獣兵衛、猛る

「な、に」


 獣兵衛の闘気を見透かせる者はおののき、見透かせぬ者は不可思議な光景に疑問を持った。

 獣兵衛から伸びた闘気の紐は無数。それら瓦礫を掴み、浮かび上がらせていた。


「これは、あやつり」


 真っ先に気付いたのは、浄瑠璃長唄。

 さすがは『さいきっく』に連なるあやつり能力の持ち主である。

 獣兵衛が同様の力を駆使している事実に、彼は目を疑った。


「気付くか。さてはお主」


「浄瑠璃の者だ。養子に出された者までは滅ぼせなんだろうよ」


「よかろう」


 獣兵衛の闘気が、地面に刺さったままの雷刀へと伸びた。

 今もその傍らには、鋼鉄の絡繰刀が鎮座している。

 しかし二人の興味は、とうにそこから離れていた。


「我が圧の端に、踏み止まれるだけでも十分よ。特別に、俺が直々に死合ってやろう」


 獣兵衛が雷刀を手に取る。

 同時に、各所で瓦礫が動き始めた。

 意思を持つかのごとく浮遊し、飛び回る。剣客どもを、攻撃する。


「俺は『あやつり』にも力を回している。この状態で届かぬならば、貴様も弱敵。我が『村正・いかずち』の錆に……も、ならんな」


 獣兵衛が動く。

 二人の間にあった間合いが、一瞬で縮んだ。

 そして、足刀が飛ぶ。


「ぎいいっ……」


 長唄は跳んだ。後ろへと跳んだ。

 身体へのあやつりはまだ使わない。アレは奥の手だ。

 獣兵衛を仕留めるためには、獣兵衛の想定を超えねばならぬ。だから使わない。


「遅い」


 だが獣兵衛は続けざまに足刀を振るう。

 右の蹴りから、左の後ろ回し蹴りへの連続技。

 衝撃波こそまとわぬものの、一撃一撃に淀みがなく、早い。


「ちいいいっ!!!」


 繰り返される足刀の舞いに、長唄は回避ばかりで手が出せない。


 足を斬りに行く? 

 否。剣の速さが段違いだ。


 ならば対抗して足を振るうか? 

 否。不慣れな足刀では更に差が出る。


 結論。長唄は獣兵衛に届かない。

 前後左右、そして上。

 かわし続ける他に手がない。


 故に、獣兵衛が苛立つのは必定だった。


「貴様、やはり弱敵か。死ね」


 数回ほどの舞の後、獣兵衛の足刀が速さをいや増す。

 あやつりを使わぬ長唄は、対応が追い付かない。

 結果、大きく蹴り飛ばされた。


「ぐあああっっっ!!!」


「せめて、墓標をくれてやる」


 獣兵衛の闘気が、いくつか主のもとへと帰還する。

 こうして長唄を相手している間にも、獣兵衛は瓦礫をあやつり、数多の剣客を屠っていた。

 見よ、獣兵衛を囲っていたはずの男ども。すでに半分が血溜まりに沈んでいる。死せずとも、重傷に呻く者も多い。


 あまりにも強靭。

 あまりにも凶悪。

 それが、柳生獣兵衛だった。


「ちょうどいいブツが、そこにあるからな」


「まさか!」


 かろうじて立ち上がった長唄がおののく。

 獣兵衛の操る闘気が、鋼鉄丸の残骸へと伸びていた。

 主なき鋼鉄の巨塊が、にわかに浮き上がる。


「鉄の墓標を刻め、浄瑠璃の者」


 闘気をまとって、鋼鉄丸が長唄へと向かう。

 自立歩行ではない。あやつりに似た術による、浮遊である。

 だが長唄のもとへたどり着けば、それは質量兵器へ転じるだろう。


「くっ」


 半ば苦し紛れに、長唄は動いた。朱鞘に連なる、四本の刀を呼び出した。

 それらを地面に突き刺し、朱鞘を抜刀。天に掲げる。

 カタナ・ピラミッドパワ・結界の仕草だ!


「狂どの、許せ!」


 見よ。長唄の目に涙が浮かぶ。

 わずかなりしとはいえ、戦友ともの武具を切り裂く覚悟は重い。

 しかし猶予はすでになし!


「ふぅん」


 獣兵衛は長唄の動きを見てなお、余裕たっぷりに鋼鉄丸を一回しした。

 いわば頭上で鉄槌ハンマーを振り回すような動きである。

 遠心力による加速が、質量兵器にさらなる力を与えるのだ。


「やって見せい」


 闘気の紐が切られ、鋼鉄丸が投擲された。

 おお。二十尺の巨体が、恐るべき速さで長唄へと向かう。

 しかし長唄は、瞑目していた。全神経を研ぎ澄まし、鋼鉄丸を捉えんとしていた。


 バチィ。


 カタナ・ピラミッドパワ・結界と、質量兵器のぶつかる音がした。

 いかに強固な結界であろうと、質量による圧力には耐え難い。

 速度を緩める程度が関の山だ。死までの時間が、引き伸ばされるだけに過ぎない。


 しかし。ああ、しかし!


 それだけあれば、長唄には十分だった。

 今こそ彼は、全神経を全身に集中させた。

 指先へ、足先へ。神経の一本一本にまで、あやつりの意思を通す。


「あああああっっっ!!!」


 絶叫、咆哮。

 見開いた目に、血管が浮かぶ。ギリギリのギリギリまで己を煮詰めた、渾身の斬撃。

 恐るべき速さと衝撃波をまとった両断の一撃は、見事に迫る鋼鉄丸の頭部を断ち切った。


「オオオッッッ!!!」


 長唄が大太刀を振り切る。

 衝撃波が、鋼鉄丸の身体を断ち割っていく。

 そして爆ぜる。閃光を、大音声を。末期の叫びに残していく。


 それは壮烈な最期だった。

 空気と大地の振動が、全ての者どもから平衡を奪った。

 獣兵衛のあやつる瓦礫すら吹き飛ばし、辺り一面に、一時的な平穏すらもたらしたのだ。


 しかし長唄は動じなかった。

 爆音と振動の只中、彼は必死に地面を踏みつけていた。

 獣兵衛の気だるげな視線が、長唄を捉えた。


「死なぬか」


「まだだ」


 長唄は己に強いて、獣兵衛を睨み返した。


 二人の戦は、未だ始まったばかりだった。

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