浄瑠璃長唄、忍者を倒す

 番外地の戦は、一人のみが生き残る。

 だが、その一人となるための結託は許されている。

 最後の戦に勝てば、それで勝者となるのだから。


 では中村剣兵衛が、浄瑠璃長唄に随行する理由は?

 最大の理由は、興味だった。


 この戦闘蠱毒に、仇討ちだけのために乗り込む。

 彼にとっては、狂気でしかない。

 ならば見届け、それから斬ろう。心の声がそう告げたのだ。


 そんな針の穴を抜くような些細な原因で、長唄たちは広い通りを歩んでいた。

 すでに街は崩壊し、そこかしこに破壊痕跡や血の跡が見受けられた。

 ほぼ全てが、刀によって行われた所業である。


 ちなみに、武家以外の住民たちはあらかじめ幕府からの補償の上で移住先を確保しており、無事である。

 進んで巻き込まれる民など、皆無だった。

 砂埃が時折舞う中、二人は歩みを進め……中ほどで止まった。


「剣兵衛どの」


「長唄どの」


 二人はすでにわかっていた。

 通りに入った瞬間から、複数の殺気が彼らを貫いている。

 だが姿は見えぬ。理由もわかっていた。


 忍者だ。一飛びは高く、姿を消し、分身もし得る。あの忍者だ。

 蛙にまたがり、水面を駆ける。あの忍者だ。

 しかし、なぜこの蠱毒に? 彼らは忍者だ、剣客ではない!


「御機嫌よう、実力者どの」


 二人の前に、般若面を付けた忍びが姿を見せた。疑問の答えは、彼にあった。


「我々もまた、新時代に生き残らねばならぬのでな。伊賀般若党の未来がため、ここで消えていただこう!」


 般若面が手を上げる。

 たちまち足音が響き出す。

 次の瞬間。家々の屋根上、路上の陰から、般若忍者が次々と溢れ出した!


「かかれ!」


 二人の抜刀を待たず、次々と飛びかかる般若忍者!

 両雄は期せずして背中を合わせ、視界を円に保ってこれに挑む!


「セイッ!」


 剣兵衛の刀が、般若忍者を貫く! しかし爆ぜたかと思えば正体は木! 変わり身の術だ!


「ぬんっ!」


 長唄の袈裟斬りが般若忍者を断つ! だが即座に消えた! これは分身の術!


「ちいっ!」


 長唄は悟る。

 一見忍者の優位を捨てたかに見える戦法は、しかし。


「はっ!」


「イヤーッ!」


「とうっ!」


「シャッ!」


 絶え間ない攻撃によってこちらに内功を練らせず、攻めに出る機会を奪い去っている。

 このままでは徐々に不利! 押し潰される!

 長唄は剣兵衛に背中を預け、尋ねた。


「五秒。いや三秒。稼げますかな?」


「……このまま斃れるよりかは、マトモですな」


「承知!」


 長唄は目を閉じた。呼吸を練る。


「隙を見せたぞ!」


 般若面のくぐもった声。


「どっせい!」


 一時的に身体を鋼にした剣兵衛が、攻勢を弾く。弾く! 跳ね返す!


「今!」


 長唄が目を見開いた。時間、きっかり三秒!

 嗅覚を全開にし、敵の流れを読む。


「剣兵衛どの!」


「応!」


 剣兵衛がしゃがむと、その直上を大太刀の薙ぎが通った。

 ぐるりと廻る、一回旋。

 しかしそれだけで十分だった。


 砂嵐。旋風つむじかぜ。あるいは、ごく小規模の竜巻。

 すべてが終わったあとに見えたのは。


「ぐ、ぬ……」


「くそ……!」


 わずか五人の、般若忍者だった。

 剣の衝撃波や巻き上げられた砂。

 それらにしたたかに打たれ、倒れ伏していた。


「幽霊の、正体見たり枯尾花ってところだな。この場合は分身と変わり身だが」


 長唄が、大太刀を担いだ。

 剣兵衛は隣に立ち、息を呑んだ。己の内功に、改めて驚嘆せざるを得なかった。


「……殺せ」


 一人あぐらをかいた般若面が、口を開いた。


「波状攻撃の術を破られ、同志も傷を負った。生き残れるとは思えぬ」


「だろうな」


 長唄は般若面に近づいた。

 大太刀を振り上げる。


 剣兵衛も、止めはしなかった。

 今の番外地では、敗者は死あるのみ。

 彼もよく知っていた。互いにその手は、血で汚れている。はずだ。


 しかし。

 鳴り響いたのは、般若面を叩き割る音だった。


「な……!?」


 般若面が、呆気にとられる。

 だが長唄は応じず、更に四つ、同じ音を響かせた。

 呆気にとられたのは、剣兵衛も同じだった。


「長唄どの……?」


 長唄は、心底面倒そうに頭をかき、口を開いた。


「まだ戦えるのに命投げ捨てんの、俺は嫌いだ」


 ついで、全員を見回した。般若忍者は、全員顔を伏せていた。


「でも忍者ってのは諦めが悪い。だから、ツラを割った。ソイツが一番、効くだろう?」


「ぐぬう……」


 般若面、いや髭面の忍者が唸った。

 髭や髪に白いものが目立つが、おそらくまだまだ現役だろう。


「何人かはほんとにボロボロっぽいが、アンタが動ける。どうだい。死んだつもりなら、なにかできるんじゃねえか?」


「……」


 髭面はわずかに考えこみ、そののち巻物をくわえた。

 指を組み、何事か念じる。すると、大蛙が現れた。

 蛙は舌で動けぬ者を飲み込み、動ける者は髭面とともにまたがった。


「感謝はせぬ。せぬが、同朋は回収させてもらう。さらばだ」


 蛙が高く跳び上がる。

 長唄は最後まで視線をそらさず、見送った。

 すべてが終わってようやく、剣兵衛が口を開いた。


「綺麗事か?」


「いんや」


 長唄は平坦に答えた。


「俺のわがままだ」

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