浄瑠璃長唄、遂に己の一片を露にする
『番外地十三号に指定された土地』のわずかに外。
山の中に、いかめしい埴輪武人の人形が落ちていた。
夜烏衆が猛攻を見せた夜。一人の青年がこれを見つけた。
彼は町を追い出され、行き先もない孤児だった。
彼は思わず人形を握り締めた。それは、怒りだった。
「オラ、街もお上も、すんごく憎いだ。街の衆はオラさ馬鹿にして、虐めて来ただ。だげどお上は、いきなりオラたちに他所さ行げだ言い出しで……。街の衆はオラを置いてって……。逆らえなくて……悔しぐて……。なんでオラばっかり、ちぐじょう……!」
彼は人形を力一杯に握った。無論人形について、なにも知らない。
しかし埴輪武人人形が、なんらかの作用を引き起こした。
べそをかく彼の視界を光が覆い……
「ごれなら、オラでも……」
気が付けば彼は、『力』を手にしていた。
***
「……ありゃあ、十五尺はあるな」
「長唄どの、どうする」
「どうしたものか」
長唄たちは、思考が止まっていた。
全長およそ十五尺の、埴輪武人像を目にしてしまう。
正気さえ疑われる状況下、二人は逃げるという言葉すら頭から抜け落ちていた。
しかし、断ち切る者はいた。
「お二人は逃げてくだせえ! あんの武人像がこっち来るなら、鋼鉄丸が相手になってやります!」
出会ったばかりの蘭学狂い。
しかし彼の刀は大甲冑・鋼鉄丸。二十尺もあらんかという鋼武者。
すでに声は、高みより聞こえていた。
つまり彼は、あの武人像を見て即決した。
ならば、腹は決まった。
「剣兵衛どの」
「長唄どの」
二人はうなずきあう。
どうやら、心は一つだったようだ。
遥か上に向けて、叫ぶ。
「狂四郎どの! お気遣いいただき、かたじけない! されど、その巨体では動作もなかなかに難しかろう! 故に、我ら二人!」
「露払いを致す所存! 安心して進まれよ!」
「さ、されど。行き先は……」
言いよどむ声に、長唄は大太刀を掲げた。
「行き先は地獄であろう。されど、元より我らは地獄にて戦うことを選んだ者。いまさら一つ二つ増えたところで、怯む理由もなし。なあ、剣兵衛どの!」
剣兵衛がうなずいた。
一時的に、無言が訪れる。
しかし次の声は、狂気的に明るいものだった。
「お二人! よくわかった! ならばこれより、蘭学証明のため、地獄へ参ろう!」
「応!」
言うや否や、二人は駆ける。
武人像はすでに、番外地へと侵入しているように見えた。
家々や剣客どもをなぎ倒し、ゆっくりと突き進んでいた。
「これでは、あちらとぶつかると周囲が危うい」
剣兵衛が気づく。長唄は唸った。
このままでは町の中心部、天守閣近辺で戦になってしまう。
その被害は、深刻なものとなるだろう。
鋼鉄丸の速度は芳しくない。
通りを進みながらも、狂四郎が二人を慮っているのだ。
長唄は、遂に決断した。
「両者十全の場を作るのも、露払いの務めだぁな」
「どうするのだ」
剣兵衛の問いに、長唄は髭をしごいた。
「ちいと離れてくれ。アレも止めろ。どうにかする」
「う、うむ。わかった」
「では」
訝しみながらも、剣兵衛が動いた。
足音を背にして、長唄は走り出した。
開けた場所を、探していた。
左手を見る。デカブツが、野放図に歩いている。
右手を見る。小高い丘が、少し先に見えた。
「やるか」
猶予は、もはやなかった。
急ぎ足で丘に駆け上り、長唄は朱鞘の大太刀を抜いた。
大太刀の切っ先を大地に当て、集中する。荒い呼吸は意地で抑え込んだ。
刀を呼び出す。朱鞘と合わせて、五本になった。
浄瑠璃の技の一つだ。
ではなぜ、今まで振るわなかったのか?
おお、見よ。今こそ真実が明かされる。
長唄は朱鞘しか手にしていない。
にもかかわらず、振る度に、他の刀が追随していく。
「すううう……! ふううう……!」
相手のデカブツを凝視し、長唄は呼吸を整える。
集中は切らせない。切れば刀はコントロールを失い、己にダメージが入る。
こめかみから汗が滴り落ちる。しかし、拭うわけにはいかない。
浄瑠璃一族の持つ、「あやつり」の能力。それは一族に、多大なる技をもたらした。
しかし一族は表向き滅びた。今や技は散逸し、残りかすしかない。
そんな状況下で鍛え上げたのが、長唄なりの「あやつり」だった。
「ぬうう……!」
朱鞘に紐づく、四本の刀。
その切っ先の先にまで神経を通し、長唄は刀を横薙ぎに振りかぶる。
すでに時はあれから半刻近く。この一発が最初で最後。
「あーあああ!」
咆哮! 絶叫!
渾身の力で、長唄は横薙ぎの一回旋。
他の四本も付き従い、見事に空気を揺るがした!
共鳴した衝撃波が、螺旋を描いて埴輪武人像に当たる。
しかし巨体は、びくともしない。
だが、その顔が動いた。射線の方向へとゆっくりと動き、長唄を捉えた。
目が見開く。
顔が真っ赤に染まる。
身体も動く。
長唄は、すべてを眼に収めた。
同時にへたり込む。精神力は、もはや限界だった。
呼び出していた刀も、いつの間にやら消えていた。
「さあ、お膳立ては済ませた。あとは頼むぜ畜生め」
小さくつぶやく長唄の耳に、剣兵衛の呼び声が響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます