形成・浄瑠璃戦線

浄瑠璃長唄、知られざる同族に出会う

「んぐぅ……」


 浄瑠璃長唄が目覚めたのは、知らないあばら家の中だった。

 精神力を使い切り、いつの間にか寝こけていたのだ。

 しかも後遺症か、未だに頭が痛んでいた。


「ようやく起きたか」


 耳を打つのは、知らない声。

 見れば黒衣装束の男が、囲炉裏に火を起こしていた。


「……誰だ」


「彦六。黒衣の彦六だ」


「……剣兵衛殿はいずこ」


「忘れな。アレは幕府の放った狗だ。生きた浄瑠璃一族を、手に入れるためのな」


「なんだと?」


 さすがの長唄も、これには顔が歪んだ。

 まさかあの言動は、ずっと演技だったのか?


「安心しな。同行は本気だったし、演技が三分に本気が七分だったとよ。狗としても、剣客としても半端モンだったよ」


 吐き捨てるように、黒衣は言う。

 長唄は思わず身を起こした。

 だが疲労は回復し切っておらず、身体が崩れ落ちた。


 畜生と、内心を燻ぶらせる。


 一度打ち合った時は、相手に不足なしと思った。

 思ったからこそ、あの場では面倒になった。

 同行を重ね、通じあえた気がした。


 般若党。

 夜烏衆。

 巨大甲冑に埴輪像。


 わずか一夜、戦は三度。

 それでも彦六の発言を否定する材料は多い気がした。

 しかし彦六が、先手を打って長煙管をふかした。


「なに。オイラだって一発で信じてもらえるたあ思ってねえよ。だがよーく考えろべらんめえ。あの野郎がオメェに、なんの情報を開示した? 仮に、技や名は見せられたとしよう。だがよぉ、見知った事実が真実とは、神様でもなきゃわかんねえぜ?」


「っく」


 機先を制されて長唄は一瞬怯んだ。

 だが口の端を噛み、立て直す。

 頭の中で、言い返す言葉を積み上げた。


「そのありがたいお言葉、そのままそっくり返してやる。仮に剣兵衛どのが幕府の狗だったとして、それをそのまま認めるとでも? 素性ぐらい、いくらでも作りようがある。アンタが確信を持って言っているならまだしも、とても鵜呑みにはできねえな」


 真っ直ぐに見つめ、ありったけの言葉で言い返す。

 啖呵を切った以上、彦六に追い出されても文句は言えない。

 だが彦六は、高笑いで応じて来た。


「ブワッハッハッハッハ! こりゃ一本取られちまったぜ」


「なにがおかしい」


「いんや。なんもおかしかぁねえ。むしろ、よう言い返したと思っとる。どうやら肝っ玉は据わっとるようだ。だが」


 彦六が囲炉裏を回り、近付いて来る。

 歳をとった顔をしていた。

 シワが深く、わずかに見える髪も白かった。


「スキあり」


 コツン。


 叩かれたのは頭。叩いたのは彼の持つ長煙管。

 音からしても、軽く小突いた程度。

 だがその一撃だけで、長唄の意識は落ちかけた。


「な、なにが」


 ギリギリで耐えて、長唄は問うた。

 自分の身になにが起きたのか、さっぱり分からなかった。


「残念ながら、実力が伴っておらん。残った『あやつり』技をまとめ上げ、練り上げたまでは良かった。だが、届かんよ」


「届かぬ?」


「うむ。柳生獣兵衛には届かん。手刀足刀にて衝撃波を叩き込み、雷さえ従えるという怪物は倒せぬ」


「それでも」


 長唄は己に強いて立ち上がった。

 ここで沈んでしまえば、二度と立ち上がれない気がした。


「それでも一族の恨みは、すすがねばならん。それが、浄瑠璃の残り滓――養子に出されたがために生き残った連中――の、志だ」


 黒衣装束を見下ろし、高らかに言う。


 一族の面々の顔を思い出す。

 とうに顔も忘れつつある両親ではなく、ともに研鑽した一族の顔だ。

 皆燃えていた。柳生獣兵衛を討たんと燃えていた。


「俺は一人、一族に打ち勝ってきた。誓ってここに来た。だから引けねえ。届かずとも、一矢報いる」


「……」


 彦六は無言だった。

 長唄を一瞥し、長煙管をいっぱいにふかした。

 そののち、囲炉裏に叩きつけた。


「よぉくわかった」


 まず一言。

 長唄は戸惑った。

 喝の一つや二つは予想していたが、理解を得られるのは想定外だった。


「よくわかったが、ソイツは一旦なしだ」


 しかし想定外は更に増えた。

 無論、長唄は疑問を隠さなかった。


「なぜだ。なぜ初対面にそこまで言われなくちゃならん」


 彦六は答えなかった。

 代わりに長煙管を上へと放り投げる。

 長煙管は落ちずに、宙を舞った。


「これは、まさか」


「そうよ。『あやつり』だ」


 彦六は隠さずに言い切った。


「浄瑠璃狂歌って名を、聞いたことがあるかい?」


「ない」


 即答だ。

 言い切ってもいい。

 人生で初めて、聞いた名前だった。


「ま、知らねえわな。消されただろうし」


 しかし彦六はどこ吹く風で言葉を続けた。

 四本のドスが、どこからともなく現れ、彼の周りで踊り出した。


「狂歌ってのはアレだ。オメェのオヤジが、都々逸どどいつだったな。ソレの兄だったんだが、どういうわけか人形浄瑠璃をやると言い出し、そのまんま放逐を食らったのさ」


「なぜアンタがソレを知っている。それと今の状況になんの関連がある」


 長唄は薄々気づいていた。

 彦六がなぜ、気を失った己を連れ込んだのか。

 彦六がなぜ、己の仇討ちを止めるのか。


 答えは、ただ一つ。


「答えてやろう。このオイラが、浄瑠璃狂歌だからだ。今オメェに干渉できる、ただ一人の浄瑠璃だからだ」


 長煙管と四本のドスが、一斉に長唄へと襲いかかった。

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