血戦・番外地

大埴輪、再び

 時は一刻ばかり遡る。

 青年は武人埴輪像を手にし、暗闇の中でうずくまっていた。


「怖い、怖い……」


 番外地のどっ外れ、暗い暗い森の中。青年はより暗く、より小さくあろうとしていた。


「オラ、オラは……」


 青年は、数刻前まで力を手にしていた。

 偶然手にした武人埴輪像。一体化し、恐るべき暴力を番外地に浴びせていた。

 しかし目的なき力の嵐は、また一つの鋼鉄――狂狂四郎くるいきょうしろうが刀、鋼鉄はがね丸によって霧散させられた。


 結果、青年は、無力へと戻された。

 彼を襲ったのは、力を得たがゆえの恐怖だった。

 暴力の爽快さと、それがなくなったがための恐怖。力を得た代償に、無力の怖さを思い知らされたのだ。


 そして今、彼の恐怖は最高潮に達していた。

 夜は暗い。なにが起こるかわからない。報復者が居るかもしれない。

 見つかりたくない。襲われたくない。


「うあああ……。すまねえ……。ごめんよぉ……」


 青年は嗚咽を漏らす。涙を流し、己の暴力を恥じた。

 しかし武人像だけは己の手の中に包み込み、しっかりとつかんでいた。

 これを失くしたら全てが終わる。奇妙な確信が、彼にそうさせていた。


 結論から述べよう。確信は間違ってはいなかった。

 夜目が利く者は見るがいい。青年からそう遠くない距離に、番外地十三号の敗残兵が居る。

 その数は二人。蠱毒に怯えて逃げ出した腹いせに、追い剥ぎを繰り返していた。


 見ろよ。

 見た。


 声なき言葉で、二人は青年に狙いを定めた。

 なんたる事。今の青年は全くの無力。己の成した暴力を悔い、打ち震える只の人間である。

 しかし不条理は人の世の常とも言う。このまま彼は、荒波に飲まれて終わるのか。


 追い剥ぎ二人が、青年に近付く。

 その表情は、人の悪意を煮詰めたかのような醜悪さを晒していた。

 二人は青年の服を剥ごうとし……手の中から放たれた光に目を撃ち抜かれた。


「ぐあーーーっ!」


 それは偶然か。はたまた繋がりし者の危機に、武人像が反応したのか。

 ともかくたちまち目を押さえ、のたうち回る二人組。

 しかしこの後の光景を見なくて済んだことは救いでもあった。


「うぐあ!」


「ごげっ!」


 彼らはなにも分からぬ内に暗闇の中で死んだ。

 正確には、埴輪武人像の起動によって押し潰された。

 悲しいことではあるが、因果応報である。弔う者もなく、虚しく散った。


 かくして、大埴輪武人像は青年を取り込み、再び目覚めた。

 しかしその目は、赤々と光っていた。

 先の覚醒とは異なる様相を、武人像は呈していた。


 ***


 そして時は現在に戻る。

 仮初めの和解を果たした狗と浄瑠璃が捉えたそれは、まごうことなく大埴輪武人像だった。


「バカな」


 どちらかが言った。


「だが見えるぞ」


 どちらかが応えた。


 赤く目を光らせた武人像が、砂煙と地響きを立て、番外地を襲撃する。

 先の一戦で排除されたはずの未来が、今より最悪の形で彼らを襲った。

 当然、二人の脳裏に浮かぶのは。


鋼鉄はがね丸」


くるいどの」


 全長二十尺に及ばんとする蘭学絡繰による刀と、その操り手。

 しかし今、彼と繋がる手段は二人にはない。

 所詮は番外地の、一時の縁。


「やるしかないか」


「止めねば、なりませんな」


 男たちは、諦念を秘めつつも立ち上がる。逃げるのではなく、向かっていく。近付いていく。

 しかし今、彼らにはただの一手すらも策はなかった。無謀に過ぎる。

 だが。いや、だからこそか。かの蘭学狂いは、二人にとっての救世主となる。


「おふた方! お逃げなされい!」


 百歩も歩かぬうちに二人の背後から、狂気を秘めた大音声が轟いた。

 それも高所、二人が見上げるほどの高さからである。

 そう。蘭学結晶大刀らんがくけっしょうおおがたな・鋼鉄丸が、再び姿を現したのだ。


「狂どの!?」


「どうして我々を!」


 狗と浄瑠璃は、驚きを隠せなかった。

 いかに番外地の参戦者とはいえ、正直袖を擦りあった程度である。

 この窮地にあって、まさかこうも都合良く現れるとは。


「いやはや! 偶然とは恐ろしいものですなあ! 蘭学的には『しんくろにしてぃ』とでも言うのでしょうか!」


 カラカラと狂気的に笑う狂四郎。

 聞き慣れぬ蘭学言葉は、いかなる意味か。

 二人には全くわからない。しかし。


「またしても埴輪武人が現れたるを見て、駆け付けんとすれば貴殿らを見た! 以上にござって他意はなし! 我往かん、蘭学追及!」


 鋼の巨像は蒸気を噴き上げ、今にも駆け出さんとしていた。

 これには長唄も剣兵衛も道を譲らざるを得ぬ。

 ただし。


「かしこまった。されど、我らも」


「共に参らん」


 彼ら二人は、同行だけは譲らなかった。


「なにゆえ! これは勝てるかも分からぬ道行きですぞ!」


「なればこそ!」


「剣客が蘭学者に戦を委ねる? それこそ矜持が折れる話だ。どうせ一時の縁。だからこそ、好きにするまで」


 狗は忍装束をなびかせ、浄瑠璃は朱鞘の刀を引っ提げて意志を告げる。

 これには、かの蘭学狂いも折れざるを得なかった。

.

「くふ、ふふ……」


「どうなされた、狂どの」


「フフフフフ! いや、それがしは果報者にござる! 誠にかたじけない! 長唄どの、剣兵衛どの! どうか、この蘭学狂いの生き様をご笑覧あれ!」


 高らかに吠えたその言葉には、覚悟と喜びが備わっていた。

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