔だと?
馬鹿馬鹿しい。
だがキーファが言いたかったのはそこではないらしい。
畳んだ新聞をくしゃりと握りしめて言い募った。
「このご時世、ハンターなんて野蛮すぎますし、批判されるだけです」
「だが、ミシャは人間を喰っていた」
「それでもです。問答無用で殺すなんて、ちょっと有り得ませんって。人間と悪魔は今対等になりつつあるんです。人間を殺す人間だって、同族殺しなのに簡単に処刑されたりしませんよね。悪魔も、死刑にする前に裁判とか、公平に手順は踏むべきだっていう世論が強いんです。だからハンターを辞める人が増えてるんじゃないですか。やっぱり、肩身の狭い思いはしたくありませんしねぇ」
それにはヴィクトールも同意した。
「そもそも最近のハンターは、代々家業だったから継いだだけとかいう輩ばかりだろう。中にはハンターと名乗りながらも、数代前からは悪魔を殺すわけでもなく、種族間を行き来しては小狡く小遣い稼ぎするような蝙蝠も多かったはずだ」
要するに、ハンター初代周辺の人間達が悪魔に抱いていた憎悪や殺意が失われてしまったのだ。
まともな職でもなし、彼らに家業を捨てる未練はなさそうだ。
「ミシャさんを殺したハンターは批難されるのが怖くないんでしょうか」
「どうだかな。変わっていて結構じゃないか。その分、万が一にも会えれば面白い」
「あたしは会いたくないです……」
キーファは顔をしかめた。
「だって、ヴィクトール様、守ってくださらないでしょう?」
「当たり前だ」
無情な答えに、キーファはがっくりと座席に突っ伏した。
「分かってましたけど! 酷くないですか!」
ヴィクトールは鼻で嗤った。
「僕のしもべになって一体何年だ。善処しろ」
「うぅ……」
キーファは半泣きで唸ったが、彼女曰く薄情なヴィクトールが気遣うわけもなく。
「それにしても」
ヴィクトールは血の気のない指先で、ぴん、とキーファの持つ新聞の端を弾いた。
見出しには『過激派悪魔 准国民化制度に反対声明』とある。
人間、悪魔共に賛否別れる制度だが、そもそも過激とされる悪魔なら声明など出さずに直接暴れるのが本来の性のはずだ。
悪魔も随分と腑抜けたものだ。
「お前、新聞なんか読んでいたか?」
「あ、それはですね……」
キーファは何故か頬を染めて、気恥ずかし気に笑った。
普通の男なら思わずどきりとするような可愛らしい仕草だが、ヴィクトール相手では見せるだけ無駄なのが残念だった。
「ちょっと前にデビューしたロマンスノベルの作家さんが今すごく人気で。続編の連載が始まったんです。すっごく素敵なんですよ! 悪魔と人間の娘のラブロマンスなんですけどね」
「つまり、政治欄や経済欄は読んでいない?」
「ですけど」
「へぇ」
キーファはじっとりとヴィクトールを睨めあげた。
「なんですか。人が新聞をどう読もうが勝手でしょう」
「別に何も言っていないだろ」
ヴィクトールは彫刻のように冷たく整った顔に嘲笑を刷いた。
キーファは慣れたように低めの鼻を鳴らし、そそくさと新聞を鞄へしまいこんだ。
「いいですもん。新聞なんかちゃんと読まなくたって、流行を知らないヴィクトール様よりずっと世間ってものを分かってますからね、あたしは」
「切符も一人で変えなかった奴が何を偉そうに」
キーファの精一杯の嫌味は、ヴィクトールによってあっけなく返り討ちにされた。
「そういう奴の事を何というか知ってるか?」
「……」
「世間知らず、というんだ」
「……!」
沸騰したように顔を赤くして悔しがるしもべに冷笑を浴びせてから、ヴィクトールは満足気に目を閉じた。
カンタベリーに到着するまでには、まだ時間がかかるだろう。
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