第二幕 其の令嬢 (1)
狭い密室の中でひときわ大きな溜め息が響いて、ヴィクトールは眉を寄せた。
「うるさいぞ、キーファ」
咎められた娘はむっと頬を膨らませて、対面に座るヴィクトールからわざとらしく顔を背けた。
キーファと呼ばれた娘は、成熟した体つきから歳の頃は二十代にも見え、大人びているが、反対にふんわりした赤毛や大きなアーモンド形の瞳や仕草はあどけなく、鼻に散ったそばかすが幼い雰囲気に拍車をかけている。
「申し訳ございません、ヴィクトール様」
素直に謝罪したわりには、ふてくされた態度を隠しもしない。
キーファはヴィクトールを睨むと、子供っぽく唇を尖らせた。
「だいたい、なんで汽車なんですか。すごく揺れるし、うるさいし、座席は硬いし狭いし遅いし……」
「では出ていけ」
ヴィクトールはうんざりして、野良犬を追い払うように手を振った。
窓の外では、田舎の美しい田園風景が一定の速度で流れてゆく。白く優美な首をした鳥が青空を横切り、ヴィクトールの目を楽しませた。
「良いものだな」
キーファがきょとんと瞬いて、ヴィクトールの視線を追った。
不満顔をころりと変えて笑顔で頷く。
「ああ、綺麗ですよね!」
「人間がいない」
「…………」
途端、キーファの幼い顔はげっそりと胡乱げなものになる。
「そういう方ですよね、ヴィクトール様って……」
ヴィクトールは顔を窓へ向けたまま、横目だけでキーファを見遣った。
「何か文句が?」
「……ないですけどぉ」
「だったら黙っていろ、巨乳」
「きょっ、巨乳は罵倒語じゃないです! ていうか、普通に最低!」
キーファは顔を真っ赤にした。
「そもそも、この場合の『ない』は、『文句がなくもないというか有り余ってるけど、主従関係において口に出せるものじゃないから黙っておこう』が前提の『ない』ですからね‼」
キャンキャン吠えるしもべの声を、ヴィクトールはいつもの事と聞き流す。
今朝、昨夜夜更かししたせいで眠いと散々ぼやいていたくせに、元気なものだ。
「……でも、本当になぜ汽車なんですか? 電車とか車が良かったとかとは別に、カンタベリーならヴィクトール様の力で三秒とかからず、ひゅーんって行けちゃうのに」
「ハンターが出たそうだ。用心しておくに越したことはないだろう」
「ハンター⁉」
キーファは目を見開いた。
「そうだ。……お前、ミシャと面識があったか?」
「いいえ。機会はありましたけど、ヴィクトール様が会うなと仰ったので」
ヴィクトールは小首を傾げてから、当時を思い出し、ああと納得した。
「そうだったな。お前の見た目はいかにもミシャの好みだったから」
「好み?」
「餌の」
短い答えに、キーファは顔色を青くした。
ヴィクトールは意地の悪い笑みを浮かべる。
「感謝しろよ」
「ありがとうございます……」
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