激突、大埴輪VS鋼鉄(はがね)丸
一時しか繋がりのなかった男、浄瑠璃長唄。
だが彼は、己の技が割れることさえいとわず、道を開いてくれた。
ならば、応える他になし。
狂狂四郎は、滾っていた。
自身の人生で初めてではないかというほどに、人の好意に、感謝していた。
蘭学狂いと蔑まれ、家督さえも弟に奪われた。
行く先々で実験に励むも、人々からは敬遠された。なにかあるたび、追い出された。
正直、あの二人とて信じ難かった。
だが。
その心根がどうであれ、二人は露払いを務めてくれた。
長唄に至っては、被害を増やさない方向へとあの武人像を誘導してくれた。
「やりますよ」
敵――巨大埴輪武人像をめがけ、狂四郎は操縦桿を倒した。
***
四刀による衝撃波は、青年を動揺させるには十分だった。
「オラになにをしただぁ!」
力を手に入れ、気持ちよく町を破壊していた青年。
たちまち怒り心頭に発した。
攻撃された方角へ、目を向ける。
小高い丘の上に、豆粒一つ。
ちっぽけだ。オラの力を、わからせてやる。
大埴輪武人像は駆け出した。
しかし巨大さ故に、足取りは重い。
それすらももどかしく、さらに血が上る。
横合いからの一撃は、まさにその時に訪れた。
自分と同程度、あるいはそれ以上の質量が、予期せぬ方向から襲ってくる。
青年には、それが見えていなかった。力に呑まれ、視界が狭まっていた。
身体がこらえきれず、横倒しになる。
家が壊れ、虫けらの叫びが耳を叩く。
チクチクと、攻撃される痛みも走った。
「あああああ!!!」
青年は叫んだ。
横倒しになった身体を、遮二無二立ち上げる。
先ほどより軽く感じる。馴染んだからか。
「おあああ!」
家を踏み、大地を蹴上げて、敵の元を目指す。
自身より大きい、腕が刀となっている鎧。
振り下ろされる、右の斬撃。
早くはない、右へとかわす。
左へかわさないのは、次の斬撃があるからだ。
不思議だった。
戦いなんて嫌いだった。なのに、今はわかる。わかってしまう。
力を手に入れた――埴輪の人形と一つになった――からなのか。
かわせる。読める。
掻い潜って、下から拳を振り上げる。
かわされた。だが相手は、仰け反った。
「んああああ!」
両の拳を一つに固めて、相手を殴った。
胸板を殴る格好になり、沈んでいく。
「かああっ!」
勝った、と言いたいのをこらえ、跨がろうとする。
だが次の瞬間、股間に衝撃。
がら空きになった急所を、蹴られたのだ。
「かあっひゃあ! 剣客ならいざしらず、蘭学狂いに卑怯もなにもありませぇん!」
続いて、耳にも衝撃。
相手は、血の通った、人間だった。
痛みと混乱が、足取りを狂わせる。戦意をしぼませる。
「ぐ、ぐぞっ。だども、オラは!」
泣きべそをかきながら、相手を踏み抜こうとした。
だが足を掴まれた。
ひねられて転ぶ。痛い。痛い。痛い。
「うあーあああ!」
そのまま転がり、間合いを取る。
怒りと憎しみが、急速にしぼんでいく。
同時に身体も、しぼんでいく。
「え……?」
次の瞬間、彼は元に戻っていた。
みすぼらしい、青年の姿。
皆に蔑まれた、情けない姿に。
遥か上に、刀があった。
とてつもない、巨大な甲冑がいた。
だが今は、動いていない。
「んんんんん!!!」
青年は、心臓を裂かんばかりに走って逃げた。
巨大な甲冑は、ついぞ追って来なかった。
埴輪の人形だけが、彼の手のひらに握られていた。
***
狂狂四郎はその瞬間、自分の目を疑った。
一瞬前まで巨大な埴輪像だったはずの敵が、みすぼらしい青年に変わっていた。
さすがの彼も斬る手が止まり、逡巡した。
「埴輪と人間の一体化? いやいや、蘭学的にありえないでしょう?」
思考を重ねる。
青年は逃げる。
結局狂四郎は、仮説を立てる他に手はなかった。
「あのみすぼらしい青年が、埴輪武人像と深い関係にある。ひとまずは認めましょう。次こそ、蘭学的に検証して差し上げます」
こうして、埴輪武人像との第一次遭遇は終わりを告げた。
しかし次なる襲来の可能性は拭えなかった。
***
大埴輪が消えていくのは、遠くからでも確認できた。
「おお、狂どのがやったようだな……」
「ですな」
未だ疲労が抜け切らぬ長唄の肩を支えて、剣兵衛はあの丘から脱していた。
いつまでもひと所にいれば、他の面々からの襲撃もあり得るからだ。
狂狂四郎は気になるが、また後々出会う機会もあるだろう。
「今はただ、遠くへ」
聞こえぬようにつぶやき、剣兵衛は進む。長唄は、いつしか肩で寝息を立てていた。
しかし不幸にも、妨げる者はいた。
歌舞伎などの類でよく見る、
「若えの。ちょい待ち。その担いでる男、置いて行ってくんねえか?」
「なんだと?」
剣兵衛は訝しんだ。
男が浄瑠璃長唄を求める理由がわからなかった。
黒衣の男が四本のドスを呼び出すのが見えた。
「わかりやすく言ってやろうか?」
男が、剣兵衛を睨む。
剣兵衛は長唄を地面に寝かせ、距離を取るように動いた。
指から弦の張られたドスが、次々と襲い掛かった。
「生きた浄瑠璃はくれてやらん、って言ってるんだよ。幕府の狗め」
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