カタナ・ロワイヤル!~番外地十三号秘闘録~

南雲麗

戦闘蠱毒・番外地十三号

浄瑠璃長唄、番外地に立つ

 大江戸三百年。

 外つ国の暴威を陰陽術による異常潮流で退け、朝廷をたぶらかした自称新政府を粛々と打ち倒した江戸幕府。

 しかし彼らの近代化には、最大最後の敵が残されていた!


 ***


「射ッ!」


「斬るッ! 斬る斬る斬るっ! 斬るうっ!」


 本州某所、武家諸法度も通じぬ番外地に指定された城下町。

 そこはすでに、蠱毒の坩堝となっていた。

 見よ。次々と空間から撃ち出される刀を、なんの苦もなく弾き、消滅させていく剣士がいる。なんとも不可思議な光景だ。


 キンキンキンキンキン! ギギンギン!


 刀の射出速度は徐々に早くなるが、剣士は意に介さず弾いていく。

 射出による衝撃波が、家々を破壊しているというのにだ。

 それもそのはず。見よ。


「斬る斬る斬る斬るっ!」


 刀を弾く剣士の四方、大地に刀が突き刺さり、結界が構築されているではないか!

 これぞ、カタナ・ピラミッドパワ・結界!

 ピラミッドパワにより、いかなる攻撃さえも通さぬ盾が構えられているのだ!


「斬るぅううっ!」


 そして刀乱射の最後の一本までも受け切った剣士は、そのまま大上段から空間唐竹割りを決める。

 本来なら空を切って終わりのはずの一撃。しかし!


「かっ!」


 彼の刀による衝撃波は空を駆け、刀射手の脳天をも唐竹割りに処した!

 読者におかれては、先ほどから頭のおかしい光景が繰り広げられていると思うだろう。


 しかしこれこそが、刀の戦である。

 江戸三百年の平和が侍たちに刀を磨く機会を与え、いつしかすべてが刀となり、奇妙極まりない発展を遂げてしまったのだ。

 だが、外つ国の干渉さえも防いだこの剣技が、まさか近代化の仇となろうとは。


 武士は帯刀という特権を奪われることを嫌い、幕府に対して決起を試みる者までもが現れた。

 この由々しき問題に幕府は、ついに非人道的な一手を発した。『番外地令』である。


 爵位と引き換えに土地を差し出した大名。

 彼らの城下町を『番外地』とし、殺し合いの場としたのである。

 生き残った者は帯刀の特権を維持できるが、死ねば骸のみ。


 なんとも非道な法令だが、多くの武士がこれに応じた。

 特権を失うよりは、技を奮って死にたい。

 そう思う者が、幕府の想定よりも多かったのだろう。


 かくして某所――番外地十三号は蠱毒となった。

 今も天から刀が降り注ぎ、家ごと串刺しとなった侍の悲鳴がこだましている。

 またある場所では、刀地雷を踏み抜いた男が自決し、無残に散った。


 そんな只中で、二人の男が悠々と歩いていた。

 一人は元々はどこぞの家の者だったのだろう。月代は剃られ、髭も装いもしっかりとしていた。


 だが、もう一人は違った。

 髪も髭も伸び放題。髪は後頭部で一本にくくられていた。

 雑に着崩した着物の肩に、長く、太い太刀を担いでいる。朱色の鞘をしていた。

 中背だが肉付きは良く、髭をしごく様は豪傑の振る舞いといってもいいだろう。


「では仇討ちか」


「ああ、一人剣客を探している」


 二人は、親しげに会話をしていた。

 断末魔が響く、蠱毒の中でだ。


 もっとも、旧来の知人ではない。

 偶然に出会い、この後のことも覚悟していた。

 つまり戦の前における、儀式にも似たやりとりだった。


「名を伺っても?」


 侍に問われ、着流しはわずかに間をおいた。

 しかし次の瞬間には口を開き、名を紡いだ。


「柳生獣兵衛」


「なっ――」


 侍の顔に、動揺が浮かんだ。彼はその名を知っている。

 公儀――幕府とのつながりが強い江戸柳生。その最凶最悪の忌み子の名。

 そんな者を酷く憎む者はといえば。これまた江戸表では有名な――


「まさか、お主は」


「浄瑠璃長唄。浄瑠璃一族の末席に連なる者。アンタに恨みはねえが」


 長唄が鯉口を切る。

 刀の長大さを無視するが如く、神速の抜刀が繰り出される。

 脳天から、真っ二つにする軌道。侍の命、風前の灯。かと思われたが。


 ギィン……!


 上がったのは鈍い音。


「とある流派に伝わる『鋼腕はがねうで』。学んでおいてよかった」


 汗を垂らして、苦笑いを浮かべる侍。

 それもそのはず。身体を鋼とするのは――


「冗談じゃねえ。内功でも大概な奴じゃねえか」


「番外地に挑むのですから、多少は」


 構える二人の、視線が交わる。

 侍の口角が、ニコリと上がった。

 長唄はしばし、その顔を見つめて。


「やめた」


 刀を器用に納刀してしまった。

 オマケに振り向き、背まで見せる始末。

 これには侍も驚きを隠せない。


「ぬ、抜け。長唄どの」


「抜けぬよ。もとより俺は帯刀の権利も人殺しの剣にも興味はねえ」


 背を見せたまま、長唄は言い放つ。


「俺の興味は、柳生獣兵衛の命。ただそれだけのため、ここに来た」


「……」


 無言が生まれた。

 長唄は歩き出した。

 侍には、もう殺意はない。背中が感じ取っていた。


 少しして、刀を収める音が響いた。

 続いて、追いかけてくる足音も。


中村剣兵衛なかむらけんべえと申します」


「なにゆえ名乗る」


「長唄どのに、興味が沸き申した」


「そうか」


 長唄は小さく嘆息し、二人は一歩空けて道を進んだ。

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