大激突

 鋼と埴輪の激突は、威勢のいい掛け声から始まった。


「ハイヤアアアッッッ!!!」


 両腕の刀を振りかざし、建物の破壊をいとうことなく鋼鉄丸はがねまるが進軍する。

 しかし大埴輪武人像は、高みからの攻撃を両腕を交差させて受け止めた。

 埴輪の構造、構成物質からすれば、なんたる防御力と耐久力か!


「おおお! 加速力の付いた斬撃を耐える! 見事! これはやはり蘭学的に検証しなければ! ぶわっはっは! やりたいことがまた増えたあ!」


 蘭学狂いがカラカラと笑う。

 だが武人像には彼の昂りなど理解できない。

 眼を赤く光らせ、土手っ腹めがけて足が伸びる。


「狂どの!」


 わずかに遠く――巨人の感覚からすれば、数歩右でしかない危険領域だ――から、朱鞘を担いだ男が叫ぶ。

 見届人。狂狂四郎くるいきょうしろうが得た、数少ない朋友。

 戦慣れしていない己にとって、ありがたみが過ぎる助けの声だ。


「応ッッッ!」


 応え、鋼鉄丸の右膝を上げる。

 鈍い音。まるでくろがね同士のかち合う音だ。

 衝撃が走り、体勢が崩れる。


「ヒヒヒッ! 蘭学的にはこの程度ぉ!」


 それでも狂は、歓喜に吠える。

 すかさず操縦桿をぶん回し、秒単位の時間で態勢を整える。

 己で作った兵器の操縦だ。もはや幾万回も取り組み、お手の物である。


「ハッハァ! 我は、我が刀は、蘭学の子ォ!」


 おお、透徹視力を持つ者は見よ。今や狂狂四郎の瞳には、狂気が満ち満ちていた。

 蘭学眼鏡の向こう側が炯々けいけいと光り、口の端は吊り上がっている。

 彼は、歓んでいるのだ。脳内麻薬が迸り、彼を幸福の渦に叩き込んでいるのだ。


「来ますぞ!」


 その快感を遮るように、外から声が響いた。

 いつの間にか着替えていた、忍装束の男。しかし見間違えることはない。縁を結んだ、もう一人の見届人。

 こちらは家々を飛び回り、時折逃げ遅れを回収している。


「おおっ!」


 声に応じて視界を開けば、そこには赤き怒りの埴輪武人像。

 器用にも腰に下げていた刀を抜き放ち、振りかざして襲い来る。


「どっせぇい!」


 これに対して、狂の判断は的確だった。

 喧嘩の蹴りにも似た前蹴りを繰り出し、武人像を遠間に封じんとした。

 しかし。


「ぬおおおっ!?」


 その足に向けられた斬撃が、彼から冷静な判断を奪いかけた。

 回避のために崩れた鋼鉄丸の平衡を、武人像が見逃すはずがなかったのだ。

 かくして――


「ぐあああっ!」


「狂どの!」


「ご無事か!?」


 住居数軒を犠牲に鋼鉄丸は大きく吹っ飛ばされ、長唄は叫び、剣兵衛は追った。

 しかし狂の叫びは響かない。

 蘭学狂いの、狂奔にも似た叫びが轟かない。


「狂どの!?」


「急がねば……!」


 朱鞘の男が奔る。

 忍びの男が家々を跳ぶ。

 だがその背後から、赤き武人像が吠え猛る!


「オオオーオ!!!」


 それは叫びか。あるいは内部構造の反響音がそう聞こえるのか。

 ともかく、大埴輪武人像の咆哮が、辺り一面をつんざいた。


「っぐ!」


「ぐあああっ!」


 見よ、男二人が耳を押さえる。のたうち回る。

 意図せぬ音響兵器が、響き渡っているのだ。

 逃げていた者たちも身をすくめている。人間の本能が、恐怖を認めているのだ。


「オオーウ!」


 再び咆哮が轟き、武人像が動き始めた。

 ゆっくりと、ゆったりと。

 鋼鉄の巨像に迫っていく。


 ああ、鋼鉄丸は動かない。

 おお、男二人も動けない。

 このまま全ては、武人像に蹂躙されてしまうのか。


「うるっ……さいですねぇ……!」


 しかしもう一つの声。

 咆哮に比べればか細くも、確実に響いた今一つの声。

 その正体は。


「ちょっと失神と眼前暗黒感にやられている間にぃ……。なんですかこの惨状は……。これは、すぐに立たないといけませんねえ……!」


 狂狂四郎、覚醒。

 必死に操縦桿を動かし、立ち上がろうと試みる。


「集音機のおかげで、あまりのうるささに目が覚めましたよ……」


 右の足に力を込め、鋼鉄の鎧が立ち上がる。

 その姿は各所に傷を負い、先刻に比すれば若干見すぼらしい。

 だがその身に備わる狂気は、変わっていない。今も燃え上がっている。


「それがしの未来、安定した蘭学追及のためにぃ! くたばってくださぁい!」


 腰溜めに両腕刀を構え、突進を開始する鋼鉄丸。

 その速度は、二十尺の巨体としては異様なそれとなっていた。

 人間でいう三十歩ほどの距離が、たちまちに縮まっていく。


「腹ァ! ガラ空きですよぉ!」


 鋼鉄丸が狙うは埴輪武人像の土手っ腹。

 光る白刃が、武人像へと吸い込まれ……


「取ったあ!」


 狂気の咆哮が迸る。

 見届人の二人が、顔を上げる。

 朱鞘の男が、視界に捉えた。


「狂どの……!」


 浄瑠璃長唄は、しかと見た。

 巨体同士の激突の果て、鋼鉄丸の白刃が、武人像を縫い止めている。

 その証拠に、切っ先がわずかに、埴輪の巨体からまろび出ていた。


「やったのか?」


 中村剣兵衛も眼に刻んだ。

 埴輪武人像の目から、赤い光が薄らいでいく。

 しかしまだ、その巨体は残されている。


「まだ、ここから……なっ!?」


 狂が右腕を捻らんとしたその時。

 やにわに一条の雷が、天から舞い降りた。

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